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協奏曲 〜君と。〜  作者: AZURE
けんか。
11/51





 瞼の内側がぼんやりと明るくなっている。


 雀がチュンチュン鳴き始めているから、今は朝なんだろう。


 ぼくは目をゆっくりと開けて、真っ白な部屋の中を目だけを動かして観察した。


 ああ、ここは病院だ。


 そう言えば、昨日何していたんだっけ……?


 記憶を辿っても、朝家を出て数歩あるいたところまでしか思い出せない。


 頭の側面と肘が痛いから、多分道端で倒れたのだろう。


 誰がここまで運んでくれたのかな。後でお礼を言わなくちゃね。


 右手を動かそうとすると、誰かにがっちりホールドされていた。不思議に思ってベッドサイドを見やると、こういちがぼくの手を握ったままベッドに頭を載せて寝ていた。


 「こういち……」


 初めて見る、こういちの寝顔。端正な顔立ちをしている彼は、寝顔もキマっていた。


 …来てくれたんだ。


 喧嘩してからずっと素っ気なかったし、嫌われてしまったのだとも思った。もう友達にもなってくれないとも思った。そもそも、友達にもなってないのかもしれないが、こういちが離れてしまうのは寂しかった。


 でも、一応ぼくのことは気に掛けてくれたらしい。こういちが見舞いに来てくれて、その上付き添ってくれたことがその証拠だ。


 ぼくはほっと胸を撫で下ろした。


 「こういち……」


 ぼくはこういちの手を解き、自由になった右手でこういちの頭を撫でた。


 「んっ…」


 はたりと瞼を押し上げて身を起こしたこういちは、ぼくの顔を見るなり抱きついてきた。


 「こ、こういち…」


 ぎゅっと力を強められる。


 急に抱き締められて、驚いた。


 ぼくの心臓の音は早くなる。


 「よかった……っ!!」


 耳元で、こういちは安堵した声で囁いた。


 「こういち…?」


 「おまえが目を覚まさないんじゃないかと…っ、心配してっ…」


 「大げさだよ。ぼくが倒れることなんて驚くことじゃないんだから」


 「冬夜っ……」


 「…何?」


 こういちは腕を解いて身を離すと、至近距離でぼくと向き合った。


 こういちの目が涙で濡れていた。


 「……俺の傍にいろ…2度と離れたくない」


 ぼくは耳が信じられなかった。


 こういち、それ本気で言ってるの?


 冗談だなんて言葉は聞きたくないよ。


 …本当に?


 本当に隣にいさせてくれるの? いてもいいの?


 友達でもないぼくが?


 「……いいんだよ。俺はおまえがいなくちゃ駄目って判明したんだ」


 まるで、夢の中にいるみたいだ。これは本当に現実なのか、疑わしくなった。


 「こういち……ぼくもこういちといたいよ……でも、いいの? こんな、…こんなぼくで…」


 「どういう意味だ?」


 「だってこういち、ぼくのこと嫌いなんでしょう? 愛想尽きたでしょ? 怒らせたのはぼくが悪いけど、ずっと喋ってくれなかったし」


 「それは……」


 「…本命もできたみたいだしね……ぼくなんて、いらないよね」


 「それは違っ……」


 「……でも、こんなぼくでいいなら……ぼくはこういちの隣にいたいから……」


 「……ばか」


 こういちは苦笑して、ベッドに乗り上げてきた。そしてぼくの肩を抱く。


 「俺がおまえに愛想尽かすわけないだろ。もし尽かしてたら傍にいろなんて言わねえし」


 こういちはぼくの肩に顔を埋めるようにして囁く。甘い吐息が耳を掠めてくすぐったい。


 「それにな、俺はおまえがあの藤村の野郎と一緒にいたのは結構堪えた。ずっと喋らなかったのは、藤村なんかより俺の方ができるやつだってことを証明したくて、そのための願掛けというか……冬夜といるとおまえのことで頭がいっぱいになっちゃうから冬夜断ちしてたんだな、俺は」


 「ぼく断ち……?」


 今こういちはぼくのことで頭がいっぱいになるって言った。


 ぼくも、同じだよ。こういちといるとこういちのことでいっぱいになる。


 っていうことは……。


 「ああ、おまえ断ち。そうしなきゃ頭に勉強が入っていかなかったからな」


 「そう言えば学年1位とったよね…」


 「ああ、冬夜断ちの成果と俺の本当の実力だな」


 こういちは自嘲気味に笑い、よりいっそうぼくに顔を近づけた。声のトーンを落とし、ぼくとないしょ話をするくらいの声で言葉を吐き出す。


 「…これからは俺を離れるんじゃない。俺がどれだけ嫉妬深いか分かっただろ?」


 ぼく断ちをして勉強に集中し、学年1位をとってしまうほどに。


 とって、藤村君を見返してやるために。


 どうしてそんなことできるの? どうしてそんなことするの?


 嫉妬の為せる業とでも言うのだろうか。


 それなら、その嫉妬って……。


 「…好きだからだよ。おまえが」


 ぼくは息を止めた。こういちの目を直視できない。なぜなら、いつもよりも真剣でかつ甘さを含んだ目でぼくを真っすぐに見つめてくるからだ。


 その視線にぼくの心臓は破裂しそうなほどドキドキして、頭から湯気が出そうになる。


 「……こういち……」


 「おまえが、好き」


 これは嘘か真か現実か。


 ぼくはこういちの言葉をすぐに呑み込めなかった。


 こんなぼくを好きになってくれたなんて……あり得ない。でも、現実にはあり得ているらしい。


 「本当に…?」


 「ああ。おまえが離れている間、やっとこの気持ちに気づいたんだ。おまえがいないと、毎日がつまらない」


 「ぼくもだよ……こういちがいなくて…悲しかった。喧嘩の発端はぼくで、悪いのはぼくだけれど、謝りにいこうと思ったらこういちは何か近づきづらかったし…彼女は作ってるし……1人で寂しかった」


 「ごめんな……」


 こういちはいたわるようにぼくを抱き締めてくれた。


 「……どうしても藤村に見返したくて……藤村に目を向けた冬夜を自分のところに取り戻したくて…おまえをほったらかしにして勉強に励んだんだけど、……ごめん、それが倒れた原因だったんだろ?」


 ぼくは否定も肯定もできなかった。何が原因で倒れたのかは明確ではない。でも、こういちがいなかったのはつらかった。


 今回でこういちへの想いがますます強くなったと同時に、自分の弱さを痛感した。


 「…ごめんな…俺、これからは冬夜につらい思いをさせないから……」


 「…ん…」


 「……傍にいてくれ……冬夜――…」


 苦しいほどにぎゅうっと抱き締められた雰囲気から、こういちも寂しかったのだと気づく。


 「……大丈夫だよ。こういち、謝らなくていいよ。今回のことはぼくがこういちを怒らせてしまったのも悪いんだし。……ごめんね。それと、これからはこういちに勉強教えてもらう。もう2度と寂しい想いはしたくないよ……」


 「…ああ、そうしろ」


 「…何で命令形なの」


 「好きだから」


 ぼくらはぷはっと吹き出し、大声で笑った。久しぶりだ。こんなに気持ち良く笑えるのは。


 でも1つだけ不安が残っていた。それはこういちの彼女の件だ。


 まだ好きなのだろうか。あの時は本気だって断言していたし……。


 「…彼女とは別れるよ」


 ぼくの考えを読み取ったのか、幾分ゆっくりとした口調で淡々と言った。


 「いいの? それで…」


 「何だ、冬夜は俺と彼女との関係を続けさせたいのか」


 「…そ、そうじゃないけどっ…」


 「……いいんだよ。両方とも最初からその気はなかったんだから。別れても大して傷にはなりはしない」


 「好きじゃないのに何で付き合うんだろ……」


 「それは、おまえがいなくて寂しかったから。もっとも向こうはまったく別の理由だけど、どちらにしてもお互い好きで付き合ったわけじゃない」


 「ぼくがいなくて寂しかったから……!? ぼくの代わりがあの女なんて、何て悪趣味っ…」


 「なっ…」


 「どうしてそんなにホイホイ付き合えるの!? 女ったらしとは聞いたけど、ぼくが好きなら…っ…」


 「さっきからズバズバ言ってもらっちゃってるけど、勘違いすんな、おまえに落ち着けたなら、他の女なんて眼中にねえ。もっとも付き合うことなんてしない」


 「本当?」


 「本当だよ。…本気で人を好きになったのはおまえが初めてだからな。今までの女はどう足掻いても俺を本気にできなかっただけの話。おまえはもう、俺の心臓を握っているんだよ」


 ほら、とこういちに手を掴まれ、そのまま彼の胸のに押し当てられた。たくましい筋肉の下では心臓が速いリズムで動いていた。


 ドキドキしてくれているんだ……。



 「好きだよ、冬夜」


 その言葉は甘い呪文のようで、ぼくを翻弄させる。胸がきゅうっと締まる。


 「……ぼ、ぼくも……好き…」


 「ん」


 こういちはニッと微笑むと、ぼくに顔を近付けてきた。


 これは、もしかしなくてもキスの予感…。キスなんて1度もしたことがないから、どうすればいいのか内心焦ったけれど、こういちが優しく唇を重ねてきたので、ぼくは黙ってそれを受け取った。


 始終息を止めてしまっていて、苦しかった。


 離し際にこういちがぼくの唇をペロッと舐めた。ぼくはゾクッとして、恥ずかしかった。


 「顔、真っ赤…」


 こういちは苦笑して言うけれど、ぼくは必死だった。何せファーストキスだったわけだし、赤面しないでと言われても無理がある。


 「…ば、か……」


 ぼくは何かを言い返そうとしても言葉が見つからないし、こういちを睨み付けようとしても彼の目を見たらドキドキして睨めない。どうすることもできなくて、ぼくは俯いてこういちの服をぎゅっと握った。


 「可愛いやつ……ピュアだな」


 「うるさいっしょうがないでしょっ」


 「俺は褒めたつもりなんだけど」


 「……そう言っておきながら心の中では笑ってるでしょ」


 「笑ってないよ」


 「ぜーったい笑ってる!! 何だこいつキスくらいで赤くなってー欧米じゃ挨拶だぞ、とか」


 「ああ、確かに」


 「ほらー!! やっぱり心の中では笑ってるでしょ! しょうがないでしょ、ふぁ、ファーストキスだったんだから」


 「え…おまえファーストだったの?」


 「そ、そうだよっ。悪い?」


 「だって…ファーストなんて赤ちゃんの頃とかに親から奪われてるもんじゃねぇの」


 「う…確かに…。でも、好きな人とするのは…初めてだよ」


 「おまえ、親が好きじゃないのか。親不孝ものだな」


 「ち、違うっ! もうっ揚げ足とってばかり! こういちのこと嫌いになるからね!」


 「それはやめて。まあ、俺に惚れ込んだおまえにゃ嫌いになるなんてできないと思うけどね」


 「何その自信とナルシスト」


 「俺の本性」


 「本性も何も、最初から分かってたけどっ!」


 「……分かっていていながら好きになっちゃうなんて…大物だな」


 「好きなものは好きなんだよ。この気持ち、止めようとしても止まらない…っ」


 「…止めなくていいよ。冬夜、俺は嬉しいから」


 こういちはぼくの頭を撫でて、ベッドから飛び降りた。もっと傍にいて欲しかったけれど、お医者さんがぼくの容体を見に来たので、素直に診察を受けた。



 どこにも異常がなかったので、ぼくはすぐに退院できた。帰りはこういちと肩を並べて帰った。




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