前編
恋愛遊牧民様 http://g-nomad.com/
の短編企画参加作品です。
お題は 『これ以上、無理!!』 お楽しみくださいね♪
もちろん! お話はフィクションです♪
いつまでこんな事続けているんだろう。英梨はシャンペンのほっそりとしたグラスを持ち上げ微笑みながら、瞳の奥でため息をついていた。ここは六本木、夜八時。某パーティールーム。某テレビ会社が某海外有名リゾート地と提携企画したカジノパーティーでの一コマだ。
ギラギラと回るミラーボールがバブリィ。紫煙が漂い、中央ホールではカルテットがジャズのスタンダードナンバーを奏で、高らかな笑い声と、ルーレットの回る音が響いていた。そして目の前には、大好物のピクルスとチキンを挟んだ美味しそうなサンドイッチ。昼飯を食べ損ねていた英梨のお腹は、もっと食べたい! とギュウと鳴き、胃が鈍く疼いた。
「それじゃあ金井さんは出版関係のお仕事をしていらっしゃるんですね?」
目の前の女は薄笑いで自分の名詞を差し出す。
「奇遇ですね〜。私もそうなんですよ」
魅力的な胸元には巨大なフェイク・ジュエリー。綺麗にほどこされたフレンチネイルに、自信ありげな微笑み。しかも、名詞にはメジャーなファッション誌の名前が書いてあり。
「ありがとうございます」
受け取りながら英梨はチッと心の中で舌打ちをする。どこから見ても彼女に勝ち目はない。英梨のルックスは月並みで、迷った挙げ句に選んだ黒のストラップドレスも、こんな華やかな場所においてはただの
“濡れ羽のカラス”
綺麗だけど、闇にまぎれて目立ちゃしない。気合い入れて作り込んできたはずのメイクも、睫毛ばさばさエクステ三昧の女子の敵じゃない。クリップでアップに止めた髪の毛は中途半端に落ちてきて、色っぽいというよりだらしないなって自分でも分かってる。しかも彼女の会社は出版社と名のったら恥ずかしいってクラスの超三流。担当は正体不明な占いを載せるフリーペーパー。英梨でさえ信じていない、かなりいかがわしいヤツ。正直他人にそれを言うのは恥ずかしい。でも社交辞令だ。
「私の名詞もお渡ししておきますね」
もしかして手刷り? とでも思われても仕方がない様な、ちょっと規格外の名詞がほっそりとした女の手に渡る。赤紫のどぎついマーブルの上にピンクのハート飛び交う下地に、白でくっきり
“金井英梨 B型 牡牛座 ”
今時女子高生でも持たない趣味だ。洗練された感じのその女は、一瞬笑いを堪えた後、
「素敵ですね〜」
と、彼女の隣の男に向かって、笑った。
素敵なはずがないだろうが! 英梨は歯を食いしばりながら残りのシャンペンをぐいっと飲み干し、
『今度の週末、パーティー有るんだけど、誰も同伴してくれる女性がいなくってさ。頼むよ』
と泣きついてきた男の顔を見た。この男、無駄にハンサムだった。いわゆる、水も滴るナントやら系。放送業界の仕事をしていて、はっきり言って、する事なす事チャラい。名前は貨島諗。どことなく人を馬鹿にした名前だと、英梨は昔からそう思っていた。その
“相手がいない”
はずの男は、嬉々として偶然再会した
“仕事上の知り合いの”
年上濃厚、魔女系熟女と、英梨をダシに話し出す。ってか、このパターン、彼の知り合いだと称する美女がフラッと現れ、あら、お久しぶりと挨拶をする、は今晩すでに三回目。にやけた顔の
「彼女さ、あっ、英梨は俺の彼女なんだけど」
完全にとってつけたって感じの聞き飽きたセリフ。
「彼女の担当している占い雑誌、結構当たるって評判らしいよ」
“俺の彼女”
基本的に諗は一緒にいる時の英梨を他の人にそう紹介した。と言っても現実は違う。高校からの腐れ縁、悪友、彼にとっての
“虫除け”
なんとでも呼べ。現実の所、二人はキスどころか、手をつないだ事すらないのだ。まぁ、たまには肩を組む事はある。まるで男友達みたいに。そんな彼女を尻目に、
「じゃぁ、早速占ってみちゃおうかな〜」
魔熟女(仮名)は名刺のQRコードから携帯のサイトにアクセスをした。そして
「凄い、今日の英梨子さん、物凄いついているらしいわよ! 特に賭け事が幸運を呼ぶらしいわ」
とわざとなのかどうなのか、英梨の名前をおもいっきり間違えながら媚を売る。そして女子お決まりの
「私はどうかなぁ〜」
(ここで一旦、ハートのマークが飛ぶ)
「え〜、嘘!」
から始まり
「それじゃ、諗君の運勢も見てみようね」
再び、ハートが飛ぶ、へと続き、
「やだ、諗君と私の相性って、かなり良いかも!」
と盛り上がる。二人で、勝手に。そのうち肩なんか寄せ合っちゃったりなんかして。
好きにすれば良い。英梨は取り繕うはずだった上品さをかなぐり捨て、目の前のチキンサンドイッチにかぶりつき、三口で平らげると
「お二人でごゆっくり。私は遊んでくる」
入り口で配られた偽100ドル札 10枚をぴらぴらと振り、くるりと背中を向けた。
どうせいつものパターンだ。分かっているけど、辛い。狡い諗は適当に女を引っ掛けて、いざって所で
“平凡で見捨てられない”
事を理由に、英梨の所へ戻ってくる。英梨は体よく女性を振るための口実なのだ。細身のシルエットにイタリアブランドのスーツ。いつもサンタ・マリア・ノヴェッラの清潔で繊細な石けんの香りを漂わせ、モデルの様にしなやかな仕草で周りを魅了する。まるでプリンス。だから、束縛されるのは嫌いなのだ。例えそれがいかに綺麗な女性でも。そして英梨はいつだって安全基地、母親。元高校バレーボール部主将の太い腕に、がっしりとした腰回り、なんちゃってモデルな背の高さ。イタリア語で言う所の
“マンマ”
そのもの。そして
“ママ”
は彼の
“女”
にはなれない。
華やかなドレスは嫌い。ハイヒールも、豪華な宝石も、美人も嫌い。セクシーなんか死んじまえ! こんな夜にまぎれ、それなりの化粧をして、彼に女として見てもらいたい、だなんて考えるのが馬鹿だったのだ。それはまるで勝ち目のないギャンブル。開き直った英梨は背中に彼の視線を感じて振りかえる。諗の左手の上には熟魔女の右手が重なるように動き、指輪に引っ付いているばかでかい宝石がギラッと光った。彼の空いている右手を可愛く振られ、お返しに新しくもらってきたワインのグラスを高らかに上げてやる。
「乾杯」
一気に飲み干して、もう一杯のワインを片手に引っ掴み、大股でカジノ台へと歩いていった。
後編に 続く♪
某テレビ会社が某海外有名リゾート地と提携企画したカジノパーティー
本物バージョンのリポート in 西麻布 ♪ は
→ http://hirosenaga.exblog.jp/14038882
良かったらどうぞ。