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異世界召喚されたボディビルダー、ポージングだけで人間と魔族を黙らせる

作者: あゆと
掲載日:2026/06/11

「ヴァルグ・ゼノア! ノルド・マヴァル! ヒュム・ギルア!」

(動くな! 魔族の新兵器か! 人間側へ近づけるな!)


「ザグル・クラグ! ヒュム・セイム! マヴァル・ノルス!」

(そいつを囲め! 人間どもの召喚兵器だ! 魔族の陣へ入れるな!)


 もちろん、俺には何ひとつ分からなかった。


 目を開けた瞬間、俺は戦場のど真ん中にいた。

 右には鎧姿の兵士たち。

 左には角や牙を持つ魔族たち。

 両方とも武器を構え、両方とも血まみれで、両方とも俺を見て固まっている。


 俺の足元には、半分砕けた石の魔法陣があった。

 人間側から飛んできた白い光と、魔族側から伸びた黒い炎が、ちょうどそこでぶつかっている。

 たぶん、そのせいで何かが暴発した。

 そして俺が出た。


 戦場の奥では、森が青黒く燃えていた。

 人間も魔族も、その炎を相手の仕業だと思っているらしい。

 少なくとも、怒鳴り声と武器の向きはそう見えた。


 俺は黒いタンクトップにハーフパンツだった。

 大会前日の最終確認中、そのままの格好である。

 半年かけて絞った腕も肩も脚も、隠す気がない。

 そして何より、照明が最悪だった。

 夕方の逆光で、腹筋の影が妙に浅い。


「待て。今の俺を見るな。光が悪い」


「ロウガ・ゼノア! ヴェルド・ギルア! アルス・ノルド!」

(名を名乗れ! どちらの陣営の者だ! その肉体は何だ!)


「ドグマ・ゼノア! ヒュム・クラグ! ザルド・ナイン!」

(答えろ! 人間の兵器か! 武器はどこに隠している!)


「何て!? 敵扱いされてることだけは分かる! 俺は怪しい者じゃない! 佐藤健二、三十二歳! 職業、プロボディビルダー! 独身!」


「グラン・ヴァルド! ゼノア・ラギア!」

(叫んだぞ! 異界の呪文か!)


「ザグル・ノルス! メギア・クラグ!」

(声を封じろ! 術が発動する前に止めろ!)


 人間側の弓が、さらに深く引かれた。

 魔族側の杖も、さらに黒く光った。


「さらに激怒した!? 独身が悪いの!?」


 通じない。

 名前も、職業も、独身も、減量の苦しみも通じない。

 右からも左からも殺意が来る。


「待て待て待て。俺はどっちの味方でもない。というか、ここがどこかも分かってない」


 人間の騎士が槍の石突きで地面を叩いた。

 魔族の戦士が牙をむき、俺の足元を指す。

 たぶん、跪けとか、動くなとか、そういう圧だ。


 だが、断る。


 大会前日の脚は、立っているだけで精一杯だ。一度膝をついたら、立ち上がる時に大腿四頭筋が泣く。


 俺は両手を上げた。

 降参のつもりだった。

 人間側が弓を引く。

 魔族側が杖を光らせる。


「なんでだよ! 降参ポーズは万国共通じゃないのかよ!」


 矢じりと魔法の光が、同時に俺へ向いた。

 終わった。

 俺の人生、異世界で五分もたなかった。


 その瞬間、体が動いた。


 両腕を上げる。

 肘を曲げる。

 腹を締める。

 脚も抜かない。

 正面を向いたら、この形になる。



 フロントダブルバイセップス!

 (正面から肉体の完成度を示す、基本にして王道のポーズ!)



「殺すなら殺せ! せめて上腕二頭筋だけでも見ていけ!」


 矢が止まった。

 魔法の光も止まった。

 人間側の神官らしき老人が、杖を落とした。

 魔族側の黒いローブの女が、口元を押さえた。

 兵士も、魔族も、全員が俺を見ている。


「アルス・メギオン、ヴァルド・セイラ、ノルド・ザルド、ミラ・オルガ……!」

(あ、あれは古き聖句の第一節! 真の勇者にしかできぬ、己が正面を神へさらす姿! 武具を持たず、敵意を隠さず、鍛え抜かれた両腕で“我は逃げも隠れもしない”と告げる誓いの形! なんということだ……! なんという御姿か……!)


「グラド・メギア、ゾルド・ノルス、ヴェイン・オルガ……!」

(魔族の古伝にも残る第一の姿! 刃を捨て、正面より立ち、己の肉体のみで争いの前に現れる者! 失われし勇者の形だ……!)


「何て!? なんで両方とも急に泣きそうなの!?」


 右も左も、明らかに空気が変わった。

 さっきまで殺す気だった人間が膝をつき、魔族まで武器を下げている。


 俺には意味が分からない。

 だが、見られている以上、雑なポーズはできない。

 俺は右半身を前に出し、胸を張った。



 サイドチェスト!

 (胸の厚み、腕、肩、脚を横からまとめて見せるポーズ!)



「トーラ・カルディア、ゼルム・ノヴァ、リグ・ヴェルム、カルディア・オルス……!」

(聖句第二節! 胸を隠さず、横より誓いの厚みを示す勇者の姿! 心臓を守る胸郭をあえて神前へ示し、偽りなき契約を人と魔の前に刻む形!)


「ザルガ・トーラ、メギド・ヴェルム、ノルド・カイム……!」

(魔の古伝にも同じく刻まれし誓いの姿! 胸を閉ざさぬ者に、偽りは宿らぬ!)


「盛り上がるな! 俺はまだ何も分かってない!」


 人間側から、古い巻物が開かれた。

 魔族側からも、黒い石板が掲げられた。

 そこには、同じような絵が描かれていた。

 両腕を上げる男。

 胸を張る男。

 背中を見せる男。

 そして、全身の筋肉を前に集める男。

 人間と魔族は、殺し合いの真っ最中だった。

 なのに、その絵だけは、両方が知っているらしい。


「なにこれ。両陣営共通のポーズ表?」


 俺の言葉は通じない。

 だが、巻物と石板を見て、人間も魔族もざわついている。

 どうやら俺のポーズが、その古い絵と一致してしまったらしい。


 この世界、言葉より筋肉のほうが神聖らしい。


 人間の神官が、震える指で巻物の三つ目の絵を示した。

 魔族のローブ女も、石板の同じ絵を指す。

 背中を向けて、両腕を曲げている男。


「背中指定か」


 俺は、人間と魔族がにらみ合う場所へ歩いた。

 どちらに向けばいいのか分からない。

 だから、巻物と石板の絵に合わせることにした。


 怖いに決まっている。

 剣も槍もある。

 魔法も飛んでいる。

 だが、今は前を向いて威張る場面じゃない。


 俺は背中を向け、両腕を曲げた。



 バックダブルバイセップス!

 (背中を向けて両腕を曲げ、背中と腕の強さを示すポーズ!)



 戦場から音が消えた。


 背中がつりそうになる。

 脚も震える。

 だが、ここで閉じたら負けだ。

 俺は背中を広く見せるように、肩甲骨を寄せすぎず、腕を張った。


「ゼヴァン・メギオン、グランディア・ノルド、カルマ・ロウガ、ミラ・ザルド……!」

(あ、あれは聖句第三節! 背を向けてなお逃げぬ者の姿! 斬られる覚悟で争いの間に立ち、その背に罪と命と沈黙を負う、守護者の形! あの背は、争いを止める背だ……!)


「ゾルド・ゼヴァン、ガルド・オルガ、セイラ・ノルス……!」

(魔の古伝に曰く、真の勇者は背をもって争いを隔てる! その背を越えて刃を振るう者は、魔にも人にもあらず!)


「お前ら、俺の背中に何を見た!?」


 最初に剣を下げたのは、人間の兵士だった。

 次に、魔族の戦士が槍を下げた。


 戦場の音が、遠くなる。


 勝ったのか。

 負けたのか。

 何が解決したのか。


 何も分からない。


 人間の神官が巻物の最後を開いた。

 魔族のローブ女が石板の最後を示した。


 肩と胸と腕を、前へ集めた男。


 それまでの絵とは、空気が違った。

 正面から誇る形でもない。

 胸を張って誓う形でもない。

 背中で争いを隔てる形でもない。


 全身を前へ固め、何かを受け止める形だった。


「いや待て。その絵、絶対に最後のやつだろ」


 人間も魔族も、息をのむ。

 神官は泣きそうな顔で俺を見る。

 ローブ女も、震えながら俺を見る。


 その時だった。


 燃える森の向こうから、黒い影が立ち上がった。


 人間でも魔族でもない。

 煙が固まったような巨体。

 顔のない頭。

 枝みたいに長い腕。

 その足元で、まだ消えていなかった火が、青黒く燃え上がる。


「フィニス・ロウガ! クラグ・ヴェルド!」

(終わりの影だ! 森を焼いた災いだ!)


「ノルド・ヒュム! ノルド・マヴァル! ゼグラ・カイム!」

(人間でもない! 魔族でもない! あれが火を放ったのだ!)


 意味は分からない。

 だが、分かることはある。


 人間が青ざめた。

 魔族も青ざめた。

 さっきまで互いに向けていた武器が、今度は同じ影へ向いた。


 つまり、あれが一番まずいやつだ。


「最初から出てこいよ! 俺を挟むな!」


 黒い影が腕を振り上げた。

 火の粉が降る。


 逃げたい。

 今すぐ逃げたい。

 でも、脚が動かない。

 大会前日の体は限界だったし、さっきからポーズを取りすぎている。


 黒い腕が落ちてくる。


 俺は歯を食いしばった。

 足を開く。

 腹を固める。

 肩を前へ出す。

 胸を寄せる。

 腕を前に集める。



 モストマスキュラー!

 (肩、胸、腕、腹を前へ集め、全身の筋肉量を正面に示すポーズ!)



 黒い影の腕が止まった。


 人間の神官が、巻物を抱えて叫んだ。

 魔族のローブ女も、石板を掲げて叫んだ。


「オルガ・メギオン、セイラ・グランディア、ノルド・フィニス、ミラ・クラグ……!」

(英雄聖句の終節! 真の勇者が人と魔を背にし、己の肉体を最後の盾として差し出す姿! 剣を持たず、盾を持たず、ただ鍛え抜かれた全身で災いを受け止める、英雄の形!)


「グラン・オルガ、ゾルド・セイラ、ヴェルム・ノルド、フィニス・メギオン……!」

(魔の古伝に残る終わりの英雄! 争う者たちを背に、災いの前に立ち、己の全てを前へ集める者! その姿を越えて進む災いは、災い自身が膝を折る!)


「何て!? なんで敵まで止まった!?」


 黒い影が震えた。


 俺は何もしていない。

 殴っていない。

 蹴っていない。

 ただ、足がつりかけた体で、全身に力を入れているだけだ。


 だが、黒い影は一歩下がった。


 人間の兵士が叫ぶ。

 魔族の戦士が叫ぶ。

 もちろん意味は分からない。

 ただ、さっきまで敵同士だった声が、今は同じ方向へ向いていた。


 神官が巻物の一番上を指す。

 ローブ女が石板の一番上を指す。

 次に二番目。

 次に三番目。

 そして最後。


 まさか。

 コンボ指定か。


「いや、俺もう限界なんだけど!?」


 通じない。

 期待の目だけが増える。

 黒い影が、もう一度腕を上げた。


「くそっ、知らんぞ!」



 俺は正面を向いた。



 フロントダブルバイセップス!

 (正面から肉体の完成度を示す、基本にして王道のポーズ!)



「アルス・メギオン、ヴァルド・セイラ、ノルド・ザルド!」

(第一節! 敵意なき正面! 争いの前に立つ者!)



 横を向き、胸を張る。



 サイドチェスト!

 (胸の厚み、腕、肩、脚を横からまとめて見せるポーズ!)



「トーラ・カルディア、リグ・ヴェルム、セイラ・オルス!」

(第二節! 胸を隠さぬ誓い! 偽りなき契約の形!)



 背中を向け、両腕を曲げる。



 バックダブルバイセップス!

 (背中を向けて両腕を曲げ、背中と腕の強さを示すポーズ!)



「ゼヴァン・メギオン、グランディア・ノルド、ミラ・ザルド!」

(第三節! 争いを隔てる守護者の背!)



 最後に、全身を前へ集める。



 モストマスキュラー!

 (肩、胸、腕、腹を前へ集め、全身の筋肉量を正面に示すポーズ!)



「オルガ・メギオン、セイラ・グランディア、ノルド・フィニス!」

(終節! 災いを肉体で受け止める英雄の形!)



 黒い影が、膝をついた。


 膝があるのかどうかも怪しかったが、とにかく崩れた。

 煙の体が地面へ沈み、青黒い火が消えていく。

 森の向こうの炎も、少しずつ弱まっていった。

 人間が膝をついた。

 魔族も膝をついた。

 さっきまで殺し合っていた全員が、同じように俺へ頭を下げている。


「……いや、誰か一人くらい説明してくれ」


 もちろん、誰の言葉も分からない。

 説明されても分からない。


 その日、俺は人間と魔族と、ついでに両方を戦わせていた黒い災いをまとめて黙らせた。


 一発も殴らずに。


 ただ、明日の大会に出られるかだけは、最後まで分からなかった。

言葉は通じませんでした。

筋肉は通じました。

ジム通いで助かりました。

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サイッコー!!
…………ナニ?この……ナニ??? (宇宙猫状態)
筋肉は言語
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