お手伝いぬい
朝、らむのスマホのアラームが鳴った。
「んー……」
らむが、目を擦りながら起き上がる。いつもより早い時間だ。今日は、朝から打ち合わせがあるらしい。昨日の夜、らむが言っていた。
「おはよう、らむぬい」
らむが、隣に置いてある僕に声をかける。小さく手を振った。らむが、眠そうに笑う。
「今日、朝から出かけなきゃいけないんだ。急いで準備しないと」
らむが、ベッドから出て、急いで洗面所に向かう。ベッドの上で、その様子を見ていた。
らむは、慌ただしく動いている。歯を磨きながら、クローゼットの前で服を選んで。メイクをしながら、時計を何度も見て。時間がない、という焦りが、動きから伝わってくる。
ベッドから降りた。
手伝いたい。
でも、何を手伝えばいいのか。ぬいぐるみの体に、何ができるのか。
洗面所に向かう。らむは、鏡の前でメイクをしている。床には、メイク道具が散らばっている。急いでいるせいで、落としたんだろう。
その中から、らむがよく使うリップを拾った。小さな筒。ぬいぐるみの手には、少し大きい。でも、なんとか持てる。
そして、洗面台の上に、置いた。
らむが、ふと視線を下に向ける。
「あ……」
らむが、こちらを見た。それから、洗面台の上のリップを見る。
「らむぬい……持ってきてくれたの?」
頷いた。
らむが、嬉しそうに笑った。
「ありがとう」
その笑顔を見て、何かが決まった。
手伝おう。できることを、やろう。
たとえ、恥ずかしくても。たとえ、ぬいぐるみとして動くのが照れくさくても。
推しのためだ。
らむのためなら、できる。
部屋に戻った。らむが着替える服を、クローゼットから選んでいる。床には、脱いだパジャマが置いてある。
そのパジャマを拾った。両手で抱えて、洗濯カゴまで運ぶ。重い。布は、ぬいぐるみの体には大きすぎる。でも、引きずりながら、なんとか運んだ。洗濯カゴに、パジャマを入れる。
それから、デスクの上を見た。らむのヘアゴムが、置いてある。今日、らむは髪を結ぶだろう。でも、ヘアゴムはデスクの奥に置いてある。らむが着替えた後、探すかもしれない。
デスクに登った。ヘアゴムを手に取る。小さな輪っか。それを、頭に被った。
……恥ずかしい。
成人男性が、ヘアゴムを頭に被って、部屋を歩いている。
冷静に考えれば、おかしい。恥ずかしい。
でも、今は、ぬいぐるみだ。
ぬいぐるみが、ヘアゴムを頭に被って運んでいる。それは、きっと可愛く見える。
……推しのためだ。
そう自分に言い聞かせて、ヘアゴムを被ったまま、洗面所に向かった。
らむが、着替えを終えて、洗面所に戻ってきたところだった。
「あ、髪結ばなきゃ……ヘアゴム、どこだっけ」
らむが、きょろきょろと探す。
らむの足元に行った。そして、見上げる。
らむの視線が、下に向く。
「……え?」
らむの目が、大きく見開かれる。
頭に被ったヘアゴムを、小さな手で外そうとした。でも、うまく外れない。引っかかっている。
「ちょ、ちょっと待って……」
らむが、笑いを堪えている声で言った。
「今、ヘアゴム……頭に被ってる?」
頷いた。
らむが、笑った。堪えきれずに、笑った。
「かわいい……」
らむが、しゃがみ込んで、頭からヘアゴムを外してくれた。
「ありがとう、らむぬい。持ってきてくれたんだね」
らむが、頭を撫でる。
「すごく助かった」
その笑顔を見て、思った。
恥ずかしいけど、やって良かった。
らむが、髪を結び始める。その様子を見守った。それから、らむが玄関に向かう。靴を履く準備をしている。
玄関に先回りした。靴箱の前に立って、らむがよく履くスニーカーを見る。
でも、届かない。靴箱の棚が、高すぎる。
ジャンプした。一回目、届かない。二回目、指先が靴に触れた。三回目、靴を掴んだ。でも、重い。落ちてくる。
どさり、と靴が床に落ちた。
らむが、振り向く。
「……らむぬい?」
らむが、床に落ちた靴を見て、それからこちらを見た。
「靴、出してくれようとしたの?」
頷いた。
らむの目が、また潤んだ。
「ありがとう……」
らむが、抱き上げた。
「本当に、ありがとう」
らむの声が、震えている。
「朝から、こんなに助けてもらって……嬉しい」
らむの腕の中で、静かにしていた。
内心では、まだ少し恥ずかしい。成人男性が、ヘアゴムを頭に被ったり、靴を運ぼうとしたり。でも、らむが喜んでくれるなら。
それでいい。
これも、推し活なんだ。
画面越しじゃない、でも確かに支えている。
形は変わっても、推す気持ちは変わらない。
らむが、靴を履いて、玄関のドアを開ける。
「いってきます、らむぬい」
らむが、声をかける。手を振った。
「ちゃんと、待っててね」
らむが、笑顔で言う。
頷いた。
らむが、ドアを閉める。鍵をかける音。足音が、遠ざかっていく。
静寂。
玄関でしばらく立ち尽くしていた。
それから、部屋に戻る。
ベッドに座って、今朝のことを思い返す。
恥ずかしかった。本当に、恥ずかしかった。
でも、らむの笑顔を見られた。
らむが、喜んでくれた。
それだけで、十分だ。
ベッドに横になった。らむの匂いがする布団。温もりが残っている枕。
らむが帰ってくるまで、ここで待とう。
そして、帰ってきたら、また「おかえり」を伝えよう。声には出せないけれど。
ぬいぐるみとして。
推しとして。
ずっと、そばに。
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夕方、らむが帰ってきた。
「ただいま、らむぬい」
らむの声。ベッドから起き上がって、手を振った。
らむが、部屋に入ってきて、抱き上げた。
「今日ね、すごくうまくいったんだ」
らむが、嬉しそうに言う。
「朝、あなたが手伝ってくれたおかげで、余裕を持って出られたの。だから、落ち着いて打ち合わせできた」
らむが、ぎゅっと抱きしめる。
「ありがとう」
らむの服を、小さな手で撫でる。
どういたしまして。
声には出せないけれど、心の中で返す。
これからも、できることをやろう。
たとえ恥ずかしくても。
推しのためなら、できる。
その夜、らむは今日あったことを色々話してくれた。打ち合わせのこと、道で見た猫のこと、美味しかったランチのこと。
ただ聞いていた。頷いたり、首を傾げたり。
らむは、嬉しそうに話していた。
「あなたがいてくれて、本当に良かった」
らむが、最後にそう言った。
小さく手を振った。
こちらこそ。
ここにいられて、良かった。
推しのそばに、いられて。
それだけで、幸せだから。
ここまで読んでくださり、ありがとうございます。
お手伝いぬい回でした。
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それでは、次回もよろしくお願いします。
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