推し活するぬい
# 第8話
配信が始まった。
「こんらむ〜♪」
いつもの挨拶。いつもの声。僕は、いつものようにらむの膝の上にいた。配信画面の端に、僕も少しだけ映っている。らむの持ち物として。いつものように。
「今日はね、久しぶりにゲーム配信するよ〜」
らむの声は、明るい。でも、僕にはわかる。少しだけ、いつもより声のトーンが低い。元気を出そうとしている声だ。
配信は、順調に進んでいく。らむは、ゲームをしながら、コメントを拾っている。リスナーたちとやりとりをして、笑って、楽しそうに話している。
でも、僕は何もできない。ただ、膝の上で、じっとしているだけ。
コメント欄が、流れていく。画面の端に、小さく表示されている。僕は、その文字を追う。
『らむちゃんかわいい』
『今日も元気そうで良かった』
『そのゲーム、楽しそう』
そして。
『いつもの人、今日も来ないね』
その一言が、目に入った。
らむの手が、一瞬だけ止まる。ゲームのコントローラーを握ったまま、動かない。それから、小さく笑う。
「そうだね……最近、来てないね」
らむの声は、少しだけ寂しそうだった。
『体調悪いのかな』
『心配だよね』
『いつも一番に来てくれてたのに』
コメントが、続く。
「うん……心配」
らむが、小さく呟く。
「いつも、配信の最初から最後まで見てくれてた人だから……元気でいてくれるといいな」
その言葉を聞いて、僕の胸が、痛くなった。ぬいぐるみには心臓なんてないはずなのに。
僕は、ここにいる。らむのすぐそばに。でも、配信には来られない。コメントも打てない。スパチャもできない。
推せていない。
何もできていない。
リスナーとしての僕は、もういないんだ。
配信は、約二時間で終わった。
「それじゃあ、今日はこのへんで。またね〜、ばいらむ♪」
いつもの締めの言葉。配信画面が切れる。らむが、大きく息を吐いた。
「ふう……」
疲れた声。らむは、椅子の背もたれに体を預けて、しばらくじっとしていた。僕は、膝の上で、静かにしている。
「……寂しいな」
ぽつりと、らむが呟いた。
「あの人、本当にどうしたんだろ」
らむが、僕を抱き上げる。顔の前に持ってきて、見つめる。
「らむぬい、私……ちゃんとできてるのかな」
その言葉に、僕は何も答えられない。ただ、らむを見つめるだけ。
「あの人が来なくなったの……私のせい……かな」
らむの声が、震える。
「配信、つまらなくなったとか……」
違う。そんなことない。
そう言いたいのに、言えない。
らむは、僕を抱きしめた。
「ごめんね、らむぬい。変なこと言って」
らむが、小さく笑う。
「でも……あなたがいてくれるから、頑張れるよ」
らむの腕の中で、僕は何も言えなかった。
らむが、部屋を出ていく。お風呂に入るんだろう。僕は、ベッドの上に置かれた。
一人きりになった部屋で、僕は考えた。
推し活。
僕は、らむを推していた。毎日、配信を見て、コメントを打って、スパチャをして。グッズを買って、ファンアートを描いて。それが、僕の推し活だった。
でも、今は何もできない。
配信は見られる。でも、膝の上で、ただ見ているだけ。コメントは打てない。声も出せない。スパチャもできない。グッズも買えない。
これって、推し活なのか。
僕は、らむのそばにいる。らむを支えている。らむの日常を、少しだけ楽にしている。
でも、それは推し活じゃない。それは、ただの生活のサポートだ。友達みたいなものだ。
僕は、推したいんだ。
らむを、応援したいんだ。
画面越しじゃなくても。名前を名乗らなくても。認知されなくても。
何か、できることはないか。
僕は、部屋の中を見回した。デスクの上に、色鉛筆が置いてある。らむが、時々使っているもの。それから、メモ帳。
そうだ。
ファンアートを、描こう。
以前は、デジタルで描いていた。タブレットとペンを使って、綺麗に、丁寧に。時間をかけて、らむのアバターを描いた。
でも、今は違う。ぬいぐるみの、小さな手しかない。それでも、描きたい。
何を描こう。
らむのアバターは、難しい。細かいパーツが多い。ぬいぐるみの手では、うまく描けないだろう。
それなら。
らむぬいを、描こう。
僕自身を。配信にいつも映っている、このぬいぐるみを。
簡単な形だ。丸い頭。丸い体。短い手足。三日月の刺繍。黒いリボン。
これなら、描けるかもしれない。
僕は、デスクに向かった。椅子に登るのは大変だったけれど、なんとか登った。色鉛筆を手に取る。紫色の色鉛筆。ぬいぐるみの手には、少し大きい。でも、なんとか握れる。
メモ帳を開く。白い紙。
僕は、描き始めた。
最初の線は、震えた。思うように、線が引けない。手が小さすぎる。力の入れ方も、うまくいかない。それでも、描く。
丸い頭。丸い耳。丸い体。
線が、歪んでいる。綺麗な円じゃない。でこぼこしている。それでも、描く。
短い手。短い足。
バランスが、おかしい。手が長すぎる。足が太すぎる。それでも、描く。
三日月の刺繍。金色の色鉛筆に持ち替えて、胸元に小さな三日月を描く。
形が、崩れている。三日月じゃなくて、ただの曲がった線みたいだ。それでも、描く。
黒いリボン。首元に、黒い色鉛筆で描く。
リボンの形が、わからなくなってきた。ただの塊みたいになっている。それでも、描く。
目。紫色のボタンの目。丸を二つ描いて、中に×印を入れる。×がずれた。片方の目が大きい。もう片方が小さい。それでも、描く。
口。小さなカーブ。優しい微笑み。
線が震えている。笑っているのか、困っているのか、わからない顔になった。それでも、描く。
やがて、描き終わった。
僕は、色鉛筆を置いて、メモ帳を見た。
下手だった。本当に、下手だった。
以前描いていたファンアートとは、比べ物にならない。子供の落書きみたいだ。線は歪んでいる。バランスは崩れている。色も、はみ出している。
でも。
これが、今の僕にできる、精一杯だった。
ぬいぐるみの、小さな手で。震える線で。不器用に。それでも、描いた。
推したい、という気持ちだけは、変わらないから。
僕は、メモ帳をそのままデスクに置いて、ベッドに戻った。らむが、お風呂から戻ってくるまで、待とう。
しばらくして、らむが部屋に戻ってきた。
「ただいま、らむぬい」
らむが、僕に声をかける。僕は、手を振った。らむが、笑う。
らむは、パジャマに着替えて、デスクに向かった。配信の記録を確認するんだろう。椅子に座って、モニターを見る。
そして、らむの視線が、メモ帳に向いた。
「……ん?」
らむが、メモ帳を手に取る。
「これ……」
らむの目が、大きく見開かれる。
「らむぬい……?」
らむが、絵を見つめている。下手な、らむぬいの絵。それから、らむが僕のほうを見た。
「これ……あなたが描いたの?」
僕は、頷いた。
らむの目が、また大きくなる。
「本当に……?」
もう一度、頷く。
らむが、また絵を見る。それから、小さく笑った。
「下手だね」
その一言に、僕は少しだけ縮こまった。
でも、らむは笑っていた。優しい笑顔で。
「でも……すごく、嬉しい」
らむが、絵を胸に抱きしめた。
「ありがとう、らむぬい」
らむの声が、少しだけ震えている。
「一生懸命、描いてくれたんだね」
らむが、僕のところに来た。僕を抱き上げて、ぎゅっと抱きしめる。
「ありがとう。大切にするね」
らむの腕の中で、僕は静かにしていた。
推し活。
形は、変わった。コメントも打てない。スパチャもできない。グッズも買えない。
でも、描くことはできる。不器用でも、下手でも。小さな手で、震える線で。
それでも、想いは込められる。
推したい、という気持ちは、変わらない。
これも、推し活なんだ。
そばにいるからこそ、できる推し活。
名乗らなくても、認知されなくても。
らむの幸せを願う気持ちは、変わらない。
その夜、らむは僕と一緒に眠った。でも、枕元には、あの下手な絵が、大切に置かれていた。
「おやすみ、らむぬい」
らむが、僕を抱きしめたまま、目を閉じる。
僕は、らむの腕の中で、静かにしていた。
おやすみ、らむ。
これからも、推すよ。
形は変わっても、推す気持ちは変わらないから。
ずっと、応援してる。
ここまで読んでくださり、ありがとうございます。
推し活ぬい回でした。
もし楽しんでいただけましたら、評価やブックマークをしていただけると大変励みになります。また、感想やコメントもお待ちしています。あなたの推し活の記憶と重なる瞬間があったなら、ぜひ教えてください。
そして、「らむぬいにこんな風に動いてほしい」「こんなシーンが見たい」といったリクエストも大歓迎です。ぬいぐるみができる範囲で、皆さんのアイデアを物語に取り入れていきたいと思っています。気軽にコメント欄でお聞かせください。
それでは、次回もよろしくお願いします。
ほぼ毎日22:10更新中




