お留守番ぬい
朝、らむが起きたのは、いつもより早かった。
「んー……」と伸びをしてから、隣に置いてある僕を見て、小さく笑った。
「おはよう、らむぬい」
僕は、小さく手を振った。らむが、嬉しそうに笑う。
「今日ね、打ち合わせで出かけるんだ」
らむが、クローゼットから服を取り出しながら言う。
「事務所の人と、グッズの打ち合わせ。楽しみなんだけど……ちょっと緊張する」
らむは、鏡の前で服を合わせながら、何度か着替える。それから、軽くメイクをして、髪を整える。僕は、ベッドの上で、その様子を見ていた。
準備が終わったらむは、僕のところに戻ってきた。
「お留守番、お願いできる?」
僕は、頷いた。
「ありがとう」
らむが、僕の頭を撫でる。
「寂しいけど……夕方には帰ってくるから」
らむは、バッグを持って、部屋を出る前に、もう一度振り返った。
「いってきます、らむぬい」
僕は、手を振った。
らむが、笑顔で手を振り返す。それから、ドアが閉まる音。鍵をかける音。足音が遠ざかっていく。
静寂。
部屋に、僕だけが残された。
僕は、しばらくベッドの上でじっとしていた。らむの温もりが残っている布団。らむの匂いがする枕。一人きりの部屋は、とても静かだった。
やがて、僕はベッドから降りた。部屋を見回す。
らむの部屋は、いつもより少し散らかっていた。急いで準備をしたせいだろう。クローゼットの扉が開きっぱなしで、中から服が少しはみ出している。デスクの上には、昨日の夜食べたカップ麺の容器。洗濯カゴには、洗濯物が溜まっている。ペットボトルが、床に転がっている。
僕は、少し考えた。
らむは、夕方に帰ってくる。疲れて帰ってくる。打ち合わせは、きっと緊張するだろう。気を遣うだろう。
だったら。
帰ってきたとき、少しでも楽になるように。少しでも、ほっとできるように。
僕は、動き始めた。
まず、ペットボトル。床に転がっているのは、二本。僕は、一本目に近づいて、両手で抱えた。重い。ぬいぐるみの体には、結構な重さだ。でも、なんとか持ち上げて、ゴミ箱まで運ぶ。ゴミ箱は、部屋の隅にある。距離がある。僕は、ゆっくりと歩いた。途中で何度かよろけたけれど、なんとかゴミ箱まで辿り着いた。ペットボトルを、ゴミ箱の中に落とす。それから、もう一本も同じように運んだ。
次は、カップ麺の容器。これも、ゴミ箱へ。軽いから、運びやすい。汁が入ってなくてよかった。でも、大きいから、視界が塞がれる。それでも、なんとか運んだ。
それから、クローゼットの扉。開きっぱなしになっている。僕は、ジャンプして扉の端を掴んで、引っ張った。一回目は、うまくいかない。二回目も、動かない。三回目で、ようやく扉が少しだけ閉まった。完全には閉まらなかったけれど、少なくとも、開きっぱなしではなくなった。
次は、洗濯物。洗濯カゴの中には、服が山のように入っている。僕は、一枚ずつ取り出して、畳もうとした。でも、ぬいぐるみの手では、うまく畳めない。何度も挑戦したけれど、結局、ぐちゃぐちゃになってしまう。諦めて、せめて綺麗に重ねようとした。それでも、なかなかうまくいかない。時間がかかった。でも、なんとか、少しだけ整理できた。
それから、カーテン。らむは、朝、カーテンを開けなかった。急いでいたから。部屋は、少し暗い。僕は、窓に向かった。カーテンの紐が、高いところにある。僕は、何度もジャンプした。一回目、届かない。二回目、手の先がかすった。三回目、掴んだ。紐を引っ張る。カーテンが、ゆっくりと開いていく。光が、部屋に差し込む。
部屋が、明るくなった。
僕は、部屋を見回した。完璧じゃない。まだ、散らかっているところもある。でも、さっきよりは、少しだけ綺麗になった。
これくらいしか、できない。
でも、少しでも、らむが帰ってきたとき、楽になるなら。それでいい。
僕は、玄関に向かった。玄関の近くに、小さな棚がある。その上に座って、待つことにした。
時間が、ゆっくりと過ぎていく。
外の音が、時々聞こえる。車の音。人の声。でも、らむの足音じゃない。
僕は、ずっと待っていた。
やがて、外が少しずつ暗くなってきた。夕方だ。
そして、足音が聞こえた。
廊下を歩く音。この部屋に向かってくる音。
鍵を開ける音。ドアが、開いた。
「ただいま……」
らむの声。疲れている声。
らむが、部屋に入ってくる。バッグを肩にかけたまま、靴を脱いで。それから、部屋の中を見た。
「……あれ?」
らむが、立ち止まる。
「片付いてる……?」
らむが、部屋を見回す。開いていたカーテン。ゴミ箱に捨てられたペットボトル。少しだけ整理された洗濯物。
それから、らむの視線が、僕に向く。
玄関の棚の上で、じっとしている僕。
「……らむぬい?」
らむが、僕に近づいてくる。
「もしかして……あなたが?」
僕は、小さく頷いた。
らむの目が、大きく見開かれる。
「本当に……?」
もう一度、頷く。
らむの目から、涙が溢れた。
「ありがとう……」
かすれた声。
らむが、僕を抱き上げた。ぎゅっと、抱きしめる。
「ありがとう、らむぬい……」
らむの肩が、震えている。
「一人じゃ、ないんだね……」
らむの声が、震える。
「帰ってきたら、誰もいないって思ってた……でも……」
らむが、僕をもっと強く抱きしめる。
「おかえりって、言ってくれる人が、いるんだね……」
僕は、らむの頬に、そっと手を当てた。
らむが、また泣いた。泣き虫だ。でも、笑っている。
「嬉しい……すごく、嬉しい……」
らむは、しばらく僕を抱きしめていた。それから、顔を上げて、僕を見つめた。
「ねえ、らむぬい」
涙の跡が残っている顔で、でも笑顔で。
「これから、出かけるとき……いってらっしゃいって、言ってくれる?」
僕は、頷いた。
「そしたら、私も……ただいまって、ちゃんと言うね」
らむが、僕の頭を撫でる。
「ありがとう。本当に、ありがとう」
らむは、僕を抱きしめたまま、部屋に入っていった。ソファに座って、僕を膝の上に置く。
「今日ね、すごく緊張したんだ」
らむが、話し始める。
「でも、グッズの打ち合わせ、うまくいったよ。可愛いデザインにしてもらえそう」
らむが、嬉しそうに笑う。
「帰り道、ずっと考えてたんだ。帰っても、誰もいないなって。でも……」
らむが、僕を見る。
「あなたが、待っててくれたんだね」
僕は、頷いた。
らむが、また僕を抱きしめた。
「これから、一緒に過ごそうね。いってらっしゃいも、ただいまも、おはようも、おやすみも……全部、一緒に」
僕は、らむの服を、小さな手で掴んだ。
うん、と。声には出せないけれど、心の中で返事をする。
一緒に、いよう。
ずっと、そばに。
それが、僕の願いだから。
その夜、らむは僕と一緒に夕食を食べた。正確には、らむが食べて、僕はその隣に座っていた。らむは、時々僕に話しかけながら、楽しそうに食べていた。
「明日は、配信があるんだ。久しぶりに、ゲーム配信しようかな」
らむが、嬉しそうに言う。
「一緒に、見ててくれる?」
僕は、頷いた。
「ありがとう」
らむが、笑う。
そして、夜。らむは、僕を抱きしめて眠った。
「おやすみ、らむぬい」
小さな声で、らむが言う。
僕は、らむの腕の中で、静かにしていた。
おやすみ、らむ。
今日も、お疲れ様。
明日も、一緒にいるよ。
ずっと、そばに。
ここまで読んでくださり、ありがとうございます。
お留守番回いかがでしたでしょうか?
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それでは、次回もよろしくお願いします。




