あなたのそばにいるぬい
配信が、荒れた。
いつものように「こんらむ〜♪」と始まった配信は、最初は順調だった。らむはゲームをしながら、リスナーとやりとりをしていた。コメントを拾って、笑って、楽しそうに話していた。僕は、いつものようにらむの膝の上にいた。
でも、途中から空気が変わった。コメント欄に、見慣れない名前が増えた。そして、誰かが誰かに噛みついた。些細なことだった。ゲームの攻略方法について、意見が食い違っただけ。でも、そこから話がどんどんずれていった。
「そのやり方は効率悪い」「いや、お前のほうが間違ってる」「初心者は黙ってろ」「古参ぶるな」
コメントが、次々と流れていく。らむの声が、少しずつ小さくなる。
「あ、あの、みんな……」
らむが、声をかける。でも、コメント欄は止まらない。むしろ、加速していく。他のリスナーも巻き込まれて、言い合いが広がっていく。
「ちょっと、やめよう? ね?」
らむの声は、いつもより高い。無理に明るくしようとしている声。でも、震えている。
「みんな、仲良くしよ? せっかく楽しく配信してるんだから」
それでも、コメントは止まらなかった。モデレーターが何人かコメントを削除したけれど、追いつかない。らむは、必死に話題を変えようとした。ゲームの話に戻そうとした。でも、もう無理だった。
配信は、ぎこちないまま終わった。
「それじゃあ……今日は、このへんで。ばいらむ……」
いつもの元気な声じゃなかった。力のない、絞り出すような声。配信画面が切れる。部屋に、静寂が戻る。
らむは、しばらく動かなかった。椅子に座ったまま、じっと画面を見つめている。僕は、膝の上で静止している。何も言えない。何もできない。
やがて、らむが小さく息を吐いた。
「……最悪」
ぽつりと、呟く。
「なんで、こうなっちゃったんだろ」
らむが、椅子から立ち上がる。僕を抱き上げて、ベッドに向かう。そして、ベッドに座り込んだ。僕を、胸に抱きしめたまま。
「私、ちゃんとできてなかったのかな」
声が、震えている。
「もっと、うまく止められたんじゃないかな。もっと、ちゃんと……」
らむの腕が、僕をぎゅっと抱きしめる。
「一人暮らし、始めたばっかりで……配信も、最近調子悪くて……」
声が、途切れる。
「寂しい」
小さな、小さな声。
「誰もいない。誰とも、話せない」
らむの肩が、震え始める。
「配信は、楽しいはずなのに……最近、怖い」
息を吸う音。そして、吐く音。
「みんなが、離れていっちゃうんじゃないかって……」
らむの声が、涙で滲む。
「頑張ってるのに……ちゃんと、やってるつもりなのに……」
ぽたり、と何かが落ちる音がした。らむの涙だ。僕の頭に、温かいものが落ちてくる。
「らむぬい……」
らむが、僕の名前を呼ぶ。
「私、どうしたらいいのかな……」
泣き声。抑えきれない、泣き声。
らむは、声を殺して泣いていた。一人暮らしの部屋で、誰にも聞かれないように。でも、涙は止まらない。肩が震える。息が乱れる。
僕は、らむの腕の中にいた。抱きしめられたまま、ただじっとしている。何も言えない。何もできない。
でも。
このままでいいのか。
らむは、一人で泣いている。一人で、抱え込んでいる。誰にも言えないことを、ぬいぐるみに話している。
僕は、ここにいる。すぐそばにいる。
声は出せない。名前も名乗れない。
でも、何かできることがあるんじゃないか。
らむが、ぬいぐるみに話しかけるように。僕も、ぬいぐるみとして、何かできるんじゃないか。
僕は、意を決した。
ゆっくりと、腕を動かす。短い、ぬいぐるみの腕。その腕に力を込める。
そっと。できるだけ優しく。
抱きしめ返す。
らむの体が、一瞬固まった。
涙を流していた顔が、ゆっくりと僕のほうを向く。
「……え?」
らむの声。驚きと、混乱と、それから。
僕は、動きを止めない。腕を、らむの背中に回したまま。できる限りの力で、抱きしめる。
大丈夫だよ。
声には出せない。でも、伝えたい。
君は、一人じゃない。
ここにいるよ。
ずっと、そばにいるよ。
らむの目が、大きく見開かれる。涙で濡れた瞳が、僕を見つめる。
「……らむ、ぬい?」
震える声で、らむが僕の名前を呼ぶ。
僕は、答えられない。ただ、抱きしめることしかできない。
らむの手が、ゆっくりと僕の背中に触れる。
「動いて……る?」
信じられない、というような声。
僕は、少しだけ頷いた。小さく、ゆっくりと。
らむの目から、また涙が溢れた。でも、さっきまでの涙とは違う。
「……ありがとう」
かすれた声で、らむが言った。
「ありがとう、らむぬい」
らむが、僕をもう一度ぎゅっと抱きしめた。今度は、泣きながらじゃない。笑いながら、泣いている。
「信じられない……でも……」
らむは、僕を抱きしめたまま、小さく笑った。
「動けるんだね」
僕は、らむの腕の中で、静かにしていた。もう動かない。ただ、抱きしめられたまま。
でも、らむは知った。
このぬいぐるみが、動くことを。
そして、僕も知った。
推しを支えることができるかもしれない、ということを。
声は出せない。名前も名乗れない。
でも、ぬいぐるみとして。
そばにいることが、できる。
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ここまで読んでくださり、ありがとうございます。
いよいよらむぬい、動きます。
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そして、「らむぬいにこんな風に動いてほしい」「こんなシーンが見たい」といったリクエストも大歓迎です。ぬいぐるみができる範囲で、皆さんのアイデアを物語に取り入れていきたいと思っています。気軽にコメント欄でお聞かせください。
それでは、次回もよろしくお願いします。
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