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第60話 キャトリーヌ、エンバーライトオーダー

「エントランスの喧騒も収まって、いよいよ演劇が始まるにゃ」


 キャトリーヌは早速シーフスキルのハイディングで気配を断ち、その上からプリズムコートの魔導具を使用して姿を消す。


 ハイディングもプリズムコートも非戦闘時のみ効果の有るもの、エマ教官から叩き込まれ、グラマスからキツく釘を刺された注意事項を反芻する。


「絶対戦闘はしちゃダメ、貴族の夜会で暴れたりしたら問答無用で捕まるにゃ」


 スキルと魔導具の効果でキャトリーヌの姿は見えず、気配を読まれる事も無い。よほどの達人でも雇ってない限りは、その姿を特定するのは不可能だろう。


 まるでこの世から隔絶されたかのような状態に、彼女はスキルリンカーとなった自分を重ねる。言いようの無い孤独を感じながら彼女は作戦行動を開始する。


 魔導具とシーフスキルを発動後、改めてバードビューを使うキャトリーヌ、屋敷の見取り図は頭に入っているが、自分の脳に投影される映像に彼女は舌を巻く。


 ホールに集まって挨拶している当主、中庭に造られた舞台で待機する演者達、先ほど別れ廊下で待機してるフレアと鬼灯も見える、まるで館が横にスライスされた様な視界に、様々な状況が映し出される。


「これがあったら潜入なんか楽勝なのにゃ」


 幼い頃から泥棒(シーフ)のスキルを叩き込まれた彼女をしてそう言わしめる、チートスキル。


 バードビューで得た俯瞰情報と、頭に叩き込まれた屋敷の見取り図を照合し、キャトリーヌは最短ルートを割り出す。目指すは、庭園の奥にある警備が厳重な離れだ。


「まずは、厨房を抜けるのが一番にゃ」


 心を決め、大広間の喧騒を背に、給仕たちが忙しなく行き交う裏動線へと滑り込む。狭く薄暗い通路は、彼女の体に染みついた記憶を不意に呼び覚ました。


(……あの時も、こんな狭い通路だったにゃ)


 脳裏をよぎるのは、自分と同じくらいの年頃の子供たちの怯えた瞳。盗賊団の頭である男の、冷たい声が響く。


「いいか、お前たちは俺たちの大事な『道具』だ。今夜もきっちり稼いでもらうぞ。しくじった奴は……分かっているな?」


 失敗は許されない。仲間は生き残りを争うライバルであり、誰も信じられない。孤独の中で、ただ生きるために技術を磨くしかなかった日々。キャトリーヌは、胸に込み上げる苦い記憶を振り払うように、ぎゅっと拳を握った。


(もう、にゃーは『道具』じゃない)


 バードビューの視界が、離れた場所で待機するフレアと鬼灯の姿を映し出す。ヨシダから託されたこの力が、今は仲間との絆の証だ。


(にゃーは、にゃーの意志で、大切な仲間(かぞく)のためにここにいるんだにゃ!)


 過去を乗り越える強い決意が、彼女の心を奮い立たせる。

 厨房を難なく通り抜け、庭園へと続くテラスの扉にたどり着く。鍵はかかっていたが、手にしたワイヤーピックで囁くように撫でると、カチャリと小さな音を立てて開いた。

 ひやりとした夜気が肌を撫でる。庭園は魔導ランプの柔らかな光に照らされているが、その分、闇は深く、身を隠すには好都合だった。


 姿を消し、気配も断った、それでも体に染み込んだシーフの技が影の様な身のこなしをする。皮肉なものだと思う反面、王都のギルドに実力を示すこの任務で主役を張れる自分を誇らしくも思う。


 バードビューで常に警備の配置を確認しながら、植え込みの影から影へと、まるで風に舞う木の葉のように移動していく。

 目的の離れは、すぐそこに見えていた。窓は固く閉ざされ、中からは一切の光が漏れていない。だが、その周囲だけ、他の場所とは比較にならない数の警備が配置されていた。


(中にいるにゃ。絶対にここにゃ)


 確信を深め、離れの壁に張り付く。石造りの壁は冷たく、何の変哲もないように見える。だが、彼女のシーフとしての経験が、壁の一部に違和感を告げていた。空気の流れが、ほんの僅かに違う。


(換気口……それも巧妙に隠されたものにゃ)


 壁の蔦に手をかけ、慎重に体を持ち上げる。果たして、屋根の庇のすぐ下に、闇に紛れて小さな格子窓が隠されていた。ここからなら、中の会話を盗み聞けるかもしれない。

 キャトリーヌは息を殺し、そっと耳を澄ませた。中の人間たちに気づかれぬよう、全ての神経を集中させる。


 人族の数倍の聴力で中の会話を聞き取り、当たりと踏んだキャトリーヌは、バードビューで中の様子を伺おうとスキルを起動し、テーブルを囲む男達に視線を定め、集中したその瞬間。


「曲者か!」


 鋭い言葉と共に放たれた銀の剣閃に、彼女の瞳は一刀両断された。否、された様に感じたのだった。

 噴き出る冷や汗、辛うじて抑えた息を静かに吐く。


(あれはなんにゃ? にゃー自身は気付かれて無い……まさかスキルを見破ったにゃ?)


 ヨシダの規格外のスキルに慢心し迂闊に使用したが、無から有が生まれるはずもなく、その力の源は何処かに有るのだ。

 この剣客はそのほんの僅かな違和感を感じ取り即応したのだ。


「せ、先生、何事ですか?」


「いや、今し方あの辺りに、何やら違和感を覚えたものでな、如何やら某の気のせいだったでござる」


 虚空を見据えた鋭い眼差しを静かに解き、そう洩らす。


 キャトリーヌのずば抜けた聴力に届くその言葉は、スキル使用時のほんの僅かな力の揺らぎの様なものまで感じ取ると言うものだった。

 彼女は極東の戦士、サムライの持つ能力⸻心眼を初めて目の当たりにしたのだった。


(やばいにゃ、魔導具でにゃーの見たイメージをフレア達に伝える手筈だったけど、これじゃ迂闊に動けないにゃ)


 ヨシダのスキルですら見抜く達人だ、魔術の心得が有れば感知できる魔道具など言わずもがなだ。


(一瞬だったけど、ヨシダッちや瑠奈みたいな黒髪、手には細身でソリのある片刃の剣を持ってたにゃ。あれが瑠奈から聞いたサムライにゃ)


 誤算だった、ヴァルムートの実家だと鷹を括ってた。男爵風情が極東の達人を用心棒になど誰が考えようか?

 しかし現実は違った。恐らく夜会の主催者、ジャイアル伯爵の雇ったものだろう。しかし今それに気付いたところでキャトリーヌの状況が変わる事はない。


(どうするにゃ? 攻撃されてもダメージは無かったし、スキルも消されてない。無視して覗くにゃ?)


 一瞬、彼女の脳裏に強引な作戦が浮かぶも、あのサムライが騒いで取引を中止されたら元も子もない。

 手も足も出ず、八方塞がりとなった彼女の思考は焦りで空回りし、ジリジリと時間のみが過ぎていくのだった……

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