第56話 瑠奈、悩める巫女さん
沈んだ表情のまま部屋を出た瑠奈を追って、俺はギルドの建物中を探し回る。
最上階のタリシアの執務室を出て、あちこち探し回ってやっと一階の中庭のベンチに座る瑠奈を見つけた。足早いなオイ。
「見つけた、どうしたんだ突然部屋から飛び出して」
「あは、もう見つかってもうたか、まあ同じ建物の中や見つかって当然やな」
俯き加減で何処か思い詰めた様な……なんだか普段と様子が違う瑠奈を目の前に少し戸惑うが、取り敢えず何が原因かを聞くところから始めるか。
「ああ、いきなり出ていくから少しびっくりした。それよりそんな所に座ってると折角のドレスを汚してしまうぞ」
「それ言うたら、ヨシダはんかて汗だくや、白衣の貴公子がヨレヨレやで」
誰のせいだよ全く。まあ、俺のなりをみて笑うぐらいの余裕はある様で何よりだ、しかしタキシードはどうしよう本番は明後日だぞ、クリーンの魔法とか有るのか? そんなしょうもないことを思いつつ、どう切り出そうかと思案する。
「あー、それでだ、少し考えさせてくれと言うのは一体どう言うことだ? もちろんさっき言った通り、ダメならダメでも構わない、コレは俺の都合だからな」
「せやな……ヨシダはんはウチらに黙って進めよ思たら進められよってん、せやけど女神との話を包み隠さずウチらに話してくれた……それにはウチらも誠実であらなあかんな」
瑠奈はそう話すと、自分の生い立ちや故郷での事を、ポツリポツリと話し始める。
「前に言うたかも知れへんのやけど、ウチの家は代々巫女の家系でな、神様から神託を賜り政を行ったり、祝詞や禍詞を奏上して神様の神秘の力を具現化するんや」
そうだ、そうだった瑠奈は巫女さんで、神様の力を借りて神秘の力を使う、魔法使いとは別系統のジョブだったんだ。
そりゃ神様の与えたもうた運命を否定するのは、最も神に近しい職業の瑠奈からすれば不敬も不敬、禁忌と言ってもいいくらいか。
「そうだな、巫女さんと言えば神に使え神託を賜る立場だ、理の外に出るという事は、神託に⸻神の決めた運命に異を唱えると言うことか……」
「せや、神の行いに異を唱えるんは、ウチだけの問題やない、ウチの一族や、その神託で政を行う国をも否定する事になるんや」
そうか、元の世界の日本でも古代そういう慣わしがあり、神託で持って政を成していたはずだ。確か卑弥呼が"鬼道を持って衆人を惑わす"と言われたシャーマンの様な立場だったはずだ。
そこまで考えて素朴な疑問が浮かぶ。何故瑠奈は冒険者なんかをしているのか? 代々巫女の家系なら遠く離れたこの国でなにゆえ冒険者として暮らしているのか……巫女としてのアイデンティティを持ったままで。
「そうか……で、その、なんだ。その巫女で有る瑠奈がその……」
「なんで、こんなとこで冒険者なんかしてるんか、やろ?」
「うっ、まあ、そういう事だ。何か話せない事情があるなら聞かないけど?」
「これはフレア達にも話して無い事や。事情と言うか……ウチの沽券に関わる事やからな。まあ、ヨシダはんならええか、ただフレア達には、出来れば内緒にして欲しいかな」
「わかった、俺と瑠奈の二人だけの秘密だ」
スタンピード戦の時の夜番を思い出しそう返すと、瑠奈は顔を真っ赤にして目を泳がせ、しどろもどろに「おおきに」と一言答えた。
「ま、まあ、それやったらええは。ウチがなんで由緒ある巫女の家系を飛び出して冒険者家業をしてるかやな」
瑠奈はまだ少し赤いままの顔でそう話し始めた。
「ウチには3つ歳が離れた妹がおってん、その子は朔良言うてウチと同じく巫女の修行をしててん」
「もしかして、妹さんと上手くいってないとか? 母違いの義妹で、瑠奈の母が亡くなって、継母と義妹にいびられてたとか?」
「どっからそんな設定浮かぶん? 母も生きてるし、同じ母で姉妹仲も良好や、後なんで涙目やの?」
う、つい想像にもらい泣きしそうになってしまった。
「いや、俺の世界に有る書物では割と良くある話だから、気にせず続けてくれ」
「なんや調子狂うな。ま、ええわ、その朔良には巫女として、とんでもない能力が有ったんよ」
「とんでもない能力……凄い魔法みたいなのが使えるのか?」
俺は瑠奈の行使する祝詞や禍詞を思い出しながら、そう問うのだが。
「そうや無い、巫女としての一番の資質は神託を賜る力や」
「神託の力? それは神様から伝えられるのであって、個人の能力が関係するのか?」
神託を賜るのに、何故個人の能力差が有るのか。神様の言葉を受け取るだけじゃ無いのかと、そう問い返すと。
「それが有るんや、なんて言うたらええんやろ……言葉の細かさ言うんかな、ぼんやりしたイメージだったり、詩文の様な断片的な物だったり、朔良の様に明確な言葉として受け取れるレベルやったりと色々や」
マジか、だったら女神様と会話する俺はどうなるんだろ、女装して巫女にスカウトされるレベル? まあ未婚の処女じゃ無いので……いや待てよ、40歳童貞だった俺ならワンチャンあるか?
そんなアホな想像してる間にも瑠奈の話は続く。
「それでウチの朔良は可愛いし、天才やけど、ウチがお姉ちゃんやから家を継がなあかんかなって思っててんけど、ある日行われた親族会議で、どうやら朔良を次代にっちゅう話になってもうてん」
「成程、それで頭に来て家出したとか?」
「なんでやねん、巫女は未婚で処女が絶対や、可愛い朔良が家を継げば巫女の間は、どこの馬の骨とも知らん男に渡さんでもええんやから、万々歳や」
「へ? じゃあなんで? 出ていく理由無いんじゃ?」
良くある後目を巡って姉妹の確執かと思ったけど、とんだシスコンお姉ちゃんだった訳か。それなら何故?
「ウチもそう思ってた時があったんや、せやけどな、ウチには分家筋に嫁げ言う話しが持ち上がったんや。巫女としてあかんのやったら一族の血を増やせとかなんとか言うてな」
「それで、相手はどんな奴なんだ」
「……従兄弟の30過ぎたオッサンや」
アウトー!、アウトアウト、アウトッ〜〜〜! お巡りさんこの人です! ハアハアハア、それは事案だろ。なんて羨ましい、じゃ無いけしからん。俺なんか死んでもそんな話なかったぞ。
「成程、それで逃げ出したと」
「せや」
成程、それはフレア達に言う必要もないし、カッコ悪いわな。黙ってて正解だ。
「まあ、瑠奈が中年オヤジのとこに嫁がなくて良かったよ。全く限度が有るだろ限度が」
「ヨシダはんなら、そう言うてくれる思っててん」
「当たり前だ、そんな奴に瑠奈はやらん! 全くどうかしてるぜ」
娘は愚か、結婚すらしてないが、娘を持つ親の心境がわかった気がした。そんな奴はお父さん、絶対許しませんからね。
「ヨシダはん、そこまでウチの事……」
ポツリと溢れた瑠奈の言葉は聞き取れなかったが、彼女が冒険者になった理由は分かった。後は巫女としての矜持とスキルリンカーの折り合いが付くかどうかだが。
「まあ、それが定められた運命ならば、瑠奈が逃げ出したのも、冒険者になったのも、俺と出会ったのも必然だった訳かな」
そう彼女に話すと、大きく目を見開き息を飲み、固まってしまう。俺なんかへんな事言っちゃいました?
「……その考えは無かったわ」
「うん? どう言う事だ」
瑠奈の言葉に訳もわからず、俺は問い返す。
「ウチら巫女は神様の神託を賜る存在や、運命とは神託の事やと思ってた。しかしウチがこの国に逃げてきたのはウチ自身が選択したもんや」
「ああ、そうだな」
「せやけどな、さっきのヨシダはんの言葉と、女神さまの話からするとや、それすらも定められた運命やったんや」
「それは、つまりどう言うことだ?」
「つまり、ウチら巫女は神託を賜りその定めに従い生きて来たと思ってた。その一方で、自分の人生は自らが選択してると、矛盾した考えを持ってたんや、言い換えれば理の内と外を都合のええように使い分けてたっちゅうことや」
彼女は神の定めた運命に従うのが巫女のアイデンティティだと思っていたが、自分の人生を選択すると言う行為が、そのアイデンティティを否定するものだと話す。
「成程な、結局都合よく切り分けてた行為すら、決められた筋書き通りだったと言うことか」
「せやな、もうアホらしなって来るは、ウチら巫女は一体なんやったんかと」
「そうだな、結局人生の選択すらも、運命の輪に刻まれた筋書きの一節でしかなかった訳か」
「ほんまやで、巫女で有るウチの矜持に関わる問題やと思ってたのに、それすらも運命と言う掌の上だったんや。もうウチの腹も決まった、ヨシダはんに何処までもついで行くで」
「それは心強いな、これからも宜しく頼むよ」
「こちらこそや」
憑き物の落ちた様な瑠奈の笑顔が眩しい、だがそのパラドックスに気が付いたのは、俺と言うイレギュラーな存在が、彼女達の運命を少しづつ改変していたからでは無いかと思うと、少し複雑な気分になるのだった……




