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第52話 おっさん、エマ式マナーブートキャンプに挑戦する

「まずは歩き方からでございます。足を揃えて、膝を伸ばして、背筋は真っ直ぐに。腰は前に出すのではなく、重心を踵に。腕は振らず、脇を締めて……ダーリン様、左足と右手が同時に出ております」


「軍隊じゃねぇんだから……!」


 鏡の前で無理矢理“優雅な歩き方”を練習させられ、ヨシダは何度も足をつまずかせながら転倒し、怒られていた。姿勢の矯正器具なる謎の器具まで装着され、歩くたびに「ピッ」という謎の音が鳴る。羞恥心で死にそうだ。


「貴族の立ち居振る舞いとは、つまり、見られていることを前提とした舞台演技です」


 エマ教官は冷静にそう語ると、手にしていた指示棒で「ピシッ」と床を叩いた。


「食事中の姿勢は背もたれから拳一つ分離して、肘をテーブルにつけてはいけません。カトラリーの使い方は外側から順に、ナイフは切るたびに都度ナプキンで拭く。左手は常に軽く丸めて添えるように。……ダーリン様?」


「……はい、質問いいですか。これはいつ使う知識なんですか?」


「十日後の夜会でございます」


「知ってたァーーーー!」


 ヨシダの絶叫が訓練室に木霊した。


 その頃、隣の部屋では女子チームもまた地獄の特訓に挑んでいた。


「キャトリーヌ様、スカートの裾はこのように持ち上げて階段を上ります。背筋を丸めてはなりません。耳がピンと立っておりますよ」


「無理にゃ! にゃーの猫背は種族特性にゃ。おまけに高いヒールで階段とか、罠じゃにゃいか! だれか助け……ふにゃぁっ!」


 キャトリーヌはふらつきながら階段から転げ落ち、見事にエマの補佐役メイドにキャッチされた。


 そして……フレアは意外な才能を開花させていた。


「こうですか? 扇子の開き方、なるほど、これは“軽く煽って情報を漏らす”意図が込められているわけですね」


「本物の御令嬢の様で御座います、フレア様」


「にしても……あたし、こういうのって意外と好きかも。ドレス、重いけど綺麗だし」


 彼女は特訓にもすぐに馴染み、むしろ元から身分の高い令嬢だったのではと思わせる優雅さを身につけつつあった。

 一方の瑠奈は言うと、講師と東西マナーバトルを繰り広げていた。


「瑠奈様、カップを両手で包む様に持って、クルクル回すのはおやめ下さい。食器を手に取る事自体がマナー違反で御座います」


「これはウチの国での正式な作法や。ついこの間まで料理を手掴みで食べてた、あんたらお猿さんに言われたない」


 等と講師とバチバチに火花を散らし、鬼灯は、鬼灯で…………何やってんだよ。


「ふっ、またつまらぬ物を斬ってしまった」


「ぎゃー、鬼灯様バスターソードをテーブルに上げないで下さいまし」


「む?、ナイフは持参すると聞き及んでいたが」


「一体いつの時代のお話ですか! そもそもバスターソードはナイフでは御座いません」


 こうして極めて厳しく、そして精神的に磨耗する「マナー特訓」の日々は流れていく。


「俺達の戦いはこれからだ! 完」


 そんな願いも虚しく戦いの日々は続き、さしもの余燼の光の騎士団エンバーライト・オーダーの面々も、燃え尽きて真っ白な灰になっていたある夜……


 全員がクタクタになって寄宿舎のソファに沈み込む中、タリシアがニヤニヤしながら様子を見にやってきた。


「ふむ。案外、貴族っぽくなってきたではないか。どうじゃ、ダーリン。貴族生活も悪くないじゃろ?」


「悪夢です」


 即答だった。


「じゃが、これで夜会でも粗相はせぬじゃろう。あとは“言葉遣い”だけじゃな……」


「仰せの通りでございます」


「ふふふ、出来ておるではないか、さすがはワシのダーリン様じゃ」


「し、死ぬ……」


「死ぬな。まだ潜入も始まっておらんぞ」


 笑顔で追い打ちをかけるタリシアに、俺は天井を仰ぐ。


「そうだった、これが任務かと錯覚してたわ」


 この異世界に転生してから、多くの試練と修羅場を乗り越えてきた。しかし今、その中でもっとも“精神的ダメージがでかい”のが、この『貴族マナー特訓』だったと断言できる。


 だが――


「全部アイツのせいだ……絶対に尻尾掴んでやる。ヴァルムートの実家の黒い交際も、裏金も、変な性癖も全部だ」


 ヨシダはゆっくりと立ち上がり、エマに向かって優雅に会釈した。


「エマ教官。次は“夜会での社交辞令”について、ご教授願いたい」


 その姿に、仲間たちは驚いた。


「おお、ヨシダが……ヨシダが貴族みたいに見える……!」


「ほんとに貴族の“従兄弟”で通りそうにゃ……」


 タリシアはくすりと笑った。


「ふう、これならなんとか間に合うかの」



********



 俺達が王都に来て早一週間、日々エマ教官のしごきに耐え抜き、いよいよ任務も明後日に迫った今日、新しく仕立てた衣装が届いたと、報せがあった。


 ギルドの一室、照明の魔道ランタンに照らされる空間に、5体の訓練用木偶が並んでいた。そのどれもが、胴体から肩にかけて淡い生成りの布が丁寧に巻かれている。


 その上に、今朝届いたばかりだと言う、真新しい衣装が着せられていた。

 五体の真ん中には雪のように白いタキシード、それを取り囲む様に四着の煌びやかなドレスが、完璧な状態で飾られていた。


「おお……。マジでこれ、俺が着るのか……?」


 ヨシダが思わず息を呑む。


 肩のラインはピシッと決まり、袖には金糸の刺繍。けっして派手では無い。だが、その匂い立つ気品は、まるで着る者に覚悟を求める様だ。


 魔法で皺防止処理が施されているのか、その折り目は鋭利な日本刀の様な陰影を描き出し、その佇まいは社交界と言う戦場に挑む為のさながら、武装で有る。


 シューティングスキルが全く通用しない新しい戦場。その為にタリシアが揃えてくれた正装(そうび)と、エマ教官の地獄のマナーブートキャンプで得た風儀(かくご)をもって、俺達は社交界(せんじょう)へ赴く。


 俺が脳内でシリアスに決めてた一方、女性陣は美しく仕立てられた宝石の様なドレスに釘付けでキャッキャウフフの様相でした。もうね、そこだけピンクのオーラが出てたから。


 木偶に着せられた4着のドレス。

 艶かしい光沢がある幾分タイトな黒のドレス、これはフレアのものだろう。燃える様な赤い髪とのコントラストが映えそうだ。


 打って変わって、パステルピンクのフリフリ感溢れる可愛らしいデザインは瑠奈のものらしい。ウチこなないな服よう着んわ、と言ってるが、顔はそう言って無いみたいだ。


 続いて同じデザインテイストで少しシンプルなパステルイエローのドレスは、キャトリーヌの物だ。あれだけごねてたのに、いざ実物を見ると満更でも無い様で、顔が蕩けている。


 そして、圧巻なのが鬼灯のドレスだ。まずデカい、身長2mを超える大柄なオーガ族だから仕方がないが、兎に角デカい。フレアと同じ黒だが、マットな質感でシックな装いだ。鬼灯の赤みがかった肌色にシックな装いが如何映えるか楽しみだ。


「……これ、私が着るのか?」


 鬼灯が眉をひそめて呟く。


「うん、そのサイズは鬼灯だね」


「ウチなんかフリフリピンクやで?」


「でも嬉しそうにゃ、瑠奈はツンドラにゃ」


 キャトリーヌさん、ツンデレですからツンドラとか⸻極寒の視線って意味なら……合ってるじゃん、天才か?


 それはさておき、衣装も出来たしマナーも覚えた、後は本番までゆっくりと休むかな。


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