第51話 おっさん、美少女のドレスアップとマナーレッスン
「潜入調査、ねぇ……」
タリシアから言い渡された最初のクエストに、俺は思わず口元を歪めた。脳裏に浮かぶのは、前世で嗜んだスパイ映画やステルスゲームの数々。面倒なことになる予感しかしない。
「クエストの件は承知致しました。それで、潜入調査の具体的な場所や内容はどういったものでしょうか?」
リーダーであるフレアが、先程とは打って変わって冷静さな面持ちでタリシアに問う。その横顔は、既にSランクパーティのリーダーとしての風格が漂っていた。
「大した依頼では無いからの、そう畏まらなくても良い。今日から10日後に第二階層⸻貴族街にある、ヴォーダ・フォン・スネア男爵の屋敷で夜会が催される。おぬしらには、その夜会に参加する御仁の護衛という名目で潜入し、とある情報を探って貰う」
タリシアは楽しそうに目を細め、一枚の羊皮紙をテーブルに滑らせた。そこには、優雅な筆記体で夜会の招待状が記されている。
「ヴォーダ・フォン・スネア男爵……まさかヴァルムートの実家か?」
スタンピードの時に俺たちに絡んできた、嫌味な貴族の実家にこんな所で巡り合うとはな。
フレア達もソルバルドのギルドでの貴族マウントと、数々のセクハラ発言に、散々フラストレーションが溜まってたのが、降って湧いたザマァのチャンスに、俄然やる気が出てきた様だ。
タリシアの言葉にフレアがニヤリと笑う。
「なんじゃ、おぬしら知っておるのか? 最も、其奴は貴族としては最下級の端くれじゃ、メインは呼ばれておるゲストじゃろうな。今回はそこら辺も含めて調査せよ」
タリシアがそう話すとフレアがすかさず返す。
「ええ、スタンピードの際にAランクの私達に、Cランクで在られるヴァルムート様が直々に、“冒険者の身の程”を説いて下さいました。あの方の実家で調査? やりましょう! ええ、徹底的にやりましょうとも!」
こえぇ……フレアさん、笑顔なのに黒いオーラが出てる。流石のタリシアもフレアの豹変ぶりに若干引きながら、言葉を続ける。
「あ、ああ、というわけじゃ、十日後までに衣装と夜会の所作を習得してもらわねばならぬな」
タリシアがパチンと指を鳴らすと、奥の扉から数人の侍女が現れた。誰もが一目で高級と分かるお仕着せのメイド服に身を包み、完璧な礼儀作法で一礼をしてくる。
「この者たちが、おぬしらのマナーと立ち振る舞いを叩き込む専属教官じゃ。安心せい、貴族の子女のガヴァネスも務めるプロじゃからの。エマ、厳しく躾けてやるのじゃぞ」
「承知いたしました。タリシア様」
エマと呼ばれた、栗毛をアップに纏め眼鏡を掛けた知的な⸻侍女頭と思しき女性が静かに答え、眼鏡をクイっと掛け直すと、レンズがキラリと光った。
如何でも良いけど、なんでそこに控えてたの君達。隠しキャラじゃあるまいし、用意周到すぎるでしょ。もしかして隠しキャラ出たら1UPとか……ないか。
「まさか全員でドレスとか着る流れやろか?」
俺が下らないツッコミを内心で入れている最中も話は進み、フルテン爆上げで瑠奈が衣装について質問している。
「もちろんじゃ。何ならダーリンもドレスにしてみるかの?」
「「「「おおー! ナイスアイデアッ!」」」」
「いや、なんで君たち色めき立ってんだよ!」
全く、女装の美丈夫とか誰得だよ。女装も出来るスパダリとか何処需要だよ。ところでスパダリって、スーパー・ダーウィン・リローデッドの略だよね?
「ぜっっっっっっったい、嫌だから。女装するなら元いた世界に帰るから」
(帰り方知らんけど)
「冗談じゃよ、冗談。夜会じゃからな、ダーリンには素敵なタキシードを用意しておこうかの」
ふう、何とか女装は免れたと安心も束の間。タリシアが侍女軍団に命令する。
「と言う事で衣装代はワシが出す。仕立ては時間が掛かるで特急依頼じゃ、金に糸目は付けん腕利のサルトとクチュリエールを抑えよ! 先ずは採寸じゃ、奴っ娘ども、掛かれー」
再度タリシアが指をパチンと鳴らすと、エマさん達が何処からとも無く、ジャキン! とメジャーと筆記用具を構えると、採寸の為に突撃してくる。
しかし、その言葉にフレアや瑠奈、鬼灯は嬉々として頷く一方、キャトリーヌがひとり両手をブンブン振っていた。
「むーりー! 絶対無理にゃ! ドレスとか、歩くときスカート踏んづけるし、ヒールとかバランス取れんにゃ! そもそも、にゃーは四足歩行にゃ、ドレスにゃんか要らんにゃー」
床にへばり付くと、背中を弓形に怒らせ全身の毛を逆立てながらフシャーッと威嚇する様は、まるで餌を取られそうな猫の様だった。と言うか元から猫だった。
「キャトリーヌ、猫耳をちょっと倒して、背筋を伸ばせば貴族の小間使いにも見えると思うぞ?」
「失礼なこと言うにゃっ!!」
怒り狂う彼女を煽てて宥めようとしたのだが、全くもって逆効果だったみたいで、弾幕地獄に反射レーザー撃たれた様なカオスっぷりだ。
一方俺はと言えば、試着室から差し出された燕尾服とシルクシャツを見て絶句していた。
「これ、……まさか、俺も“貴族の付き人”枠とかじゃないですよね? 何ならパーティの御者とかでいいんですけど」
「何を言うか。ダーリンには“とある貴族の従兄弟”と言う設定で潜り込んでもらう」
「えぇぇっ……?」
膝を突いて愕然とする。
なんだその設定……貴族の付き人どころか、貴族そのものとして参加じゃ無いか。
そして地獄の『貴族様マナー特訓』が始まった。




