第47話 おっさん、グランドマスターとの邂逅
「ワシが王都バキュラスの冒険者ギルド、ギルドマスターにして、全ての冒険者ギルドを束ねるグランドマスター、タリシア・セントリーじゃ」
俺達は職員に通された執務室に入ると、目の前にはグラマラスなスタイルと褐色の肌、そして長い耳を持つ妙齢の美女、グランドマスター、タリシア・セントリーの自己紹介の洗礼をいきなり受ける。
(ギルマスの自己紹介には規定でも有るのかよ!)
俺がどこかのゴリラを思い浮かべながら、内心でツッコミを入れていると、フレアがリーダーらしく一歩前に出て挨拶をしている。
「お初にお目に掛かります。私はソルバルドの……」
「あー良い、お主らがハルクが目を掛けておると言うた、余燼の光の騎士団の四人娘じゃな、ハルクから親書を預かっておるらしいの。じゃが、そっちの若いのは聴いとらんのじゃが、荷物持ちか何かじゃろうか?」
「……はい、あ、いえ、現在私たち余燼の光の騎士団は其処のヨシダを入れて5人で活動しております」
ただでさえ全冒険者ギルドを束ねるグランドマスターの前で緊張の極致なのに、自己紹介に割り込み入れられたフレアは完全にテンパってる。
「ふーむ、成程のう。お主ら四人はよう鍛えられておる様じゃし?Aランク以上の実力は充分有りそうじゃが、そっちの若いのは……冒険者見習いにしか見えんのじゃが?」
俺達5人を順番に値踏みする様に見回すと、グラマスは言うに事書いて俺を見習い呼ばわりする。立派なメンバーだっつの。
「いえ、タリシア様、私どもは其処のヨシダも含め、今回報告に上がったクエストでの功績により、5人パーティ時限定では有りますが、Sランクを拝命しております」
フレアの訂正の言葉にグラマスの形の良い眉がピクリと動く。
「ほう、ワシの所には報告がきとらんのじゃが? 限定とは言えSランクの認定には、ワシの承諾も必要なんじゃがのう」
そう言いながら眉間に皺を寄せ、鋭い視線でフレアを睨みつける。
「……はい、恐らくはその件も含んでの報告となります。こちらは、ヨシダの件にも触れたギルマスからの親書です」
グラマスの眼力に押されながら、それでも毅然とした態度でギルマスからの親書を手渡す我らがリーダー、頑張れ!
「次に、今回のスタンピードの黒幕の調査の依頼書、最後がSランクパーティの認定書となります」
そう言いながら、今回の件で持たされた全ての書類を、グラマスに提出する。
「そうか。では書類を改めさせて貰う間、そこらに座って楽にしおれ」
言うだけ言ったタリシアは既に書類に目を通しており、此方など一瞥もない。Sランクに認定され浮かれていた俺達だが、王都のグランドマスターともなれば、ぽっと出のSランク冒険者(グラマス非公認)など眼中に無いと言わんばかりのぞんざいな扱いで、皆んな俯き加減だ。
それから暫くの間は、グラマスの「ふむ」とか「成る程のう」と言ったら短い独り言を聞きながら、じっと時間が過ぎるのを待つ。
「おぬしら待たせたのう。今回の事件の顛末、大体は理解した。スタンピードの首謀者がハルクに復讐心を燃やす輩で、15年ほど前じゃったかの? あの『竜災の夜』のドラゴンやも知れぬという事じゃな」
「あ、あの、タリシア様はあの夜の事をご存知なのですか?」
フレアが少し青い顔をしてグラマスに尋ねる。
「知っておるも何も、ハルク率いる『鉄塊の旅団』に指名依頼を出したのが、他でも無いワシじゃ」
「な……」
絶句するフレア、こんな偶然が有るのか? 意外な繋がりに言葉を発することも出来ずに、ただ茫然としている。
「あ、あのタリシア様、ウチらはその事と、今回の事件の関係を調査する様にギルドから依頼されてるんやけど、詳しい事をお話し願えますやろか?」
まるでポーズボタンを押したかの様に固まってしまったフレアの代わりに、瑠奈が代弁する。
「そうじゃのう……あの日ワシが依頼したのは、冒険者崩れどもが集まった族の討伐依頼じゃった。任務自体はハルクらにとってなんて事は無いものじゃ。」
過去の記憶を掘り起こす様にゆっくりと語り始めるタリシア。ハルクのおっさんは、こうなる事を知ってて言わなかったのか?
「じゃが、『鉄塊の旅団』の帰還の知らせを受け出迎えた時は、30余名おった団員は10人足らずじゃった。残りは全て馬車の荷台に物言わず居ったよ……リーダーのハルクも片目をやられ血だらけの包帯を頭に巻いておったか」
新たな当事者によって語られる、あの夜の出来事。俺たちは何一つ言えず、タリシアの言葉を聞くだけだった。
「その信じられない光景を目の当たりにして、ワシも取り乱したものじゃ、あの『鉄塊のハルク』が率いる『鉄塊の旅団』が見るも無惨な姿に変わり果て、やっとの体で帰還したのじゃ」
この人もまた、あの夜を忘れられない1人だろう。先ほどの高圧的な態度は影を潜め、その言葉には深い悔恨と無力さ、そして苛立ちの様なものが滲んでいた。
「幸にして、ハルクは事件の報告は出来る状態じゃったからの、そこでの報告はお主らも奴の口から聞いておろう? 調査の結果判ったのが、私利私欲に走った馬鹿な冒険者が犯した、不幸な出来事じゃった」
タリシアはそう言葉を締めくくる。だが、その言葉を聞いたフレアの様子が少しおかしい。ブルブルと小刻みに震え、拳は握りしめられ白く色が抜けるほどだ。
「ふ……不幸な出来事だと?……ふざけるな! アタシの家族や、ハルクのおっさんの仲間が死んだのが、ただの偶然で不幸だったと言うのか? アンタは?」
息を荒げ、拳を振り上げて、今にも食ってかかりそうなフレアを鬼灯とキャトリーヌが2人掛で押さえつける。
「そうじゃ、それともお主は馬鹿な冒険者が⸻言い換えれば、我々人間の欲に塗れた行動が引き起こした、自業自得じゃと、人類を皆殺しにすれば良いとでも言うのか?」
「そ、それは……だけど、アタシ達がやられたのは、あの竜だ人は関係無いだろう?」
諭す様に話すタリシアに、フレアは押さえつけられてもなお、食って掛かろうとする。
怒りに我を忘れたフレアの視野は狭窄し、個人の価値観でしか見えなくなってる。
対してタリシアはもっと太極的な視点⸻フレアとは真逆の、長命種やグランドマスターと言った立場からの話に聞こえた。
「お主の言いたい事も分からんでも無い。実際に我らエルフの秘薬『竜眠香』が使用されたと判明したときは、ワシがグランドマスターの地位を利用して、冒険者に指示したと冤罪を掛けられたからの」
タリシアのその告白を聞いたときに、俺の脳裏には出発前のギルマスの言葉が思い出された。
「まあそれもだが、王都はここと違って、王族や貴族が跋扈する伏魔殿だ。特に、その“規格外”を欲する連中ほど、危険だ。隙を見せると……喰われるぞ!」
ただの老婆心からの忠告と思っていたが、盟友が喰われそうになった実体験から出た言葉だったと言う訳か。
権謀術数渦巻く政治の中枢で引き起こされる人間模様、様々な欲望に取り憑かれた魑魅魍魎が跋扈する伏魔殿とは、言い得て妙だな。
「タリシア様、フレアはその被害者の1人で、恐らくウチのギルマスが保護した者達の中の1人だったんですよ。幼い頃のトラウマと相まって割り切れ無いのは、分かってやって下さい」
実際フレアはそれさえ無ければ、かなり優秀なリーダーと言える。此処で下手に評価を下げさせる訳には行かないので、フォローしとかないとな。
「……ふむ、満更使えんわけでも無いようじゃな、分かったこの話は此処までにしておこう」
俺の言葉に納得したのか、タリシアは矛を収めてくれた様で、ほっと一安心だ。
「次は、おぬしの番じゃな、若造。ハルクの親書にも色々と面白そうな事が書いてあるしの」
そう言いながら、俺の方に妖艶な笑みを向けるタリシア・セントリー。まさかフレアの次は俺に矛先が向けられるとは、収めたんじゃ無いんですか?
そう思いながら宙を仰ぐ俺に逃げ場は無かったのだ。




