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第45話 鬼灯、エンバーライトオーダー

 結局豪華スイートルームの滞在期間延長も、不気味な監視が有るのでは?と言う疑心暗鬼から、心から楽しむとまでは行かず、私たちはグラブザカードの街を後にした。


 結局犯人は分からずじまいで、そのお陰で不意の襲撃を警戒しながらの旅を強いられ、現在四人の仲間達は夜番の疲れが出たのか、馬車に揺られながら皆んな寝てしまった。


 私は昼間に御者として旅を進める役があり、夜番は免除されているが、仲間たちの賑やかな話し声も聴こえず、一人御者台に座るのはいささか退屈では有る。


「それにしても、ヨシダが入ってからと言う物、目まぐるしく事件が起こる……」


 私達の新しい仲間、そして異世界からの転生者らしいトラブルメーカーの彼を見ていると、フレアと出会ったあの頃を懐かしく思い出される……


………………


…………


……


 私の生まれは東の果てにある島国、鬼人ヶ島(オーガじま)と呼ばれる所で生まれた。同じく極東の島国、八紡ノ国(ヤツムギノクニ)の連中は死国と呼ぶ修羅の国だ。


 私は修羅の国、オーガ族の中でも特に変わり者らしく、幼い頃から動物などの世話をするのが好きだった。だが里の同年代の子供達には戦闘の訓練を兼ねた狩の獲物であり、食料としか見ていなかったようで、私はそんな里の者達と馴染めず、いつも一人浮いていた。


 里にも皆にも馴染めず、一人でいることの多かった私も、十二の年にはここの掟で、戦士の証を立てなければならなかった。だけど、オーガの中では小柄で気も小さい私は、他の子供達が次々と戦士の証を立てる中、失敗してしまう。


 それを見ていた父は吐き捨てるように言う。


「やはり氷女(こおりめ)の血が入った混ざり物は駄目か、黒焔牙(こくえんが)、お前はわしを失望させるなよ?」


「ああ? 親父、誰に言ってんだよ、俺が鬼灯に負ける? 冗談にしてもタチが悪いぜ。あんな凶戦士化(バーサーク)も持ってない、出来損ないの奴に万が一にも負けるかよ」


 純潔のオーガで母違いの同い年の弟にも、忌み嫌われ馬鹿にされる始末だ。

 私が物心ついた頃には母は既に居なく、父には疎まれ弟には蔑まれ、この里に居場所など無かった。噂によれば、北の氷海ノ国から連れてこられた何人かの氷女(こおりめ)の一人が母だと言う。


 母の血筋か体も小さく気弱な私は、この里には馴染めずいつも一人で過ごしていた。そんな私が戦士として証を立てられるわけもなく、儀式に失敗したあの日から、私の扱いは更に酷くなっていく。

 食事は残飯同然のものを投げ与えられ、寝床は家の隅の冷たい石の床へと追いやられた。父や弟の、まるで汚物を見るかのような視線が、私の心をじわじわと凍らせていく。


 そんなある日、私は里の外れの森で、罠にかかり深手を負った月光兎(げっこううさぎ)を見つけた。銀色に輝く毛を持つ美しい兎で、里の連中にとっては上等な毛皮と食料にしか見えないだろう。


 だが、苦しげに喘ぐ小さな命を前に、私は見過ごすことなど出来なかった。周囲を警戒しながら、こっそりと兎を抱きかかえ、森の奥深く、私しか知らない小さな洞窟へと運んだ。なけなしの薬草を傷口に貼り付け、毎日食料を盗んでは運び、必死に介抱を続けた。


「大丈夫、大丈夫だから…」


 そう語りかける私の手に、ふわりと冷たい霧のようなものが纏わりつく。その日を境に、月光兎の傷は驚くべき速さで癒えていった。これが母から受け継いだ『氷女』の力の一端なのだろうか。しかし、オーガの社会で癒しの力など、何の役にも立たないどころか、忌むべきものとして扱われるだけだ。


 平穏な時間は、長くは続かなかった。完全に回復した月光兎を森へ帰そうとしていた日、背後から嘲りの声が投げかけられた。


「ケッ、やっぱりな。こそこそと何をやってるかと思えば、兎相手におままごとかよ、鬼灯」


 黒焔牙だった。彼は獲物を狩るように、獰猛な笑みを浮かべてそこに立っていた。


「やめろ、黒焔牙。この兎は…私の…」


「あぁ? てめぇの? 里の獲物は強者のもんだ。お前のような出来損ないに持つ資格はねぇ!」


 黒焔牙が月光兎に手を伸ばす。その瞬間、私の内側で何かが弾けた。


「―――それに、触るなッ!」


 気づけば、私は叫んでいた。守りたい、ただその一心で突き出した私の手から、凄まじい冷気が迸る。黒焔牙の腕が、足が、瞬く間に薄い氷に覆われて動きを封じられる。


「なっ…!て、てめぇ…これは…!」


 初めて弟に見せた反抗。そして、制御できない異質な力。驚愕する黒焔牙の顔と、自分の手から放たれた力に、私自身が恐怖した。力を制御できず、周囲の木々までが白く凍り付いていく。

 騒ぎを聞きつけた父や里の者たちが駆けつけた時、そこには異様な光景が広がっていた。凍り付いて動けない黒焔牙と、その中心で呆然と立ち尽くす私。


「…やはり呪われた血か。鬼灯、貴様は一族の恥だ」


 父の凍てつくような声が、私に死刑宣告のように響いた。里の者たちの目に宿るのは、侮蔑と、そして明らかな敵意と恐怖。もう、ここに私の居場所は無い。それどころか、このままでは殺される。


 その夜、私は決意した。皆が寝静まった深夜、闇に紛れて生まれ故郷を捨てた。


 どこへ行く当てもない。けれど、ここにいては息もできない。あの冷たい視線と声しかない場所にいるよりは、遥かにましだ。

 荒々しい波が打ち付ける鬼人ヶ島の港から、大陸へ向かう船の荷物に紛れ込み、私は初めて外の世界へと踏み出したのだった。


 大陸に渡った私は、手っ取り早く日々の糧を得る為に冒険者となった。オーガの力を買われて、アタッカーとして幾つかの冒険者パーティに入ったが、持ち前の気の弱さが災して、幾つものクエストを失敗させてしまった。

 そんな私にいつしか付いた二つ名が、オーガの癖に攻撃も出来ない"見掛け倒しの弱虫オーガ"だ。

 その二つ名はギルドの連中の間で瞬く間に広がり、冒険者としての居場所も無くなりそうな、そんな時に出会ったのが、フレアだった。


「ねえ貴女、私とパーティ組まない? 今新しいパーティを立ち上げる為にメンバーを探してるの」


 彼女の性格を表すような、燃える赤い髪が印象的な少女の初めての台詞だ。


 しかし私はどうせ今度も結果は同じだから、最初から関わらない方がいいとそう思い、彼女に今までに受けたクエストの顛末と、二つ名の事を正直に話した。

 そして断りの言葉を口にしようとした矢先、彼女は言った


「だったらパーティを守る盾なら出来ない? アタッカーはアタシがやるから」


 快活な笑顔で、思ってもみなかった言葉を私に掛けてくれた。


「……私が、パーティを守る……盾?」


「そう、貴女の力はパーティの皆んなを守る、守護の力。敵は私がやっつけるから……どう、アタシと組まない?」


 そんな事を言われたのは初めてだ。私はこのオーガの力を、目の前の敵を倒す事にしか使えないと思っていた。


 だけど目の前の少女は、その力を仲間を守る為に使えと言う。そんな事は考えた事も無かった。自分の力の使い道、それさえ見ようとしていなかった。


「そんな事を言われたのは、生まれて初めてだ。私で良ければ、是非仲間に入れてくれ」


「そう言ってくれると思ってた。アタシはフレア、宜しくね」


 その自信に満ちた眩しい笑顔と共に差し出された手を、私は握った。


「ああ、私は鬼灯、オーガ族の鬼灯だ」


「知ってる、"見掛け倒しの弱虫オーガ"でしょ? でも、今日からは違う」


 そう言って言葉を切ったフレアは真面目な表情になり言葉を続けた。


「貴女は『余燼の光の騎士団エンバーライト・オーダー』の鬼灯、パーティメンバーを全ての厄災から守る最強の盾。そうね……"鉄塊の鬼灯"とかどう? 強そうじゃない?」


「ああ、そうだな、その二つ名に恥じない様に、精進する」


 フレアのやつ、あの時は私も頷いてしまったが、後になって分かったのが、自分の英雄(ギルドマスター)の二つ名を付けたいだけだっとはな……全く。


「それにしても気が付けばSランクか……あの時の言葉、満更嘘では無かったな」


 あの後、瑠奈とキャトリーヌが入った。そして、あの騒がしくも頼もしい、変わった奴が加わった。


「ふふふ、まだまだ旅は続きそうだな」


 御者台に座る私は、そう一人呟くと馬車を引くスレイプニルに鞭を入れるのだった……


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