第38話 おっさん、カジノ無双
「なあ、そのスプリットとやらを、せえへんかったら、あかんのん?」
ギャンブルに疎い瑠奈が俺に質問する。
「いや、このまま追加でカードを引いても良い、だが、せっかく『A』のスプリットだ、使わない手は無い……のだが資金が無くては手が出ない」
余り時間も掛けられないし、やはり無難にヒットしていくしか無いか。そう考えた矢先──横で黙っていたフレアが、静かに口を開く。
「分かった……瑠奈アンタもいいな?」
「当たり前や、ウチかてこのままヨシダはん一人に任せっきりは嫌や」
フレアと瑠奈が目と目で通じ合い、お互い頷く。
「ヨシダ、アンタにばかり頼りっきりは、アタシも情けない、こいつを使ってくれ」
フレアはそう言うと、財布を差し出す。
「ヨシダはん、ウチもフレアと同じ気持ちや、これも使こうてや」
瑠奈も同じく俺に財布を差し出す。フレアが金貨8枚、瑠奈が11枚で合計19枚。気持ちは嬉しいが、残り11枚、俺の手持ちの3枚を出しても残り8枚……序盤でもう少し稼げていれば、ワンチャン有ったかも知れないが、8枚だろうが1枚だろうがダメなものはダメだ。
どうする? 無言の長考はマナー違反だ、もっとも時間が有ってもどうなるものでも無いが……
「すまないがチップの確認をしたい、少し時間を貰っても良いだろうか?」
俺はディーラーにそう声を掛ける。
「はい、ごゆっくりどうぞ」
妖艶な笑みを浮かべそう返事をする女性ディーラー。とは言え、精々が1分かそこら時間が稼げただけで焼石に水だ。フレアも瑠奈も脇腹を抓る余裕も無いのか無言になっている。
「お〜い、ヨシダっち金貨100枚稼げたかにゃ?」
「スロット、駄目だった、ガックリ」
このヤバイ瞬間に呑気な声で現れたのは、キャトリーヌと鬼灯だ。まあ、どうやらビギナーズラックは不発らしく、スロットで金貨を溶かしたみたいだ。
「アンタ達、丁度良いところに現れた、金貨8枚出しな」
「そや、二人とも金貨4枚くらい持ってるやろ? ヨシダが今大一番の勝負で、資金がたらへんのや」
言葉だけ聞けば恐喝か? ピョンピョンジャンプしてみろと言わんばかりの迫力でフレアが二人に迫り、面食らったキャトリーヌと鬼灯に、続く瑠奈が詳細を説明する。
「にゃ? 金貨4枚にゃ? ちょっと待つにゃ」
「金貨4枚、確か残ってる」
二人はそう言いながら、財布を漁る……
「有ったにゃ、にゃーの財布はスッカラカンで鼻血も出無いにゃ」
「うむ、残り銀貨5枚、これも最高の部屋の為だ」
二人が有金叩いて出してくれた、金貨8枚。
「よしっ……これで、勝負できる!」
俺は集まった金貨30枚をテーブルに置き、ディーラーに頼みチップに交換してもらう。ディーラーは金貨と同じゴールドに輝くチップを30枚差し出す。
それを受け取った俺は、2枚の『A』のカードの間に指をかざし、スプリットのジェスチャーをする。
「スプリットだ」
ジェスチャーに続いてコールすると、すぐさまディーラーが2枚のカードを左右に分ける。俺が今手にしたばかりのチップをベットすると、2枚のカードがそれぞれ配札され、2ハンドになる。
「Stand by『A』か……」※1
「ヨシダっち、『A』の横に立つにゃ?」
「いやいや、そういう意味じゃない。つまりだな……スプリットされたAってのは、追加カード一発勝負なんだ」
「うんうん」
「だからたった一枚で勝敗が決まる。まるで判決を待つため立ち尽くす被告人の気分ってわけ」
「なるほどにゃー、ヨシダっち、死刑!ってなる可能性もあるにゃ」
ピストル型にした両手の指で俺を指すキャトリーヌ。どこで覚えてきたんだよ全く。
「いや、しゃれになん無いから死刑は勘弁な」
「わかったにゃー」
キャトリーヌとの能天気なやり取りを他所に、皆んなの期待と、なけなしの財産にパーティ資金を加えた金貨60枚分のチップが、俺の肩に重くのし掛かり、経験した事のないプレッシャーで胃の辺がキリキリと痛み始める。
そんな俺の胃痛などお構いなしに、妖艶な笑みを湛えたディーラーは一つ目の『A』に運命のカードを配札する。
ゴクリ、誰とも分からぬ固唾を飲む音⸻このヒリつく感覚、まるで最終ステージ、ラスボスとの初対面だ。
⸻『3』、配札されたカードは、まさかのローカード。
「嘘……だろ。カウント+12だぞ?」
これ以上ない好機から繰り出されたのは、まさかのローカード。カウントか、流れか、何が狂った? 想定外のカードに、2ハンドで金貨60枚分ベットしたチップが、一瞬で消え去る結末が脳裏をよぎる⸻事実、30枚分は今の一瞬で消えて無くなった。
俺は自分でも、血の気が引いていく音が聞こえたんじ無いかと思うほど、急激に体が冷えて行く。
「ヨシダはん? ちょっとヨシダはん大丈夫かいな、顔真っ青やで?」
「ヨシダ、貧血か?、肉食うか?」
周りで皆んなが何か言ってるが、全く耳に入ってこない。グルグルと最悪の結末が頭の中を駆け巡る。正直言って舐めてた、此処までプレッシャーが有るとは……スタンピード戦で数百のモンスターを前にしてもビクともしなかった俺のアイアンハートが、今、悲鳴を上げてる。
「おい、ヨシダ、ヨシダ、アンタ大丈夫なのか? あーもう、瑠奈祝詞で何とかならないか?」
「わ、分かった、やってみる」
「よ、ヨシダっち、大丈夫にゃ? 元気出すにゃ?」
まだだ、まだチャンスは一回ある……今度こそ、そう思っても頭を巡るのは、皆んなが託してくれた金貨が一瞬にして消える未来⸻幾ら振り払っても、一度浮かんだ最悪のムービーが脳内で再生され続ける。
目を開いても何も見え無い、仲間の声も何も聞こえ無い……その暗闇に俺の魂は色を無くす。
たった一回、バースト※2しただけなのに、心が折れてしまいそうだ、俺はこんなにも弱かったのか?
いや、貰ったスキルで強くなったと思っていた俺なんて、所詮この程度か……どんな逆境も、どんな理不尽もシューティングスキルでクリアして強くなったと勘違いしてただけだった。
スキルが使え無い俺なんて、元いた世界のヒキニートの俺と同じ、存在意義も何も無いただの役立たずだ⸻心折れて勝負を投げそうになったその時。
パァン!
乾いた音が響き、熱く燃える様な頬の感覚。
「ヨシダはん、しっかりしいや」
続いて瑠奈の声が聞こえる。俺の目の前には涙を溜めて、少し怒った表情の瑠奈の顔があった。
「もう一枚有るんやろ? 勝負はこれからやで?」
瑠奈の叱咤と平手打ちで、極度のプレッシャーで混乱していた頭がリセットされる。暗く閉ざされていた視界の果てに、差し込むような仲間の気配……
「……俺は弱い、だけど瑠奈と『余燼の光の騎士団』皆んなの絆が有ればどんな困難にだって立ち向かえると、瑠奈の一発で気付かされた。有り難う」
そうだヨシダ、勝負はこれからだ! よく見ろバーストしたんじゃ無い、ローカードだ、カウントが更にプラスされて+13だ、今やあのシューは金貨100枚が詰まってるトレジャーボックスだ。
このままブチかませっ!!
手を組み祈る仕草の瑠奈。
フレアは前のめりでテーブルに齧り付く。
腕を組んで不敵に構える鬼灯。
忙しなくオロオロとするキャトリーヌ。
……四者四様のリアクションで幸運を祈る。
そして、審判が下される……
運命のカードは⸻『♣︎J』⸻よっしゃ、キター!!
まさに、グラブ・ザ・カード。
俺たちは最大の危機を乗り越えた。5人の力で掴んだ幸運、グラブ・ザ・ラック⸻ディーラーのホールドカードも忘れて、俺たちはその場にへたり込んでしまった。
精も根も尽き果ててしまった俺達に構わずゲームは進む。ブラックジャックでは無いが、『21』が揃った今、負けるとすれば、ディーラーがBJした時のみ。後は高みの見物と洒落込もうか……
そうこうしていると、勝負は次々と決着していく。
隣に座る、若い女性の取り巻きを連れた、どこぞの若旦那風のプレイヤーは配札で既に『14』、果敢にヒットするが敢えなくバーストして撃沈。
最後のロマンスグレーの貴族然としたプレイヤーは、渋いイケボで「……サレンダーだ」と告げて静かに勝負を降りた。
最終ステージ残るはラスボス、目の前の妖艶なディーラーのターン。他のプレイヤーも、固唾を飲んでホールドカードに釘付けになる
ディーラーはテーブルのプレイヤーを見回した後、無言で伏せたカード――ホールドカードを開く。
……合計は『16』
どこからとも無くため息が漏れる。これでナチュラルBJは無くなった。
だが油断は禁物だ、もし次のカードが『5』なら合計『21』でドロー、スプリットで負けた片方⸻金貨30枚は帰らぬ人だ。
ディーラーはルールに従い、さらにカードを一枚引く。
「……ヒット」
テーブルに落ちたカードは、『クイーン』――バースト。
その瞬間、勝負は決した。
「「「「「やったー!」」」」」
嬉しさの余り、全員が両手をあげて叫ぶ!
結局のところ、俺たちがやってる事は女神様が言う通り、アカシックレコードに刻まれた運命という名のムービーを再生しているだけかも知れ無い。
カウント? 確率? 読み? それすらも全部、台本通りに演じただけ──それでも……それでも俺達5人で勝負に勝った、意味なんて関係ない、運命なんて知ったことか、これが俺達の生きた証だ。
※1 実在するスラングではありません。
※2 ルールでは21を超えた場合がバーストです。ヨシダの勘違いです。




