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第35話 おっさん、旅立ちの日、王都への旅

 グレイ商会で買い物を終えた俺達は、商会で取り扱わない保存食などを他で買い揃え、マジックトランクに詰め込む。こいつは地面に置いて左右に開けば、酒樽すら簡単に出し入れ出来る大きな間口の異空間収納道具(アイテム)だ、それを鬼灯が担いでキャリッジヤードの馬車まで歩く。


 王都への旅で必要なものは一通り準備できた。後は、依頼書とSランクの認定書が揃えば晴れて出発だ。


 皆で馬車に乗って冒険者ギルドに向かう。中に入るや否や、待ってたぞとばかりにギルマスが仁王立ちしていた。ギルマスは俺達と目が合うなり大声で呼びつける。


「キサマら、やっと現れよったか、待ちくたびれたぞ。例の依頼書と総合(・・)Sランクの認定書、発行が終わってるぞ。おい、キリリ、依頼書と認定書を持ってこい」


「は、はい、ギルマス」


 ゴールデンレトリバーを思わせる金の毛並み(って言っていいのか?)と人懐っこい笑顔が印象的な犬獣人の事務員、キリリさんが封書を3通持って現れた。


「こちらがギルドからの指名依頼書、そしてこちらが冒険者パーティ『余燼の光の騎士団エンバーライト・オーダー』のSランク認定書です。おめでとうございます! そして最後の一通はギルマスからです」


 キリリさんは満面の笑みで、お祝いの言葉を述べながら、2通の封書をリーダーのフレアに手渡した。フレアはそれを受け取ると、感慨深そうに認定書を眺めている。


「ふふん、これでアタシ達も名実ともに最強の仲間入りって訳だ。長かったな……」


「リーダーが買い出しサボらな、もっと早かったかもしれへんで?」


「る、瑠奈、アンタは黙ってなさい!」


 瑠奈の容赦ないツッコミに、フレアが顔を赤くして怒鳴る。そのやり取りを、俺と鬼灯、キャトリーヌは微笑ましく見守った。


「それでギルマス。最後の一通は何だ?」


 俺が残りの封書について尋ねると、ギルマスは少し真面目な顔つきになり、キリリさんの持つトレイから最後の1通を手に取る。


「これはワシからキサマらへ、個人的な紹介状だ。王都のギルド本部にいるマスター、タリシア・セントリーに渡せ。今回の事件のあらましや、Sランク認定の話などが書いてある」


 ギルマスはそう言って、フレアに手渡す。


「それからヨシダ」


「は、はい」


 不意に名を呼ばれ、俺は背筋を伸ばす。


「勿論キサマの出自(・・)や『面白い魔法』の事も書いてある。どちらかと言えば其方がメインだな」


 俺にそう話しながら、ニヤリと悪い顔で笑う。なんでそんな楽しそうなんだよ、一体何が書かれているか気になってしかたがない。


 俺が封書の中身を気にしていると、いつに無く真面目な顔で忠告して来る。


「キサマのその力、王都では無闇に使うなよ?」


「やっぱり、目立つと問題があるのか?」


「まあそれもだが、王都はここと違って、王族や貴族(みちもうりょう)が跋扈する伏魔殿だ。特に、その“規格外”を欲する連中ほど、危険だ。隙を見せると……喰われるぞ!」


「ああ、肝に銘じとく」


 権謀術数渦巻く王都の中枢、俺の特異なスキルを知るギルマスなりの忠告だろう。トーマス会長と同じく、心配してくれているのが伝わってくる。


「分かればいい。ま、キサマらなら大丈夫だろう。さっさと行ってこい。土産は、王都の美味い酒でいい……期待して待っててやる」


 ぶっきらぼうな言葉の裏に優しさを潜ませ、ギルマスは俺たちの背中を押した。


「ギルマス、皆さん、行ってきます!」


 ギルド前で見送りをしてくれる、ギルマスや、キリリさん、ノノリアさん、ミリアさんの受付嬢の面々に別れの挨拶をする。


「おう、曲がりなりにもワシに勝ったんじゃ、心配はしとらん。行ってこい!」


「王都のお土産、楽しみにしててにゃー!」


 俺たちはギルドの職員たちに見送られ、馬車へと乗り込んだ。




********




 馬車はギルド通りから街の中心にあるロータリーを回り、商業区通りの先にある西門を目指して緩やかに進む。


 俺はなんとは無しに馬車から外を眺めていると、ふと目につく黒づくめの貴婦人。一瞬目が合う、いや、合った気がする……か? ベールに覆われ表情は見えない。だが、確かに此方と目が合い、微笑んだ気がした。


「ふ〜ん、ヨシダはんは、ああいうんが好みなんやな」


 俺の正面に座り同じく外を見ていた瑠奈が、ジト目と共に棘付きの言葉を放つ。


「あ、や、違くて……なんか外眺めてたら、目が合ったような気がしてちょっと気になったと言うか……」


「ほおー、気になったんや?」


「ん? ヨシダっちは黒づくめがすきなのにゃ? にゃーも黒装束にして、シュシュシュってナイフ投げるにゃ、どうにゃ?」


 トゲとナイフのむしろに座らされ、ジト目レーザーにじっと耐える俺。後キャトリーヌさんそれ忍者ですから。


「やれやれ、ヨシダもそう言うところは普通の男と変わらんな。ウチには4人も良い女が居るんだ、外なんか見る必要ないだろ?」


「「「全くだ!」」」


 ちょっと外見てて気になっただけなのに、えらい勢いで叱られた。俺、なんかやっちゃいました?


 浮気ダメ絶対(付き合っても無いけど)、と心に誓っていると、馬車はソルバルドの街門を抜け、王都へと続く街道へ乗り出す。

 しばらくガタゴトと揺られていると、キャトリーヌがそわそわしながら口を開いた。


「にゃあ、王都に着いたら、まずは美味しいもの巡りするにゃ! パフェとかクレープとかあるかにゃ?」


「アンタは食べ物のことばっかりだね。まずはギルド本部への報告が先だよ」


 フレアが呆れ顔で言うが、その口元は緩んでいる。


「ウチは新しいポーションの素材とか見て回りたいな。王都にしか出回らない珍しい薬草とかもあるやろし」


「うむ。肉屋を覗きたい。王都のS5ランクの肉でジャーキー作る」


 瑠奈と鬼灯もそれぞれの楽しみに胸を膨らませているようだ。Sランクになったからと言って、気負いすぎることもなく、普段通りの仲間たちの姿に俺は安堵する。


「ヨシダはんは、何かしたいことあるんか?」


 瑠奈に話を振られ、俺は少し考える。


「そうだな……普通に観光がしてみたいかな。異世界の首都なんて、そうそう見れるもんじゃないしな」


 俺がそう答えると、なぜかフレアたちが顔を見合わせてニヤニヤし始めた。


((((それ、普通じゃないからな?))))


 心の声がハモった気がしたが、きっと気のせいだろう。

 和やかな雰囲気の中、馬車は進む。これから始まる王都への旅路、そして待ち受けるであろう新たな出会いと出来事に、俺は少しの不安と大きな期待を抱いていた……




 ……そんなヨシダ達の乗る馬車を、遥か後方、街道沿いの森の中から、一人の女が見つめていることなど、彼らは知る由もなかった。


「あれがヨシダ……あの者にジェットが敗れたのですか? 見たところ魔力量も低く、さして驚異を感じませんが。そう言えば、あり得ない魔法を使うとか……油断は禁物という事ですか。まあいいでしょう、我が主の計画の布石として、少し遊んであげましょうか」


 プライデッツァと名乗る女は、妖艶な笑みを浮かべると、その姿は黒い霧となり風に流され消え去るのだった……


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