第34話 おっさん、初めての異世界ショッピング
「それでジェット、貴方は核を破壊され目的も遂げずに、おめおめと逃げ帰って来たと、そう言うことですか?」
怪しく明滅する巨大な魔石、その光に浮かぶ玉座に飾り気は無く、己の力を語るのに飾りなど不要だとでも言いたげだ。
そして、そこに座る男は、抑揚もなく言葉を落とした。目の前に跪く男に向けて。
「は、はい……ですが、あの邪悪な女神の使い⸻ヨシダなる男、只者ではなく……核の破壊を許してしまいました。弁解の余地も御座いません」
ジェットと呼ばれた金色の仮面の男は、頭を垂れ、肩はわずかに震え、沈黙の刃が落ちるのを待っているかのようだった。
「ふむ……貴方程の者を退けたと。予想外ですね……」
ひと息分だけ、言葉が空に浮いた。
「まあ――良いでしょう。その傷が癒えるまで、しばし休養を与えます。あなたを失うには惜しい」
「め、滅相も御座いません。この傷が癒え次第、必ずや我が主の御望みを成就して御覧に入れます」
「期待してますよ⸻では下がりなさい」
玉座の男の言葉に、ジェットは暗闇に溶ける様に消えていなくなる。
「ふむ、彼が敗北するのは想定外ですね」
しばしの沈黙の後……玉座の男は思案を巡らせ、配下の一人を呼ぶ。
「プライデッツァ、聞いていましたか」
「はい、我が主」
暗闇に音もなく現れる美しい女性が一人。主の御前に控えている。
「ジェットにしばし休養を与えました。彼の抜けた穴……貴女達に任せましょう」
「……つまり、あの街の“後始末”を我らにと?」
「いえ、其れには及びません。彼の汚名は彼にそそいで貰いましょう。それより貴女達は計画を進める事と、ヨシダなる人物の動向を監視して下さい」
「御意」
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ギルマスの言う『お得なクエスト』を見事完遂した俺達は、新たな依頼と、Sランクの称号を受け、次の旅の準備でソルバルドの街の商業地区へ来ている。
来ているのだが……
「ヨシダっちは、にゃーと買い食いするにゃ」
「ちょいまってや、ヨシダはんは、ウチと一緒に薬草とポーション類の買い出しや」
楽しそうに俺の両手を引っ張るキャトリーヌと瑠奈。両手に可愛いオプションで嬉しいけど、それぞれ違う所に行きたい様で困っていると……
「アンタ達、遊びに来たんじゃないよ」
そう二人に注意するフレア、さすがカリスマリーダー、そのリーダー力は長介さんに匹敵するわ!
「ほー、いつもはウチと鬼灯に買い出し押し付けとる、アンタが言うんかい?」
おい、リーダー、買い出ししてないんかい! 駄目だこりゃ。
「ちょ、瑠奈やめろ、ヨシダの前で暴露するとかお前は鬼か?」
瑠奈とフレアのやり取りを見て、普段は寡黙な鬼灯もなんだか楽しそうだ。いつもはズボラなリーダーに苦労してるんだろうな。
「ところで、旅の買い出しなんだが、何処へ行くんだ?」
5人揃って商業区へ向けて歩いてる最中、目的地を聞いてなかったと思い尋ねる。
「ヨシダもよく知ってる場所だ」
言葉短に答える鬼灯、この街で、と言うかこの世界で良く知っていると言えば、グレイ商会か、あそこなら種類も品数も豊富で、会長も懇意にしてくれてるしな。丁度いい、王都への依頼も話しとこう。
「そう言えば俺、グレイ商会の従業員なんだよな、一応」
「にゃ? まさかヨシダっちはにゃー達と一緒に行かにゃのにゃ?」
俺の言葉に勘違いしたのか、キャトリーヌが心配そうに尋ねる。そういや、トーマス会長との出会いは話して無かったか?
「ないない、俺も付き合うから心配するな。ただ、トーマスさんとは、助け、助けられての関係だからな。一応、名誉従業員だし報告義務が有るかなと思っただけだ」
「なんや、そう言うことかいな、ビックリさせんといてや。でも、何でトーマス会長とそない気安い関係になったん?」
「それはアタシも気になるな、グレイ商会と言えば、ソルバルドの街でも一二を争うデカさだ、そこの会長と懇意となるとちょっと普通じゃ無いからな」
瑠奈とフレアの言葉に、どうやら鬼灯も同意の様でウンウン頷いている。
「そんなに大したことじゃ無いぞ? それでも良ければ話すが」
「「「馴れ初め、はよう!」」」
「にゃ?」
オイオイ、馴れ初めはようって、トーマスxヨシダとか腐った考えしてんじゃ無いよな? そんな一抹の不安を感じながら、俺の異世界転生からトーマスさんとの出会いの顛末を語った。
「な、別に大した話なんか無かっただろ?」
「いや、オクルファングの群れを、たった一人の魔法使いが、街道毎一撃でとは、普通いかないからな?」
「そうやで、ヨシダはんはまだ自分の特殊性が分かってへんやろ?」
「うむ、オクルファングは単体では大した事無い、だが常に群れで行動し、そのチームワークは侮れない」
「そうにゃ、ヨシダっちは異常にゃ、おかしいにゃ、自覚が足らんにゃ」
ちょ、キャトリーヌさん? 最後のは少しダメージ有るんですけど?
「いや、そんなおかしくないだろ、普通だ、普通」
「「「「いや、絶対おかしい」」」」
「……はい、分かりました」
パーティメンバー全員からおかしい認定を貰い、涙目になった頃に丁度グレイ商会に到着する。
グレイ商会に着くと石造の四階建ての建物が、何故か懐かしく感じた。入り口にはグレイ商会を表す意匠が施された金属製の看板が掛かる。重厚なデザインの木製の扉を開け、アーチ型の入り口を潜ると暖かな木造りの内装が迎えてくれる。
「いらっしゃいませ、今日はどの様な御用向きでしょうか?」
出迎えた従業員の女性が、礼儀正しくお辞儀をする。
「あー、アタシ達はSランク冒険者パーティ、余燼の光の騎士団だ、今日は王都までの旅に必要な諸々を揃えるために、寄らせて貰った」
リーダーであるフレアが従業員と対応している。無駄にSランクを強調して、自己紹介を済ます。
「え、あのギルド最強と誉高い余燼の光の騎士団の方でしたか。でも、確かAランクだったような……」
「ああ、昨日まではな」
フレアが、ドヤ顔で短く答える。
「も、もしかして……Sランクに昇進なされたのですか? それは、それはおめでとう御座います。凄いです、この間のスタンピードでのご活躍で?」
「ああ、この間のスタンピードと、ダンジョン探査の功績が認められてな。王都にはその顛末の報告をする為だ」
フレアが天狗になってる、やはりSランクは特別なランク何だな。
「フレア、俺はトーマスさんに王都行きの件を報告して来るから」
「うん? ああ、分かった、アタシ達は此処で必要な物を揃えてるよ」
「分かった、じゃ、後で」
リーダーのフレアに許可を取ると、手近な従業員を捕まえてトーマスさんが居るか尋ねる。最初は約束のない方は〜と言ってたが、「ヨシダが来た」と言った途端に、トーマスさんを呼びに行ってくれて、ちょっと笑った。如何やら俺の事をちゃんと紹介していてくれたらしい。流石はやり手の商人だ、そつがない。
「おお、これはヨシダ殿、今日は何か困り事ですかな?」
相変わらずの恰幅の良さと、人好きがする笑顔で出迎えてくれるトーマスさん。顔を見るなり困り事が無いか聞いてくれるあたり、気に掛けてくれてたんだと嬉しくなる。
「いえ、早々お世話ばかりにはなれませんから。今日伺ったのは余燼の光の騎士団の一員としてスタンピードの一件の顛末を報告をする為に、王都まで行かなくてはならなくなったのを報告に来ました」
トーマスさんに、今日此処に寄った理由をかい摘んで話す。
「ほっほ〜、では、余燼の光の騎士団の一員と認められる様な活躍をなさったのですな? いきなりAランクパーティに放り込まれていたので、心配したのですが老婆心が過ぎた様ですな」
「ええ、まあ、何とかスタンピードを抑え、ダンジョン核の破壊までは達成しました。それもこれもフレア達が居てくれたお陰ですよ」
「おおー、ではヨシダ殿はこの街を救った英雄の一人ですな! 私の人を見る目も満更では無かったと言う事ですな」
いつもの人好きがする笑顔に、商人の顔が垣間見えた気がした。この人も伊達にデカい紹介の会長では無いと言うことか。
「で、王都行きの件ですが、一応従業員と言う事になっていますので、許可を頂こうかと」
「勿論行って来て下さい。我が商会と縁のある方がこの街最強のAランクパーティ、余燼の光の騎士団の一員である、しかも私がお連れしたとなれば、鼻が高いですからな。はっはっはっ」
トーマスさんは自分の見る目に鼻高々だ、そこで俺は間違いに気付き訂正する。
「あ、でも余燼の光の騎士団がAランクなのは昨日までで、俺を含めた5人でSランクに昇格しました」
「な、何だって〜」
驚きの余り、目は飛び出し、顎は外れ、トーマスさんの絶叫が静かな店内に響き渡る。
Sランク、そこまでか? 俺は若干引きながら、その立場の重さに戸惑うばかりであった……




