第26話 瑠奈、エンバーライトオーダー
「防御障壁」
ヨシダはんの絶叫で展開された防御結界。明らかにSランクオーバーであろう仮面の紳士が繰り出した『ダーク・フレイム・ストーム』いう攻撃魔法も大概やったけど、それを上回るとんでもないもんやわ。
「なんやのこの結界は、あの地獄の業火とちゃうの?と、思た黒い炎を完全に防いでる……有り得へんわ」
「瑠奈、フレアと鬼灯に回復を最優先で」
「え、あ、了解や」
ヨシダはんは、いつに無く真剣な眼差しでウチに指示する。
(今ウチのこと瑠奈って呼び捨てに……それにリーダーみたいでカッコえ……って、そうとちがう、先ずはフレアと鬼灯の回復からしいひんと)
「ヨシダっち〜、にゃーのしっぽもチリチリにゃー」
「それは、この戦いが終わってからな」
「ヨ、ヨシダ、すまん……後は……」
「大丈夫だ、フレア、後は俺がなんとかする」
「至極……無念……」
「鬼灯、まだ負けた訳じゃない、回復に専念してくれ」
ウチはヨシダはんの展開してくれた結界の中で、フレアと鬼灯に回復の祝詞を掛ける。ウチは普通のヒーラーとちごて、魔法は使えへん。瞬間的な回復量は魔法には勝てへんねやけど、総回復量と持続回復ならウチの方が上や、ただ時間が掛かるとこが欠点やけど。
「ヨシダはん、ウチの回復の祝詞はちょっと時間が掛かるんやけど、あんじょう気張ってや」
ウチの言葉にヨシダはんは、背中を向けたまま片手あげて応えてくれはった。その背中は、ウチが知ってるどんな冒険者よりもカッコよかったわ。
そしてすぐにヨシダはんが放つ攻撃の音が聞こえ始める。聞いたこともない金属的な咆哮が響き渡っとるわ。魔力も感じへんし、詠唱も要らんし、なんであんな途轍もない連射ができるんやろな。ヨシダはんの不思議な魔法に気を取られとると、キャトリーヌが声を掛けてくる。
「瑠奈、大丈夫にゃ。にゃーが瑠奈を守るにゃ」
勿論キャトリーヌにも感謝してる。無防備なウチと負傷した二人を守るように警戒してくれる。その尻尾の先はちょっと黒く焦げてもうたけど、キャトリーヌかてウチらと同じAランクや、頼りにしてるで?
「おおきに、キャトリーヌ、心強いわ。ほんじゃ先ずはタンクでも無いのに無茶したフレアからや」
ウチは祝詞に集中する。ウチの祝詞は、気(ウチの国では魔力をこう呼ぶ)で傷ついた身体の治癒力を極限まで高めるものや。せやから、フレアみたいに深い火傷でも、少し時間かかるけど綺麗に治せるんや。じわじわと、フレアと鬼灯の呼吸が落ち着いていくんが分かったわ。
その時やった。結界の外から、あの嫌味な貴族の声と、とんでもない数の魔物がなだれ込んできた。
「あのあほんだら、一番来たらあかん時に!?」
思わず愚痴が出てもうたけど、青白い結界に触れた魔物は倒され魔石に変わるんや。それと引き換えに結界の色が緑に変わっていく。そして、いくつか散らばってる魔石の中に、赤い火属性の魔石が混じっとる。
すると突然ヨシダはんの声が響く。
「機動力強化!」
ヨシダはんの雄叫びと同時に、彼の体から青白いオーラが噴き出る。さっきまでの連続攻撃がそよ風に見えるくらい、嵐みたいな連射で撃ちまくってる。
「にゃにゃ!? ヨシダっちの動き、速くなったにゃ!」
群がる魔物を悉く撃ち倒し、赤い魔石が出るたびに「機動力強化!」と叫ぶヨシダはん。
キャトリーヌが驚きの声を上げたのが、ウチにも分かった。ヨシダはんの動きが、明らかに早うなっていって、今や目で追うのもやっとや。そして、あの発射音。もはや一つに連なり轟音が唸りを上げてたんや。
「アタタタタタタタタタタタタタタター」
凄まじい気迫のこもった叫び。あれが、ヨシダはんの本当の力……? スタンピードとはまた違った攻撃の仕方や。あの人は、一体どれだけの力を隠しているんやろか?
「す……凄い、あれだけ囲まれて群がっとった魔物達がみるみる撃ち倒され、魔素となり核に吸い込まれていく」
ヨシダはんの張った結界が消えると同時に、アホ貴族の連れてきた魔物の殲滅も完了する。
「待たせたな仮面野郎」
目にも止まらぬスピードを手に入れたヨシダはんは、仮面の紳士に一歩も引く気は無いようや。不敵に話しかけた次の瞬間に、高速移動からの至近距離での超連射。その攻撃でついに膝を折ることに成功する。
「ふ、俺はな雑魚を倒せば倒すほど、スピードが上がって行くんだよ」
ヨシダはんは、仮面の紳士にそう言い放つと、核を確認後、此方に視線を寄越し、復活したフレアと頷き合う…………それだけで通じ合う二人……それを見たウチの心は僅かにチクリとした。
「皆んな、今ヨシダから作戦の提案が有ったわ。あの仮面の紳士はヨシダが引き受けてくれてる。アタシ達はその間に奴にバレないように移動して核を破壊するよ」
「うむ、承知」
「わかったにゃー」
「ウチも分かったで」
あかんあかん、戦闘中や邪念を振り払い、ヨシダはんの提案した作戦に頭を切り替える。ウチらは倒れた振りして作戦会議や。
「今のアタシ達じゃ、あの仮面の紳士の相手は不可能だ、勝負は一瞬、ヨシダが隙を作ってくれた瞬間に、レベル3連携で一気に叩くよ?」
「うむ、あのサイズの核だ、普通の攻撃では時間がかかり過ぎるだろう」
「ちょっと待ってにゃー、連携陣のスクロール準備するにゃ」
そう言いもって、マジックポーチをゴソゴソし出すキャトリーヌ。連携陣のスクロールは連携攻撃の威力を高める魔導具で、これを使い一気に大ダメージを与えて核を破壊する作戦や。
ウチらが作戦会議しとるその間にもヨシダはんは、ヒットアンドアウェイで仮面の紳士を攻め立てていた。
そのまま決着を付けるため畳み掛ける。怒涛の連続攻撃の前に然しもの仮面の紳士も、ダメージが蓄積し金色の仮面にも亀裂が入る。勝負あったと思ったその時や。
「認めましょう、このままでは勝てない事は……ですが此れなら如何でしょうか?『身体超現象』……ハアァ……アア……グガ……ウルアーアァ、ハアハア……ハア」
仮面の紳士は黒く凶々しいオーラを纏い変身する。
「全く次から次へと、多芸なこって。こちとら魔法を撃つしか脳が無いってのによ」
ヨシダはんの言葉に反応も見せずいきなって襲い掛かる仮面の紳士、そのスピードはヨシダはんのそれと遜色ない速さやった。
ウチの目の前で、時に蹴られ吹っ飛ばされ、時に魔法を連射で撃ち込む、ヨシダはんと変身した仮面の紳士が、一進一退の激しい攻防を繰り広げる。
「……なあ、アンタ何でそんなにギルマスを……いや、人間を憎んでいるんだ?」
激しい戦いの束の間、ヨシダはんが仮面の紳士に問いかける。彼の戦闘スタイルはちびっと変わってる。亜竜の時もそうや、攻撃が効きにくいおもたら、地面を攻撃して穴を開けてそこに敵を落とすんや、聞いたことも無い戦法やけど、それを平然とやってのける。
此処やとおもたウチらは、ことの成り行きを息を潜めて伺う。
二人のやり取りで次々と顕になる事実、仮面の紳士の復讐の理由、衝撃的なギルマスの過去。問われる人間達の罪と罰……そして、ヨシダはんが告げた、自分は理の外から来た人間やと……
「(女神様に感謝だな。一度は終わった人生だ、貰ったスキルをこのパーティの為に使うのも……)」
変わった人やと思うとった、あの力は普通や無いと……そやけど……あの夜聞いた独り言は、ホンマやったんや。
「此処だ!」
ヨシダはんの言葉に激昂する仮面の紳士、此処がチャンスと踏んだフレアが声を上げる。
「キャトリーヌ、連携陣の展開だ!」
「オッケーにゃー」
「鬼灯、行けるね?」
「承知!」
「瑠奈っ、ボケっとするな、行くよ!」
フレアの声に一瞬で現実に引き戻される。
「分かっとるわ!」
あの人が作ってくれたチャンスや、不意にしてたまるかいな。
部屋の中央に禍々しい紫黒の光を放つ、巨大な結晶体が未だ、浮遊し回転している。
フレアの指示に、キャトリーヌが連携陣のスクロールを展開する。核の真下に正三角形の先端に円が描かれた魔法陣が浮き出る。先端の円形の魔法陣に立ち、攻撃をタイミングよく繰り出して行けば、攻撃力が倍々に跳ね上がり途轍もないダメージが期待できるんや。
ウチらは素早く位置どり、連携攻撃の態勢を整える。
「鬼灯、瑠奈、行けるね?」
「了」
「いつでもええよ」
「ハアッ! 喰らえ、我が必殺の剣技『烈火剣』」
フレアの裂帛の気合いにスキルを乗せて、紅蓮の炎を纏った剣が核を叩く。キーンと甲高い硬質な音と共に僅かに亀裂が走る。
「我、禍詞を以て此地を穢す。来たれ、厄災の風よ!」
それを横目に、ウチは禍詞の発動タイミングを合わせる為、既に詠唱に入る。
「『凍魄・霜夜斬』」
鬼灯のスキルで冷気を纏う巨大な剣が、大気を凍て付かせながら振り下ろされ、核に追加のダメージを叩き込む。
ミシリ。
フレアの紅蓮の炎によって熱せられた核が、鬼灯の冷気を纏った重い一撃で急激に冷やされ、悲鳴を上げる。
次はウチの番や……見とってや。
「祓えぬものよ、祟りて穢れよ……『崩神ノ嘆』!」
凶々しい気を纏ったウチの術が、核を包み込み一気に侵食していく。
完璧にタイミングの合ったウチらの連携は、連携陣の効果で攻撃力を上乗せされ核に炸裂する。
「なっ、言わせておけば……」
ガシャーン!!
仮面の紳士が激昂して詰め寄ろうとした刹那、ガラスの砕け散る様な硬質な音がこの部屋に響き渡る。
「取り敢えず、アンタの復讐は阻止させて貰ったぜ」
ウチらとヨシダはんの連携によって、ダンジョン核は破壊され、仮面の紳士の復讐は粉々に砕け散った。




