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第25話 おっさん、激闘編

待たせたな仮面野郎」


 ヴァルムートの乱入で更にピンチを迎えたと思ったが、運良くパワーアップ出来た。だがモンスターの群れにより防御障壁(フォースフィールド)は消え去り、仮面の紳士も健在だ。スピードアップ一点突破で何処まで渡り合えるか分からんが、此処が正念場だ、やるしかねえ!


「やはり、ハッタリだった訳ですね、まあ良いでしょう、絶対防御も消えた今、幾ら雑魚を倒したところで、ヨシダ殿……貴方に勝ち目は有りません」


「さあてね、やって見なくちゃ分からないだろっと!」


 スピードアップ六段階を得た俺は一瞬で仮面の紳士との距離を詰め、すかさず連射体勢を取るとゼロ距離からの『ラピッドファイヤー・アルティメット・マックス』を叩き込む。


「くっ、まさか、この私が見えなかった? なぜ此処まで動きが早くなっているのですか?」


 俺の不意をついた攻撃で、破れたタキシードから鍛えられた腹筋が露出し、ついに片膝を付く仮面の紳士。俺の攻撃が信じられない、と言った風に疑問を口にする。


 如何やら、仮面の紳士には俺のSTGスキルのパワーアップシーケンスが理解出来て無く、ただ雑魚を倒していた様にしか見えてなかった訳か。


「ふ、俺はな雑魚を倒せば倒すほど、スピードが上がって行くんだよ」


(半分嘘だけど、馬鹿正直に教えてやる必要も無いか)


 中央には未だ凶々しい魔素を撒き散らし不気味に光る(コア)が健在だ。亜竜を落としたデカいクレーターの脇で、回復を終えた仲間達が立ち上がろうとしている。

 フレアに視線をやる……フレアと視線が交差する、その瞳にはいささかの諦めも無い。俺は一瞬(コア)に視線をやり、再びフレアに戻す。すると力強く頷くフレア、それに俺も頷き返す。



「そんじゃ、一丁おっ始めますか」


 俺は不敵な笑みを浮かべ、再びアケコン操作(スタイル)で構えを固める。スピードアップ六段階の恩恵は凄まじく、加速された思考により時間の流れが遅くなったように感じる。仮面の紳士の次の動き出し、その筋肉の収縮さえも視認できそうだ。


「如何した? タイマン勝負は怖くて出来ません、てか?」


「言わせておけば……良いでしょう、お望み通りお相手して差し上げましょう」


 立ち上がり、ボロボロの上着を破り捨てる仮面野郎。鍛え上げられた上半身が生半可な攻撃は効かないと、雄弁に物語っている。


「へへ、そう来なくっちゃな」


「その余裕が、いつまで続くでしょうか?」


 仮面の紳士は静かに告げると、その金色の爪を構えた腕を俺に向けて突き出す。先程防御障壁(フォースフィールド)を揺るがせた、あの目にも止まらぬ突きだ。


 ブンッ!


 しかし、今の俺にはその初動が見える。最小限の動きでそれを躱し、すれ違い様にノーマルショットを脇腹に叩き込む。


「ぐっ……ああっ!」


 ガードが間に合わない。鍛え上げられた肉体といえど、約3倍のスピードから繰り出す連射の衝撃は殺しきれない。苦悶の声を上げ、再び体勢を崩す仮面の紳士。


(いける! このまま押し切る!)


 俺は追撃の手を緩めない。紳士が体勢を立て直すよりも早く、回り込みながら連射を浴びせ続ける。ドーム内にけたたましく響く着弾音、そして紳士の短い呻き声がこぼれる。


「な……ぜだ……この私が……このような……小僧に……」


 仮面の紳士は、もはや防御もままならず、俺の連射をその身に受け続ける。その金色の仮面にも亀裂が入り、顔の一部が露出する。

その赤く輝く瞳には、縦長の虹彩が細く収縮する。


(アイツ……人間じゃ無いのか?)


「認めましょう、このまま(・・・・)では勝てない事は……ですが此れなら如何でしょうか?『身体超現象フィジカル・フェノメノン』……ハアァ……アア……グガ……ウルアーアァ、ハアハア……ハア」


 僅かに紫がかった黒いオーラを纏い、そう言い放つ仮面の紳士。気合いと共に彼の体は腹から背に掛け黒く変わり、その腕は漆黒に染まる。怪しく輝く紅い目、縦長の虹彩から放たれるプレッシャーは計り知れない強さを感じる。


(変身した……いや、肌の色こそ黒くはなっているが、体の方は精々が一割か二割ほど大きく感じる程度だ。身体強化か……たしか、フィジカル・フェノメノンと言ってたか? 身体に何らかの現象を起こす……とかか?)


「全く次から次へと、多芸なこって。こちとら魔法を撃つしか脳が無いってのによ」


「……」


 シュンッ!


 俺の軽口にも反応せず、いきなり全開で迫り来る仮面の紳士。


(マジかよ、やっとこっちが素早さで勝り優位に立ったと思ったら、身体強化で追い付かれるとか、どっかのゴリラのトラウマ再来かよ)


 金色の爪を構え眼前に迫る仮面の紳士、先程までのアドバンテージは無くなり、辛うじて動きが追える。


(逆側に回り込んで、連射を叩き込んでやる)


 仮面の紳士の構えと動きを予測し、金色の爪を持たない方へ回り込む。

 奴はそのまま踏み込み、構えた金色の爪を後ろに引き繰り出そうとしている。


「貰った!」


 そう思った刹那、仮面の紳士は金色の爪を再度引くと身体を回転させる。


(ヤバ、フェイクか!)


 既にアケコンを構え、ゼロ距離での連射の体勢だった俺は一瞬動作が遅れる。その隙を突き、仮面の紳士は突進(チャージ)の勢いを回転運動に変え、そのまま蹴りを繰り出す。


「なにくそ」


 回避は間に合わない、咄嗟に腕をクロスしバックステップで体を後ろに逃すと同時に仮面の紳士の回し蹴りが炸裂する。


「ドウッ」


 完全には避け切れなかった俺は、蹴りを受けそのまま後ろに5mほど飛ばされ、背中を床に叩きつけられ息を吐く、勢いは止まらずズザザザーと滑りながら転がり続ける。


「つうっ〜〜」


 思わず口から溢れ、呼吸もままならない。が、すぐに顔を上げ奴を視界に収める。仮面の紳士は既に追撃の体勢で、今にも飛び込んできそうだ。

 だが、それで良い。俺に意識が集中すればする程、フレア達が動き易くなる。


 視界の隅でフレア達の動きを確認しながら、俺はゴロゴロと横転して仮面の紳士の追撃を避けると同時に体勢を整え立ち上がる。


「ふう、息つく暇もありゃしない」


 バックステップで距離を取りつつ、牽制のノーマルショットを軽くばら撒き、一言愚痴る……無言の仮面の紳士は、俺を不敵に見つめたままだ。


(やれやれ、折角のスピードアドバンテージは奴の身体強化魔法?で、ご破産だ、俺に出来るのはノーマルショットのみ、亜竜の様に的もデカくないは、すばしっこくて当て辛いは、オマケに接近戦はからっきし。頼みの綱の『ラピッドファイヤー・アルティメット・マックス』も動きながらじゃ本気の超連射は出来ないし、こりゃ本格的に参ったね……となると口撃しかないか)


「……なあ、アンタ何でそんなにギルマスを……いや、人間を憎んでいるんだ?」


 圧倒的不利、なのに不意に頭に浮かんだ疑問が口をついて出る。


「…………」


「俺達がアンタに何かしたのかよ」


「……何かしたのか……だと?……あれだけの事をしておいて?……良いでしょう、では聞かせて上げましょう。人間(アナタ)達の犯した罪を……」


「俺達の犯した罪……?」


「そう、私達は深い山の奥で、外との交流もなく平和に暮らしていたのです。そこにある日突然現れたのが冒険者(アナタ)達人間だったのです。」


 仮面の紳士は過ぎ去りしある日、突然訪れた悲劇を淡々と語る……その赤い瞳に遠い過去を写して……


「事件は男たちが出払っていた時に起こりました。人間どもは我々の住処を襲い、子供たちを拐い女達は殺され蹂躙された……その時、冒険者達を率いて居たのが他でも無い、『鉄塊のハルク』この街の冒険者ギルドのギルドマスターです」


「そ、そんなまさか……」


 俺は仮面の紳士の口から語られた言葉に、頭をハンマーで殴られたかの様な衝撃を受け、思考は混乱し、しばし言葉を失う……


(……本当にギルマスが……いや、奴が嘘を吐いてる様には見えない……真実……なのか?)


「如何しました? 貴方がた人間に正義が有ると、勘違いでもしてましたか? それともハルクの衝撃的な過去に言葉も出ませんか?」


「嘘だ……あのオッサンが……脳筋だけど…………初心者相手に無茶苦茶するけど……そんな事するはず……は無い……何か理由が……有ったはずだ」


「成程……理由が有れば良いのですか? では、私には貴方がたに復讐する理由が有ります……甘んじて受け入れなさい」


 仮面の紳士はそう告げる。酷薄無常……(コア)の怪しい光に照らされた彼は、人の形をした別の何かにしか見えなかった。


「そんな暴論受け入れられるか! そりゃ……人間だって悪い奴は沢山いる、だけど全てじゃ無い! アンタのやってる事は……無関係の人達まで巻き込んで……アンタが昔やられた事と、同じじゃねぇか!」


「では問おうヨシダ殿、貴方がこの戦いで倒した数百の魔物達、彼等が人間に何かしましたか? ただこの私に操られただけの、善良で可哀想な魔物達だったのでは?」


「それは……詭弁だ、アンタが操ったのが元凶だ。それに、俺にだって守るべきものが有る。指を咥えて見ていられるか!」


「ですが、殺めたのは貴方ですよ。ヨシダ殿」


「……」


 俺の言葉は仮面の紳士に完全に論破されてしまう。ぐうの音も出ないほど完膚なきまでに……だが、それを認めてしまえば、フレアや瑠奈、仲間達を失う事になる。


(それに、あの夜フレアが語った『余燼の光の騎士団エンバーライト・オーダー』の名前に込められた誓いを、裏切る事になってしまう)


「フフフッ、随分と都合の良い正義ですね……ヨシダ殿、貴方の掲げる正義は、所詮人間(アナタ)達の(つごう)でしか無いのですよ。」


「いや、そんな事は無い……上手くは言えないけど、それじゃダメなんだ……復讐は復讐しか生まない、アンタのやり方じゃいつか世界は滅んでしまう」


 俺は精一杯の説得を試みるが、その言葉は1ミリも届かず、逆にとんでも無い事を言い出した。


「正義や悪など如何でもいい……私がこの世の理だ!」


 だが、その言葉を聞いた時、あれだけ強大な力を持つ目の前の男が、俺には一瞬、哀れに見えた。復讐に取り憑かれ、この世界に固執する様が……


「そうかい、アンタ……小さいな。俺はその理の外から来た人間だ、この世界一つで満足するとは、意外と欲がないのな」


「小さいと、言いましたか? この私が」


「ああ、小さいね。アンタ、彼の方とやらの使いっ走りだろ? パシリが勝手に世界をどうこう出来るのかよ?」


「なっ、言わせておけば……」


 ガシャーン!!


 仮面の紳士が激昂して詰め寄ろうとした刹那、ガラスの砕け散る様な硬質な音がこの部屋に響き渡る。


「取り敢えず、アンタの復讐は阻止させて貰ったぜ」


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