第22話 おっさん、仮面の紳士と対峙する
パチパチパチ……
「なかなか、やりますね、流石は『鉄塊のハルク』が目を掛けてる冒険者ですね、亜竜如きでは荷が重かったですか……」
仮面の紳士は、優雅とも言える所作で拍手を終えると、コツコツと硬質な足音と共に此方に歩み寄る。その音は、不思議と広大なドームの隅々まで響き渡る。
「素晴らしい。実に素晴らしいショーでした。まさか私の用意した亜竜が、あのような形で無力化され、そして屈辱的な最期を迎えるとは。予想を遥かに超えるものでしたよ、ヨシダ殿、そして『余燼の光の騎士団』の皆様」
その口調はあくまで丁寧だが、言葉の端々には冷え冷えとした嘲弄の色が滲んでいる。彼の背後にあるダンジョンコアの放つ禍々しい光が、その金色の仮面を不気味に照らし出していた。
「スカしたヤローが、よく喋るぜ」
俺はノーマルショットの照準を仮面の紳士へと合わせながら、軽口で応じる。内心では、この男から発せられる得体の知れないプレッシャーに冷や汗をかいていたが。
「お褒めに預かり光栄です。さて、前座はこれくらいにして、本題に入らせていただいてもよろしいでしょうか?」
仮面の紳士は、ふ、と息を吐くと、その金色の爪が妖しく煌めいた。
「私の目的は、ただ一つ。鉄塊のハルクが住まうソルバルドという街、そしてハルクに関わる全ての者への、完全なる復讐です」
「復讐だと? アンタ一体何者なんだい! ハルクのおっさんやアタシ達が、アンタに何をしたって言うんだ!」
フレアが、怒りを込めた声で問い詰める。彼女の脳裏には、かつて故郷を襲った竜の姿と、この男の言葉が重なって見えているのかもしれない。
「何をしたか、ですか? フフフ……それは、貴女方が気にする必要は有りません……何故って? 私が直々にお相手して差し上げるからですよ」
仮面の紳士が右手を俺達の方へかざす。その掌にあつまる膨大な魔力。何かの魔法か? 黒く凶々しい炎が灯り更に魔力が集まり続ける。
「皆んな、アレはヤバイよ、鬼灯盾を構えて防御だ、アタシも盾に立つからヨシダ達は後ろに隠れてくれ」
瞬時に状況判断をして指示を飛ばすフレア、仮面の紳士の掌には魔力が集まり続ける。
「なんや、あの魔力量は普通やないで、しかもあの黒い炎、あんなん聞いた事もあらへん」
瑠奈が絶叫する様に話す、途轍もない魔法だと。
「さて、そろそろお別れの挨拶も済んだ様ですし、これで終わりです。恨むならハルクを恨みなさい……では『ダーク・フレイム・ストーム』」
仮面の紳士はサヨナラの挨拶とばかりに、魔法を唱える。
その刹那、全てを焼き尽くす地獄から召喚された暗黒の焔に、辺り一面包まれる。
盾役を買って出た、フレイや鬼灯の防御や瑠奈のバフもまるで薄紙一枚燃やすが如く、簡単に貫き蹂躙する。
(ヤバイ、こんな火力じゃ幾らバフ付きのフレアや鬼灯でも、五秒と持たないぞ)
辺りを渦巻く漆黒の炎、黒く凶々しい炎はこのドーム状の部屋全てを包み焼き尽くさんとする。幾らダンジョンコアにより魔素が濃くなっていても、尋常じゃ無い魔力量の魔法を事もなく行使する仮面の紳士。
「さあ、暗黒の炎よ全てを燃やし尽くしなさい、そして絶望を持って灰となるが良い⸻ハーハハハ!」
この異常な炎の中ですら全く影響なく、その中心で笑い続ける仮面の紳士。余りにも実力が違いすぎる……俺達はなす術なく焼かれ灰となる運命なのか?
この圧倒的な不利な状況ですら、盾を構えて前を向くフレア、その横顔には一片の諦めも見えない。
ふと、思い出すあの夜のフレアの言葉……
『だからアタシは誓ったんだ。二度とあんな悲劇を繰り返させないって。そして、いつかあの竜を……いや、全ての理不尽な暴力から、護れるだけの力を手に入れるってね。『余燼の光の騎士団』って名前も、そういう想いが込められてるのさ。燃え尽きた灰の中から、それでも立ち上がる希望の光だってね』
……そうだ、リーダーが諦めてないのに俺が根を上げてどうする、俺もあの夜、誓っただろ?
『皆の力になれるなら……俺も、一緒に戦いたいと思う』
今がその時だ、ヨシダ、考えろ、何か有るはずだ……ステータスウインドウを開き、この状況を打開する術を探す、どんな些細な事も見逃さないように……
…………
……
「有った、有ったぜコレが、此奴ならイケる。フレア、鬼灯もうちょっとだけ持ち堪えてくれよ」
「防御障壁」
俺の叫びに答え、巨大なバリアが展開される。地獄の炎すらも寄せ付けない、俺のシューティングスキル、唯一にして絶対の防御スキル。
四方20m程を囲む青白く光る繭型のバリアは、漆黒の炎から俺達を包み守る。
「瑠奈、フレアと鬼灯に回復を最優先で」
「え、あ、了解や」
「ヨシダっち〜、にゃーの、しっぽもチリチリにゃー」
「それは、この戦いが終わってからな」
「ヨ、ヨシダ、すまん……後は……」
「大丈夫だ、フレア、後は俺がなんとかする」
「至極……無念……」
「鬼灯、まだ負けた訳じゃない、回復に専念してくれ」
フレアが諦めずに俺達の盾になってくれたから、助かったんだ、此処でやらなきゃ漢がすたるってもんだ。
「ああ、スカした仮面野郎に"わからせ"てやるぜ!」
俺はフレアに一言声をかけると、スカした仮面の紳士の前に出る。フォースフィールドからは出てないが、奴との距離は10m程か?この距離ならノーマルショットの2連射縛りも関係ない。
「待たせたな、仮面野郎。よく言うだろ?『剣を取るものは剣によって滅ぶ』ってな、覚悟は出来たか?」
「ふ、たかが炎を耐えた程度で、言うじゃ無いですか? 宜しい、ヨシダ殿、貴方の力、見て差し上げましょう」
仮面の紳士は此処に来ても、まだ余裕の態度で平然と返してくる。その態度がフラグにならなきゃ良いがな?
「そんじゃ遠慮なく行かせてもらうわ」
……
…………
「集中しろ……」
目を瞑り、自分に言い聞かせる。集中力が増すほどに脳内に蘇る……OhNAMI社のS44音源のサウンドが。
「御羅病蛇XSM版……BOSS戦のテーマ……Python・of・snake」
御羅病蛇XSM版とはアーケードで好評を博したSTGを、国産レトロPCのXSMに移植したもので、その特徴はカセットに内蔵された特殊チップS44音源の奏でるPSG音源とFM音源の中間の様な、何処か金属的で独特の粘りの有るサウンドが響き渡る。
「此処だ!」
俺眼前の仮面野郎を見据え、脳内で再生される御羅病蛇のサウンドに乗り、アケコン操作で構えを取る。
「そのスカした態度がいつまで持つか、試してやんぜ!」




