第18話 おっさん、身バレする?
「……ヨシダはん……そろそろ交代の時間やとおもたんやけど……」
あちゃー、これは聞かれたか? まさか、いきなり異教徒認定からの異端審問会で死刑宣告、とかにならないだろな?
声の主は瑠奈だった。テントから静かに出てきた彼女は、いつもの落ち着いた様子で俺を見ている。しかし、その大きな瞳の奥には、どこか探るような色が浮かんでいる気がして、俺は内心冷や汗をかいた。
「あ、ああ、瑠奈さん。すまん、ちょっと考え事をしてて……もうそんな時間か」
俺は努めて平静を装い、焚き火の火加減を調整するふりをして顔の汗を袖で拭う。女神様への感謝の言葉もだが、"一度は終わった人生"なんて聞かれた日にはアンデット認定されて討伐対象だ。恐らく、周りの静けさのせいで独り言が大きく聞こえただけだと思うが。
「……考え事……こんな夜更けに、そりゃまた随分と殊勝なことやな」
瑠奈は俺の隣にそっと腰を下ろし、焚き火に視線を落とす。その赤く照らされた横顔からは、表情が読み取りにくい。
「いや、まあ……今日の戦いのこととか、明日の廃坑のこととか……色々とな」
焦って上手く言葉が出てこない。言い訳がましいのは百も承知だが、これ以上ボロを出すわけにはいかない。特に『女神様』なんて単語は、この世界でどう受け取られるか見当もつかない。
瑠奈の出身である八紡ノ国は、確かトーマスさんの話では八百万の神が住まう極東の島国と言う事で、一神教の様な唯一絶対の神を信仰する様なことは無いと思いたいが……
「ヨシダはんは、本当に不思議な人やね」
ふと、瑠奈が呟いた。
「え? 不思議って、何がだ?」
「ウチの知る限り、あないな強力な力を使う人は、もっとこう……尊大で我儘で野心家で……みたいな感じやのに、ヨシダはんは、えらい普通やな、と」
「ま、まあ俺自身今日の戦闘が初めてのフルパワーだったからな、自分の力を把握しきれて無かったのもあると思うぞ」
(何だろう、褒められてるのか、貶されているのか良くわからんが、此処は普通である事を喜んでおこう)
「それだけや無い、ウチらとそう変わらん歳で、ついこないだ冒険者になったばかりやのに……なんて言うたらええんやろ、達観しとるというか、老成しとる、みたいな? なんやギルマスや酒場の熊のおっちゃんと話してる様な感覚があるんや」
鋭い、さすがはヒーラーと言ったところか? 人の状態と言うか機微に聡いのだろうか。
「それって、俺が老けて見えるって事?」
「え、いや、ちゃうくて、見た目は若くて、カッコええし……て、ウ、ウチ何ゆうてんやろ。そうやなくてウチらくらいの冒険者で力持ってるやつは、イキってるって言うか……昼間のヴァルムートとの一件やって、普通やったら喧嘩や、酷い時は刃傷沙汰やで?」
つい口が滑ったのか、えらく慌てる瑠奈は誤魔化す為にか話題を変えようとする。
(慌てる瑠奈ちゃんもマジ可愛いな、真っ赤になって誤魔化してる。やっぱAランクのカリスマ冒険者パーティと言っても若い女の子達だ、年相応の反応をするか……って、その思考が老成じゃん俺! ガックシ)
「ヨシダはん、なんか疲れてへん?」
「そ、そんな事ないよ? それよりもマジで刃傷沙汰になるの? たったアレだけの煽りでそんな事になるの? スルースキル低すぎなんじゃ無いの?」
「そうはゆうてもなヨシダはん、冒険者は舐められたら終わりやで?」
「そっかー、俺、そう言うのあんまり気にしないタイプだから」
(内心で突っ込むのは別腹ですが、なにか?)
「ふふふ、なんかヨシダはんらしいわ」
俺のSTGスキルは、この世界の魔法や神聖術とは明らかに系統が違う。それを彼女は見抜いているのかもしれない。
「……まあ、俺の力は、ちょっと特殊でな。フレアや君が感じていた様に、魔力を介さずに行使出来る……どちらかと言うと、スキルに近い物だと思う……多分」
言葉を濁すしかない。まさか異世界転生特典で女神様にチートスキルを貰いましたなんて言える訳もなく。話せる範囲はトーマスさんに話した事と同じ程度だ。
「特殊な力……それは、その……ヨシダはんの出自に関係したりしはるんですか?」
まあ、そうなると思う。俺はこの世界とは別の世界から来て、いつの間にかこの国にいた事を瑠奈に話す。瑠奈はそれ以上詮索するでもなく、ただ静かに焚き火を見つめている。その沈黙が、逆に俺の緊張を高めた。
「……ヨシダはんが、どんな理由で違う世界から来たのか、どんな過去を持ってはるのか、ウチには分かりまへん……けど」
彼女はゆっくりと顔を上げ、真っ直ぐに俺の目を見た。
「フレアも、キャトリーヌも、鬼灯も……そしてウチも、ヨシダはんのこと、仲間やと思てます。ヨシダはんがウチらを信頼してくれてるように、ウチらヨシダはんを信頼しようと思います」
その言葉には、嘘偽りのない誠実さが込められていた。俺が勝手に疑心暗鬼になっていただけなのかもしれない。そうだ、彼女たちは俺の力を認め、仲間として受け入れてくれたじゃないか。
「瑠奈さん……」
「無理に話す必要はおまへん。けど、もし何か抱えてることがあって、それがしんどいんやったら……ウチで良かったら、いつでも聞きますよって」
そう言って、瑠奈はふわりと微笑んだ。その笑顔は、まるで夜闇を照らす月の女神のように優しく、俺の心の強張りを解きほぐしていくようだった。
「……ありがとう、瑠奈さん。その言葉だけで、十分だ」
俺は素直に感謝の言葉を口にした。今すぐ全てを話すことはできない。だが、いつか、この頼もしい仲間たちになら、打ち明けられる日が来るかもしれない。そんな気がした。
「ほな、そろそろウチと交代しましょうか。ヨシダはんはゆっくり休んで、明日に備えておくれやす」
「ああ、頼む。……それと、さっきの独り言、出来れば内緒にして欲しい」
最後にそう付け加えると。
「そやね、ウチとヨシダはんの二人だけの秘密やね」
瑠奈はペロリと舌を出して、おどけて見せる。その気遣いが、今は何よりもありがたかった。
俺は瑠奈に夜番を任せ、自分の寝床へと向かう。焚き火の暖かさと、瑠奈の言葉の温かさが、冷えた体にじんわりと染み渡っていくのを感じながら、深い眠りへと落ちていった。
明日からは、いよいよ廃坑の探索だ。どんな危険が待ち受けていようとも、この仲間たちとならきっと大丈夫だろう。そんな確信を胸に抱いて。




