第17話 おっさん、初めての夜番
「お疲れさんや、ヨシダはんよう頑張ったなあ、ひとまずは休んでおくれやす」
「ああ、ありがと。そんじゃ遠慮なく暫く休ませてもらうわ」
瑠奈の京言葉に似た柔らかな物腰に癒される。
「良く頑張ったな、ヨシダ。アンタのお陰でこっちは楽させてもらったよ」
「うむ、良く頑張った、干し肉を食え」
「ヨシダっち凄かったにゃー、『ラピッドファイヤー・エクストリーム』にゃー、これがシューティングマスターの戦い方にゃ(キリッ)」
フレアや鬼灯も今日の戦いを讃えてくれる。若干名俺の真似してドヤってる人も居ますけど。
何にしても、誰も負傷などせず無事に作戦の第二段階迄こなせたのは大変な成果だろう。
「さて、今日の作戦、シューティングマスター殿の活躍も有り、第二段階迄は大成功だと言って良い成果だと思う、明日からは廃坑へ移動後、中の探査任務が残っているが、一先ず今夜は英気を養い明日の任務に備えてくれ。では、解散!」
フレアが皆に労いの言葉を告げ、今日は解散の宣言をする。流石はカリスマ冒険者パーティのリーダーだ、カッコいいぜ。
「「「「おおーっ、お疲れー!」」」」
「おつかれさまーにゃー!」
フレアの解散宣言に、俺を含めたその場にいた冒険者たちがどっと安堵の声を上げ、三々五々今日の寝床の準備や、遅い食事の支度に取り掛かり始めた。空には既に一番星が瞬き始めており、昼間の激戦が嘘のように静かな夜が訪れようとしていた。
「さて、俺たちも何か腹に入れるか。鬼灯、さっきの干し肉、まだあるか?」
俺が言うと、鬼灯は黙って背嚢から大きな干し肉の塊を取り出し、無言で差し出してくる。
「サンキュ」
俺は短く例を言うと、早速ナイフを借りて塊から薄く削ぎ落とし齧り付く。醤油ベースの調味液につけた後乾燥させたのか、食感はかなりの硬さだが、味はスパイシーの中に和風のテイストが有りすこぶる好みの味だ。
「美味いなこれ、適度に脂が乗ってて、スパイシーな醤油ベースの味がサイコーだろ!」
俺の食レポに何故か鬼灯が干し肉の塊をもう一つ、無言で差し出す。その顔は嬉しそうで有り、得意げでも有った。まさか、これ鬼灯が作ったのか?マジで?
「しかし、本当に今日のヨシダは凄かったな。初の大規模戦闘で、あの活躍だもんな。見直したよ」
隠された鬼灯のスキルに驚愕していると、フレアが焚き火の準備をしながら、改めて感心したように言う。
「ほんま、最初はスタンピードやって聞いてたよって、どないなることかと思ったけど、ヨシダはんのおかげでウチらもだいぶ楽させてもろたわ。これは後でギルマスはんに、しっかり報告しとかなあかんな」
瑠奈も薬草らしきものを取り出しながら、うんうんと頷いている。彼女の手には、いつの間にか小さな薬研があり、何やら薬草をすり潰している。どうやら疲労回復薬でも作ってくれているようだ。本当にマメな子である。
「ヨシダっち、ヨシダっち、明日の廃坑探検でも『ラピッドファイヤー・エクストリーム』やるにゃ? やるにゃ? にゃーはもっと近くで見たいにゃ!」
キャトリーヌが俺の腕にじゃれつきながら、キラキラした目で見上げてくる。その尻尾は期待にぶんぶんと揺れていた。
「はは、あれは結構消耗するからな。それに、狭い坑道であんなのぶっ放したら、俺たちまで生き埋めだろ」
「むー、残念にゃ。でも、ヨシダっちがいれば百人力にゃ!」
そう言って、キャトリーヌは俺の肩にすり寄ってくる。何というか、スキンシップ過多でちょっとドキドキする。
キャトリーヌと戯れている間に、鬼灯が手際よく切り分けてくれた干し肉を皆で囲み、焚き火の温かさを感じながら、今日の戦いのこと、明日の任務のことなどをぽつりぽつりと話し合う。激戦の後とは思えないほど、穏やかな時間が流れていた。
第二ウェーブ以降、仲間たちの見事な連携を目の当たりにして感じた寂しさは、今はもうない。確かに俺は彼女たちのように剣を振るったり、魔法を緻密に編み上げたりはできない。だが、俺には俺の戦い方があり、それで仲間たちの役に立てたという確かな実感があった。そして何より、彼女たちが俺を「仲間」として、その力を信頼してくれているのが嬉しかった。
「……明日の廃坑、何が出てくるか分からないけど、気を抜かずにいくよ」
フレアが静かに、しかし力強く言った。その横顔は、リーダーとしての覚悟と、仲間への信頼に満ちているように見えた。
「おう!」
「了解にゃ!」
「うむ」
「承知したえ」
俺たちもそれぞれの言葉で応じる。
やがて食事も終わり、瑠奈特製の疲労回復薬を飲むと、心地よい疲労感が全身を包み込んできた。
「大変お疲れだが、今晩の夜番の順番を決めたいと思う。ヨシダは今日は休み無く大活躍だったので免除だ。残ったアタシらでくじ引きだ」
何やらワチャワチャ始めたと思ったら、夜番の順番決めか。
「なあ、俺も浅い時間なら大丈夫だから、夜番のやり方を教えといてくれよ」
このパーティで共にするならいつかはやる事だ、幸い今回は他のパーティも近くで野営してるし、経験を積むのにいい環境だ。そう思いフレアに提案してみる。
「ん? そうか、大活躍したシューティングマスター殿には休んで貰おうかと思ったが、そう言う事なら一番手はヨシダで行こうか」
その後は夜番のレクチャーを受けて、そのまま見張りにつく…………
明日からは、いよいよダンジョン化した廃坑の探索だ。どんな危険が待っているかは分からないが、この頼もしい仲間たちとなら、きっと乗り越えられるだろう。そんな確信にも似た思いを胸に、夜空を見上げる。そこには煌めく星たちが、巨大なパノラマを埋め尽くす。
…………
満天の星空、しんと静まり返る野営地、聴こえるのはパチパチと鳴る焚き火の音、微かに鳴く虫の声、時折響く獣の遠吠え……他の野営地の揺らめく炎と人影。
「俺の生きた40年、これ程充実した瞬間が有っただろうか?」
今日のことを思い出して、口をついて出た独り言。
勿論、シューティングゲームに捧げた人生に後悔はない……だけど、それは全て自己満足でしか無かった。
今日ほど、誰かの役に立ちたい、誰かを守りたい。そう願った事が有っただろうか?
今日ほど、自分の力を信じて欲しい、仲間として認めて欲しい。そう渇望した事が有っただろうか?
「女神様に感謝だな。一度は終わった人生だ、貰ったスキルをこのパーティの為に使うのも……」
悪くは無い……そう続けようと思った時、ガサゴソとテントから物音がした。聞かれてしまったか? 別にやましい事など無いのだが、出来れば、女神様の事は伏せておきたかったが……




