第14話 おっさん、スタンピードを迎え打つ
俺たちはブリーフィングを終えてすぐに馬車に乗り込み、作戦開始地点へと移動を開始する。スレイプニルと呼ばれる馬の魔物が牽引する馬車?は驚くほどのスピードで荒野を駆け抜ける。
足こそ4本と普通の馬と変わらないが、その体躯は北海道のばん馬の二回りは大きいだろうか、体高は優に2mを超え、その背に跨れば視界は3mの高さに迫る。その有り余る膂力と魔導具の馬具に支えられたスピードとスタミナは豪快の一言に尽きる。
「如何だヨシダ? スレイプニルの馬車の乗り心地は?」
御者台で手綱を握る鬼灯が短く問う。
「あー、思ったよりずっと快適だな。トーマスさんの馬車はガタゴト揺れて乗り心地は余り良くなかったけど、この馬車は荒地でこのスピードなのに、かなり快適なのな」
そう答えると、表情の変化に乏しい鬼灯だが、俺の答えにご満悦の様だ。キャトリーヌが言うには馬の世話や馬車のメンテは鬼灯が進んでやってるとか。「鬼灯は変わった鬼人にゃ、普通にゃら食べちゃってるにゃ。だけどそこが良いのにゃ」と言ったのを聞いて、昨晩のフードファイトの光景を思い出し妙に納得した。
実際、普通の馬車なら騒音で話もままならないだろう。だがフレアが言うには風防のエンチャントが施され、魔導具によるサスペンションも装備されているのだとか。高かったのでは無いか?と聞くと「アタシたちはコレでもAランク冒険者だ、金なら持ってる」と睨まれてしまった。
そうこうしていると作戦地点に到着した。俺にとっては初めての大規模作戦になる。気合いを入れなくちゃな。
「何だあれ? 変な狼煙? が数筋昇ってるけど?」
「あれはな、『魔取り線香』の煙やで」
若干青ざめた顔の瑠奈が横に立ち、俺の疑問に答えてくれる。馬車酔いを自力の回復魔法?で治した様だ。「大丈夫か?」と瑠奈に聞くと「ヨシダはんが鬼灯の馬と馬車褒めるさかい、鬼灯がいつもより張り切ったせいやで」と叱られてしまった。
「いや、でも線香にしては煙が太過ぎない? 」
「へ? 普通やろ? まさかヨシダはん中を見てへんの? あの線香は一本がウチの腕ぐらいの太さが有るんやで?」
瑠奈はそう言いなが、白衣の袖を捲り白く綺麗な腕を見せる。
(うおー、ぺろぺろしてぇ〜〜、いやちょっと待てヨシダ、折角好感度を上げてきたのに、此処でパーにするのか?…………いや、でも……ぺろぺろしてぇ〜)
「瑠奈、ヨシダ、おふざけはそこまでだ。そろそろ来るぞ」
フレアの言葉に現実に引き戻される。耳をすませば微かに地鳴りが聞こえる。途方も無い数の地鳴りが……
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渓谷の最も広い所で幅500m、俺達が陣取っている狭窄部で100m足らずの幅だ。横幅一杯に広がって迫り来る魔物の群れ、渓谷の上部に陣取った遠隔攻撃持ち達の射砲撃にも目に見えて数が減った様には見えない。
もう目視できるほどに迫る大群を前に、俺は有る行動に出る。
「フレア、少し相談が有るんだが」
「何だい? 魔物の大群がそこまで迫ってる今じゃ無いとダメなのかい?」
「そうだ、今だからこそだ。俺に少し時間をくれないか?」
「時間を……だって? 何する気なんだい?」
「いやなに、フレアや他の冒険者達に俺のスキルを知ってもらおうと思ってな。ギルマスには見せたが、フレア達を含めて他の者は見てないだろ?」
「え? ああ、それはそうだが、いま必要なのか?」
「ああ必要な事だ。皆んなも聞いてくれ、昨日今日ぽっと出の俺が、ギルマス命令で最前線に立っているのが不満な奴や、能力を訝しんでる奴も当然いるだろう。」
もうすぐ作戦開始だ、他のパーティ達も全員が集まってる今がチャンスだ。
「そこでだ、俺に60秒……いや30秒でいい、時間をくれ。手間は取らせない、魔物の群れが狭窄部に差し掛かってから30秒ほど俺が『面白い魔法』を使って魔物を迎え打つ。それを見て駄目だと思えば、指示通り作戦を開始してくれ。使えると思ったら俺に協力をしてくれないか?」
「ヨシダ、お前一人で迎え打つと言うのか? アタシらは信用出来ないのかい?」
「フレア、そうじゃ無い、寧ろ逆だ。俺の能力をアンタ達全員に見てもらって、信頼して欲しいんだ。使える奴だってね」
フレアの真剣な眼差しに、俺も真剣な眼差しで答える。
「ふう……分かった、30秒だね? 危ないと感じたら力尽くで止めるよ、それで良いかい?」
「ああ、了解だ」
フレアとのやり取りに、冒険者とは思えない風貌の男が突然横槍を入れてくる。
「おい、貴様ら、アチキを無視して何を盛り上がっておるか。貴族であるこのアチキ、ヴァルムート・フォン・スネア様を差し置いて、如何言う了見であるか」
高圧的な物言いで現れた、派手で目立つ装備の男。良くあるステレオタイプの嫌味な奴で、扱いが面倒臭そうだ。
「貴様が噂の新人であるか? 正直、皆が貴様の扱いに困っていた所である」
如何やらこのお貴族様は、俺の事が気に入らないご様子だ。
「ヴァルムート、アンタねえ、ギルマスの命令が聞けないのかい?」
「おやおや、アチキに意見するのは女だてらに冒険者をやっておるフレアどのであるか、その粗野な物言い、もう少し女らしくすれば側室の末席にでも加えてやるであるのに、おほほほほ」
「誰がアンタなんかと!」
「な、なんだと……全く、これだから下品な女は……ア、アチキは貴族の出だぞ!」
「……なあ、あのキモいのなんなの?」
フレアが知ってる様なので、そっと耳打ちする。
「ヴァルムート・フォン・スネア、男爵家の四男坊でお貴族様さ。何かにつけて貴族を笠に着てアタシ達に言い寄ってくる嫌味な奴さ」
(ヴァルムート? なんか何処かで聞いた様な……それよりも、フレアは相当フラストレーションが溜まってるな。見るからに嫌味な坊ちゃん風のキャラだし適当に相手しとくか)
「あー、ヴァルムートさん」
「ああ? "様"をつけろよ、庶民風情が!」
(言葉遣いが乱れていますよヴァルムートさま。と言うか、マジめんどくせーなコイツ、もーいいや)
「はいはい、ではヴァルムートさま、私めの提案にご賛同頂け無いと、そう仰る訳で御座いますね」
「誰もその様な事は言うておるまい。勝手に決めるなと申しておる。大体、貴様が如何様なマジックを使ってギルマスに取り行ったのかは知らんが、化けの皮が剥がれる前に逃げ出すのが得策では無いのか?」
ヴァルムートは、ふふんと鼻を鳴らし蔑む様な目で此方を見る。
(あーめんどくせ、コイツの相手はマジ疲れるは)
「では、ヴァルムートさま、改めまして、私目に30秒の時間を頂きたく存じます」
「うむ、分かっておるではないか、初めからそうして居ればよいのだか。あいわかった、貴様の無様を思う存分晒して来るが良い」
(……めんっっっっど、くっっっせ〜〜〜〜〜〜、はあ)
取り敢えず面倒臭い奴らの相手は切り上げ、狭窄部から約75mほどの所へ陣取る。此処からなら遠過ぎず、近過ぎず思う存分連射出来そうだ。
……
…………
「集中しろ……」
目を瞑り、自分に言い聞かせる。集中力が増すほどに脳内に蘇る……UMIHA UM1512 FM音源のサウンドが。
「ネメディウスII……ステージ1……Burning・Fire…………」
FM音源の奏でる艶やかなブラスのイントロ、五機の編隊が見える……イントロが終わり、一瞬のブレイク、ディストーションの効いたギターサウンドと共に、ドラムとベースがリズムを加速する。
「此処だ!」
俺はカッ!と目を見開き、眼前に迫る魔物の大群を見据える。脳内で再生されるネメディウスIIのサウンドに乗り、アケコン操作で迎え打つは雪崩を打った大群だ。
「相手にとって不足はねぇ!やってやんぜ!」




