第13話 おっさん、大規模作戦と二日酔いの朝
「う〜ん……ん、太陽が黄色いぜ」
昨夜の宴や、フレアとのアレコレ(意味深)で、頭がズキズキと痛み、久々(引き篭もる前の大学時代のコンパ以来)の酷い二日酔いだが、何処か他人事の様に感じた朝。
「こんな状態で、今日の作戦行動に支障は無いのかよ……」
酒場の床に転がってる二日酔いの屍どもを眺めながら、余計な心配をしていると、後ろから特徴の有る喋り方で朝の挨拶を告げられる。
「お早うさん、ヨシダはん昨日はたいへんやったなぁ。まさかウチもアレを出すやなんて、思わへんかったし」
『竜ころし』、フレア達『余燼の光の騎士団』にとって因縁の酒、竜を殺す酒では無く、竜を殺す為の酒、その決意を象徴する名前だと昨晩フレアから聞いている。
「へぇ〜、新歓恒例とか言ってた様だけど? 普段は出さないのか?」
「まあ、ウチらのパーティでは人員の募集自体が、あまりおまへんよって、出さへんかな」
瑠奈はそう言うと、何やら薬草を取り出してすり鉢でゴリゴリとやり始めた。どうやら二日酔いに効く薬でも作ってくれるらしい。ありがたい事だ。
「……通りで、新歓の宴に出たがらないわけだ」
フレア、キャトリーヌ、鬼灯と酒癖の悪そうなメンツを抱えてて、その手慣れた動作を見るに、毎度毎度のルーチンワークで苦労が忍ばれる。
「……それよりもヨシダはん、フレアのこと、よろしく頼みますえ」
「え? フレアのこと……って、どういう?」
唐突な言葉に俺が戸惑っていると、瑠奈は手を止めずに、静かな、しかしどこか切実な響きを帯びた声で続ける。
「あの子、ああ見えて色々背負いすぎてるさかい。リーダーやからって、何でも一人で抱え込もうとする癖がおます。ヨシダはんが来てくれて、少しは風向きが変わるかもしれん、てウチは期待してるんよ」
昨夜のフレアの言葉が脳裏に蘇る。故郷を失った絶望、仲間を失った悲しみ、そして、それでも前を向こうとする鋼のような意志。彼女の肩にかかる重圧は、俺の想像をはるかに超えるものだろう。
「……俺に何ができるか分からないけど」
正直な気持ちだった。Aランクパーティのリーダーである彼女に、Fランク(暫定Cランクだが)の俺が何をできるというのか。
「あんさんが側にいて、話を聞いてあげるだけでも違うかもしれまへん。フレアも、たまには誰かに頼りたい時もおますやろ」
瑠奈はそう言うと、すり終えた薬草に水を加えた後、入れ物を両手で包む様にし何やら呪文?を唱え始める。おそらく魔力だろう淡い光を発した両手をかざす事数秒。
「はい、ウチ特製の二日酔い覚ましやで」
そう言いながら、謎のドリンクを俺に差し出した。
「ほれ、これ飲んでシャキッとしなはれ。今日の作戦、寝ぼけてたら……死ぬで」
フレアが言ってた通り瑠奈にも何か有ったのだろう。厳しい現実をそのままズバリと口にする、その瞳は優しく、だけどほんの僅かに悔恨が見えた様な気がした。
差し出された薬を一気に飲み干すと、苦味と共にスーッとした清涼感が喉を通り過ぎ、あれだけ酷かった頭痛や眠気も消え去る。此れがヒーラーの……瑠奈の力か。
「瑠奈さん、凄い、体調が完全に良くなった。此れが回復魔法?」
「どういたしまして。ウチの国では祝詞と言いますんや。ま、これぐらいは出来んと回復役としては失格やで? ほな、ウチは他の子ら叩き起こしてきますわ。特にキャトリーヌはほっといたら昼まで寝てますよって」
そう言って瑠奈が部屋を出て行った暫く後、入れ替わるように、まだ眠そうな目をこすりながらキャトリーヌがゾンビの様にふらふらと入ってきた。
「にゃ~……ヨシダっち、おはよーにゃ……ここはどこにゃ?……う、頭痛が痛いにゃ……瑠奈~、お水ちょうだいにゃ~……」
キャトリーヌはそれだけ言って瑠奈を探して部屋を出ていく。床に転がる屍どもも、ムクリ、また一人ムクリと起き出してきた。皆もそろそろ活動を開始する時間だ。
(さて、俺も準備しないとな)
瑠奈の言葉を胸に、俺は今日の作戦に向けて気持ちを切り替える。フレアのために何ができるかは分からない。だが、少なくとも足手まといにだけはならないように、そして、できることなら彼女たちの力になれるように。
窓の外からは、街の喧騒が聞こえ始めていた。ギルド前に集合し、ブリーフィング、そして部隊編成の後、いよいよ作戦開始だ。
異世界初の大規模クエスト。何が起こるか分からない、ガチで命を掛けた作戦に不安がないと言えば嘘になるが、今はそれ以上に、新たな仲間たちの力になりたい、共に戦いたいと思うと不思議な高揚感があった。
「よしっ!」
決意も新たに気合を入れていると、外からフレアが入ってくる。
「おや、やっと起きたか。……その、なんだ、昨夜は悪かったな、ヨシダ」
なんだか顔が赤い、まだ酔ってるのか? それとも昨夜の自分語りが、今になって恥ずかしくなったか? まあシラフじゃ中々言えないか。
「何の事だか分からんが、大丈夫だから気にすんな」
俺がそう言って軽く肩をすくめると、フレアは一瞬ムッとしたような顔をしたが、すぐにいつものニカッとした笑顔に戻った。
「ふん、まあいいさ。それより、そろそろギルドに戻る時間だが、他の連中は何処にいるんだい?」
「瑠奈は二日酔い覚しを作ってくれて、その後皆を起こすって中に入っていった。キャトリーヌはゾンビみたいにフラフラしてたのを見たかな? 鬼灯は……見てないな、何処だ?」
「私は、ここだ」
遥か上空から聞こえるハスキーボイス、と言うか、俺の後ろにいつの間にか現れていた。
「フレア、腹減った、肉食って来る」
(オイイイイイ? 昨日あんだけ流し込んでたよね? 給仕のおねーさん、てんてこ舞いにしてたよね? しかも朝っぱらから肉とかハイオク仕様かよ? 全くどんだけ燃費悪いんだよ、俺が昔乗ってたガンエボ(イタ車仕様)より悪くね?)
「分かった分かった、ブリーフィング迄あまり無いんだ、手早く済ませろよ」
「うむ、手早く済ませる」
(あ〜、そこ、分かっちゃうんだ……まあ、腹が減っては戦はできぬって言うし、ま、いっか)
「ほら、キャトリーヌもしゃんとしいや、しゃんと」
「う〜、る〜な〜あたまが頭痛にゃ〜、お水ほしーにゃ〜」
(って、こっちはこっちで、まだうーにゃーやってるし……ダメだこりゃ!)
朝からいきなりグダグダで焦ったが、フレアと瑠奈の尽力?で何とか立て直し、ギルドへと向かう。
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ホールの壁際に配された演壇にギルドマスターのハルクが立っており、その隣には受付嬢のミリアさんが何かの資料を手に控えている。
「全員集まったようだな、野郎共!」
「「「「「「「「「「オウ!」」」」」」」」」」
ギルドマスターの、ホール全体に響き渡るような声に、冒険者たち全員の野太い声がシンクロする。士気も高く皆精悍な顔つきでギルドマスターに視線を集める。
「昨日伝えた通り、本日、旧ミスリル廃坑におけるモンスター異常発生の鎮圧、及び原因究明作戦を決行する! 各部隊のリーダーは揃っているな? 状況報告及び最終確認を行う」
ギルドマスターがそう言うと、フレアを含む数人の冒険者が一歩前に出る。彼らが今回の作戦における各部隊のリーダーなのだろう。皆、一様に険しい表情をしている。
「まずは状況報告から、今朝方入った最新の報告によると、廃坑内部からの魔素濃度が昨夜から急激に上昇している。これは、廃坑の『ダンジョン化』が我々の予想よりも遥かに早い速度で進行し、恐らくは完了していると予想される」
(ダンジョン化の速度が速い…ってことは、モンスターの数が更に多くなってる可能性があるのか? ヤバいな…)
「監視をしていた職員の見立てでは、持って今日の昼までで、スタンピードが発生するだろうとの予想だ」
その言葉に、ホールに集まった冒険者たちの間にどよめきが広がる。
「既に溢れ始めている程の魔物の巣窟に突入するのは自殺行為だ。よって作戦内容に変更はない。第一段階の『誘き出し』で廃坑より魔物を誘引後、予定通り第二段階の渓谷の狭窄部で待機し廃坑からの魔物を殲滅。そして、魔物の殲滅後、精鋭部隊が直接廃坑内部へ突入。ダンジョン化を進行させている『核』を探索し、これを破壊する!」
ギルドマスターの言葉に、さらに大きなざわめきが起こる。既にダンジョン化は完了し、今日の昼まで持たないとの事だ。
(これから移動してて間に合うのか?渓谷の狭窄部に到達するまでにかち合うとか無いだろな?)
「既に魔物は溢れ出しつつあり時間との勝負だ、此処からは貴様らの決断の早さと、行動の速さが命運を別ける」
ギルマスも後手に周り始めてるのを感じてるのか、迅速さを強調して檄を飛ばす。
「先ずは第一段階の要、モンスター誘引部隊前へ」
冒険者ランクD、Cの若手中心の部隊が前に出る。皆緊張に青い顔をしているが、スタンピードは待っちゃくれない。
「貴様らには、重要な任務を担ってもらう。ノノリア例のものを此処へ」
指名されたノノリアさんは、厳重に封印されている筒の様なものを冒険者達の前に置き、ミリアさんが各班のリーダーに設置場所と分量の書かれた書類を渡す。
「この魔道具は『魔取り線香』と言って、魔物を強力に誘引する煙を放つ魔道具だ。それと設置場所と、場所毎の分量を書いた紙を渡す。キサマらが今回の作戦行動の成否を決めると言っても過言では無い、忘れるなよ? では、誘引部隊出動!!」
「「「「「お、おう、」」」」」
若干の恐れと緊張が入り混じった、だが覇気が感じられる声を上げて誘引部隊は作戦行動を開始する為、ホールを出ていく。
成程、若手や低ランク冒険者に大規模作戦を経験させ、場の空気や責任感、そして成功体験を与える事によって自信を付けさせる訳か……やるな筋肉ゴリラ。
「では続いて…………」
………………
…………
……
様々な部隊に作戦内容と指示を出すギルドマスター、いよいよ我らが『余燼の光の騎士団』の出番だ。
「最後に、廃坑内部へ突入する精鋭部隊の指揮は、『余燼の光の騎士団』リーダー、フレアに任せる! そして、この部隊に、昨日紹介した新人、ヨシダを加える!」
ギルドマスターが俺の方を指差すと、周囲の冒険者たちから好奇と、若干の不審が入り混じった視線が突き刺さる。Aランクパーティに、昨日登録したばかりのFランク(暫定Cランクだが)が加わるのだから、無理もない反応だろう。
「ヨシダの実力はワシが保証する。異論は認めん。フレア、お前たちのパーティの火力支援として、存分にこいつを活用しろ。いいな?」
「了解した、ギルマス。ヨシダ、アンタの『面白い魔法』期待してるぜ?」
フレアがニヤリと俺を見て言う。その瞳には、昨夜に見せた弱さは微塵もなく、頼もしいリーダーの顔に戻っていた。
「おう! 任せとけ!」
俺は緊張しながらも、力強く答える。
ギルドマスターは満足そうに頷くと、再び全体に向き直った。
「誘引部隊を除く各部隊は、これより最終準備に取り掛かれ! 出立は一時間後! 解散!」
その号令と共に、冒険者たちは一斉に動き出し、武具の点検や作戦の再確認など、最後の準備に取り掛かる。ホールは再び喧騒に包まれた。
俺たち『余燼の光の騎士団』のメンバーも、フレアを中心に集まり、最終的な打ち合わせを始める。
いよいよ、この異世界での最初の本格的な戦いが始まろうとしていた。




