表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/3

1

はじめまして。

拙いですがどうぞよろしくお願いします。


フレイヤは王城の長い廊下を必死に走っていた。

3年ぶりの外出、しかもほぼ部屋に閉じ込められていた体は悲鳴をあげているが、今この足を止めればもう二度と外を歩くこともできなくなるだろう。

息をするたびに痛む肺、きりきりと痛む横腹、靴擦れで痛む足。体中のすべての痛みすら今のフレイヤには己への鼓舞だと思えた。


「早く、もっと早く…!」


この廊下を渡って階段をおり裏から外に出れば味方が手引きしてくれたらしい馬車が待っている。

あの地獄の日々から抜け出すための、唯一で最後の手段が。





---


話は3年前に遡る。

フレイヤはカエラム家の年頃の伯爵令嬢だった。

清楚な装いと派手ではないが整った容姿、優しくおとなしい性格で評判も悪くなく魔法は不得意ではあるが刺繍は誰よりも得意だった。

そのため何人かの貴族の嫡男から婚約打診の話が来ていたが、幸運にも親友の弟で初恋の相手であるグレイ伯爵家の嫡男、エリオットとの話が決まりそうになったところで、彼女にとっての地獄が幕を開ける。


たまたま親友のミラと行ったオペラの帰り道で、マーレイ公爵家の当主、ヘンリーに見初められてしまったのだ。


はたから見ればそれはまるでシンデレラストーリーのような話だが、現実はそうではなかった。

美しい容姿と公爵家当主としての才覚、そして魔法使いほどではないものの魔法騎士としての実力を充分に持つ彼は、彼女の意思を無視して決まりかけていた伯爵家との婚約話をつぶし、ほぼ脅迫に近い求婚状を伯爵家に送り付けてきた。

拒めばどうなるかわかっているだろう?そういわんばかりのそれをみてフレイヤは恐ろしくて一晩泣いた。

けれど、家族や領地の民の生活、そして親友の家とその婚約者の地位まで脅かされたら彼女に選択肢は存在しなかった。

翌日泣きはらした目で婚約を受け入れると言ったフレイヤに父と兄は守れずにすまないと拳から血を流しながら謝り、母とメイドたちは泣き崩れた。そして彼女への仕打ちに憤る親友のエラと婚約者になるはずだったエリオットはグレイ伯爵家の名を使って講義の声をあげようとしたが相手は公爵家、王家に届く前に握りつぶされた。

恐ろしくて仕方がなかったが、フレイヤは愛する人たちのために恐怖を受け入れ、そして公爵家に赴いた。


「強引に話をすすめてすまなかった。けれど君がほかの男と婚姻すると聞いて居ても立っても居られなくなってしまったんだ」

許してくれ、と馬車をおりるフレイヤの手をとり口付ける。

馬車のなかで震えていたフレイヤが呆気にとられてしまうほど、紳士的でヘンリーは優しかった。

その後もヘンリーはそれは大事に、そして優しくフレイヤを扱った。

彼はただ不器用なだけで本当は優しい人なのかもしれない。ほんの少し、そうほだされてしまうほどに

最初の一週間だけは平和だった。まるでお姫様のように大事にされ、優しくされた。

けれど二週間がたち、だんだんと違和感を持ち始める。

手紙の返事がまったくこないのだ。

何通も手紙を送った。両親に、兄に、親友に。私はなんとかやっていけそうだと。

けれど一通も返ってこないし、両家で行うはずの結婚式の打ち合わせすらない。

「ヘンリー様、あの…両親と連絡を取りたいのですが…婚礼の打ち合わせもまだですし」

1カ月が経ったころ、フレイヤは恐る恐るヘンリーに尋ねた。

彼はこの1カ月ずっと優しかった。だからきっといそがしいとかそんな理由だろう。

そうであってほしい。

「ああ、その必要はないよ。もう婚姻届けはだしているからね。」

けれどヘンリーはなんてことないように微笑んだ。血の気が引く、という感覚をまた味わうことになった。

「君はもうここから出る必要はないよ。誰にも会う必要もない。私がいるんだ、問題ないだろう?

ああ…でもドレスは着たいか。うん、それは準備するよ。楽しみだ」

二人きりで神に愛を誓おう。そう微笑むヘンリーの瞳は暗く淀んでいた。


それから、彼女も最初は必死にあらがった。部屋のものを壊したり、食事を拒んだり、脱走しようとしたり、自傷行為を行いすらした。

しかしヘンリーはそのたびに使用人を彼女の目のまえで罰した。

ヘンリーは恐ろしかったが公爵家の使用人たちはフレイヤに同情的で優しかった。

そんな彼らも人質にされては彼女にできることは部屋に閉じこもり、ヘンリーの帰りを息を殺して待つことだけだった。

幸いにもヘンリーは彼女が食事をし、そして部屋の中にとじこもって外部と接触しなければ満足なようだった。性的な接触を拒絶されてもにこやかに微笑んでフレイヤのそばで微笑んでいる。

彼は自分だけの生きたお人形が欲しかったのだ、ならばもうそうなるしかない。フレイヤはその日から心を殺した。

そんなおぞましい生活を3年ほど過ごしていたある日、転機が訪れる。

使用人たちが結託し、彼女の生家と連絡を取り合いながら王家の力を借りて強制的に公爵家を王家主催の舞踏会に参加させることができたのだ。

一番仲良くしていたメイドのアンは他の使用人の力を借り、ヘンリーがいない隙に部屋に忍び込みフレイヤを説得した。


「でも、もし失敗したらまたあなたたちがひどい目に合うわ…」

「大丈夫です!セバスチャン様もパーティにはでないとまずいとヘンリー様を説得してくださっています。今しかないのです!」


アンは以前、フレイヤが自傷行為を行った責任を背負わされ何度も鞭で背中をうたれた。きっと今でも背中に傷跡は残っているだろう。彼女に鞭をふるったのは庭師で彼女の恋人だった。けれど拒めばアンを処刑すると言われればいうことを聞くしかない。彼が涙を流しながら鞭をふるうのをフレイヤは目の前でみていた。

もうやめて、もうなにもしないから。そうヘンリーに縋り付き泣いて許しを請うていなければ今頃アンは殺されていただろう。

ヘンリーは恐ろしく残虐で、使用人から恐れられていた。けれど逆らうこともやめることも許されない。逆らえば鞭で打たれ、辞めればその日のうちに家族を殺すか自死を選べと迫られるからだ。


「…奥様、これは奥様だけのためにするわけではありません。」


アンはカサカサになってしまった手でフレイヤの手を包む。その手は子爵家の令嬢だった彼女が平民のメイドのような仕事をするようになった証だ。

けれどアンは煌めいた瞳でフレイヤをしっかりを見つめる。


「公爵家はもともとこんな場所ではありませんでした。毎日穏やかで平和で、お仕えできて本当に幸せでした。

でも奥様がここに嫁がれる1年前…先代の旦那様と奥様、それに家令のトーマス様やメイド長のメリッサ様たちが事故で一気に亡くなって…ヘンリー様がこの家をお継ぎになられてから、おかしくなっていきました。」


ヘンリーが手を回したのか、そうでないかはフレイヤにはわからない。けれどヘンリーが公爵家を支配しはじめたころにはもう彼に口をだせるものはいなくなっていた。


「私たち、もうすっかり諦めてしまっていました。怖くても、お給料もよくてヘンリー様に逆らわなければいきていけるって。でも…あの日奥様がなにもかも諦めてしまったのは私たちのためでした。」

「そんな、むしろ私のせいであなたたちは…」

「いいえ…これは罰です。ヘンリー様に意見して消されてしまった同僚を見捨てた私たちへの。

でも…もうこんなのは嫌です。私たち、声をあげなくちゃ」


その手をつかんだままリボンを手渡され、涙が零れ落ちた。

親友のミラとお揃いで購入し、フレイヤが刺繍した赤いリボン。フレイヤのリボンは取り上げられ暖炉に放り込まれ灰になってしまった。


「奥様のご家族とグレイ伯爵家さまは奥様…フレイヤ様をあきらめていません。私たちもあきらめたくありません。

ですからどうかフレイヤ様、もう一度だけどうか…勇気をだしてくださいませんか?」


私たちの未来のために。

フレイヤは殺していた感情が胸の奥から少しずつ湧き出てくるのを感じた。

アンの手を握り返し、強く強く頷いた。




---


そして今日、彼女たちにとって最大の賭けがはじまった。

最初の計画では家族と再会したときにそのまま家族がフレイヤを引き取る手筈だった。

しかしヘンリーはカエラム家とグレイ家がこの舞踏会にこれないよう、卑劣にも山賊たちに領地を襲わせ混乱させ、領地から動けないようにしていた。

けれどそれは予想の範囲内だった。だからこそ彼らは王家に協力を仰いだのだ。

計画通り、フレイヤはまるでヘンリーのそばにいるのが世界で一番幸せだ、私は世界で一番のしあわせものだ。そういわんばかりの演技をした。

だれかが声をかけてくるたびに、旦那様はいつも私を大事にしてくださるのです。旦那様しか見えておりません。そんなウソを並びたてた。ここまで平気でうそをついたのは初めてだったがフレイヤは命がけでそれを演じた。

ヘンリーはそんな彼女をみてガラス玉のような目で見て微笑み警戒した。肩におかれる手の強さがそれを物語っている。早くこの場を立ち去りたいだろうが周りは3年ぶりにみる公爵夫人に興味津々でそれを許さない。体調不良という理由で連れ去るにはフレイヤの恋する乙女の演技はあまりもの完璧だった。

そしてそんなことは知る由もない周りはそれを夫婦仲が良いからだと認識し、お熱いことねと盛り上がる。

この盛り上がりが彼女の目的だった。


「あら!ヘンリー、あなたやっと奥様をつれてきたのね!」

「オーブリー姫…」

「あたくし、貴方たちのなれそめが聞きたいわ!奥様を貸してちょうだい!いいでしょう?」


オーブリー姫。かわいらしい容姿をもち、恋の話がだいすきな14歳のわがままなお姫様。

第二王女であり、王位継承が上の彼女には公爵家のヘンリーでもそう簡単には逆らえない。

姫は強引にフレイヤの手をひき、奥の間につれていこうとする。


「お待ちください、私の妻を勝手に連れて行かないでいただきたい。」

「うるさいわねえ…あたくしは彼女とお話したいの!ちょっとくらいいでしょう?

それにあなたはお父様がお呼びよ!

殿方のつまらない話にあたくしたちをまきこまないでちょうだい!」


ほら、さっさとつれていって!そういうと扇で追い払うそぶりをし、騎士を割り込ませそのすきにフレイヤを連れ出す。

周りの貴族たちはお熱い夫婦とわがままでかわいい姫が起こした一幕を微笑ましそうにみているため、ヘンリーは昏い瞳でそれを一旦見送るしかなかった。

そして奥の間にはいり、カーテンの陰になったところでオーブリーは指で支持をだしてフレイヤと同じシルエットの女性を呼び寄せる。

そこにいたのは親友のミラだった。彼女は涙をうかべフレイヤをみつめ、けれど気丈に微笑んだ。3年ぶりに見ることができた、フレイヤの大好きな親友の笑顔だった。

ここにいるのにどれだけの苦労と心配をかけたのだろうか、そう思うとフレイヤはその場で彼女をだきしめたくてしかたなかったがミラが大丈夫よ、と唇だけ動かしたのをみてその衝動に耐えた。今は再開を喜んで泣いている場合ではないのだ。

オーブリーはやさしくフレイヤの背中を摩ると小声のまま従者たちに指示をだす。そこにわがまま姫などど揶揄される姿などなく、聡明で優しい第二王女はフレイヤに向き直る。


「ゆっくりお話しさせてあげたいけれど、今は時間がないわ。あの男、どうせすぐこっちにくるだろうから。このままこの奥の廊下を通って魔時計があるところまで行きなさい。

ミカエル…ヴィンセント侯爵家の跡取りよ、顔はみたことあるでしょう?彼が待っているから。

そこから裏庭へでれば手配した馬車があるわ。」

「オーブリー様…ありがとうございます…!」

「あなたの婚約者になるはずだった殿方、ミカエルのお友達なんだもの。彼の頼みなら仕方なくってよ。それに恋多きわがまま姫なんて悪い異名、せっかく持っているんですもの。使わなければ損でしょう?」


さあ、早く行って!そう背中をおされてフレイヤは案内のもと走り出す。

すれ違いざまにミラと手を重ね合わせすぐに走る。一秒たりとも立ち止まってはいけない。

何年も外にでていない彼女の足は何度ももつれそうになったが大事な人の顔が浮かんではそれをなんとか踏みとどまらせた。


そうして長い廊下を走り切り、ようやく彼女は魔時計とよばれる古い置時計の前までたどり着いた。

血を吐きそうなくらい痛い胸を抑え、約束の人物を探すためあたりを見渡すが酸素不足で視界がゆがむ。

ふらついて思わず古く大きな時計にぶつかってしまった。

見上げると動かない針がじっと12時のところで止まっている。


この魔時計はこの国が設立当時からある、始祖の魔女がおまじないをかけた時計といわれていた。

フレイヤは魔法が得意ではないため基礎しか学んでいない。そのため詳しくは知らないが、この時計に触れ強く願ったものに危機が迫ったとき一度だけ時間が巻き戻り選択肢を与えるのだという。

彼女は自分でも無意識にその時計に触れていた。


「フレイヤ嬢、こっちだ!」


はっとして周りをみると、淡い金色の髪をした青年が階段下で手をあげるのが見えた。

学年が違うため接点はないが婚約者になるはずだったエリオットの友人だったこともあり何度かパーティで見たことがある。

昔みたときより背が伸び、精悍な顔立ちになっているが間違いなく彼がヴィンセント公爵家のミカエルだとわかった。


「早く!急いで!」

「はい…!」


震える足を叱咤して階段を降りようとしたその時、


「動くな、フレイヤ」


彼女にとっての最大の恐怖が背後から聞こえ、足が地面に縫い留めらる。

そこには血が滴る剣をもったヘンリーがいた。

一体誰の血なのか。フレイヤは思い当たり人物を思い出しては吐き気がした。

ヘンリーは階段下のミカエルをにらみつけ、ゆっくりとフレイヤに近づく。


「…そこの男と駆け落ちしようとしたのか?グレイ家の跡取りのことが好きなのかと思ったら…だまされたよ。」


階段を駆け下りようにも、恐怖で足が動かない。

魔法を使ったのであろうミカエルが瞬く間に階段を駆け上がり、フレイヤの腕を引いた。

フレイヤを背にかばい、ミカエルはヘンリーへ剣を向ける。


「貴殿は恥ずかしくないのか?妻を恐怖で縛り付け、家族にも会わせない。

使用人が諫めればその使用人を斬り殺す…もう証拠はそろっているんだ。あきらめろ。」

「彼女は私のものだ。私だけのものだ。そうだろう、フレイヤ。君は誓ったはずだ。

あの日、あの夜、泣き叫んで私に跪いただろう?私のものになると」


アンが目の前で甚振られたあの日、フレイヤはすべてのプライドを投げ捨て懇願した。

もうやめて、逆らわない、貴方のものになるから。

そのときのことを思い出して吐き気がこみ上げる。


「フレイヤ、帰ろう。わかっているだろう?そこの男では私には勝てないと。」


そう、知っている。ヘンリーは恐ろしく強い騎士だ。

しかしミカエルのことをほとんど知らない。優秀であることは知っているが、それ以上にエリオットの友人である彼を巻き込むわけにはいかない。


けれどもう、うんざりだった。


「…そうね。もういいわ」

「フレイヤ嬢、だめだ!」


ミカエルが振り向く。けれどその手を押しのけ横に出た。

微笑んで手を伸ばすヘンリーを一瞥し、一言。


「でも、あなたのものには一生ならない。」


そして真後ろへそのまま落ちていく。この高さなら助からない。

それにヘンリーの魔法は攻撃しかできない。おちていくフレイヤは救えない。

彼の驚愕のまなざしを見ることもなく、フレイヤは安らかに目を閉じた。


ごめんなさい、みんな。でももう、疲れてしまった。


けれど後頭部に地面にたたきつける感触ではなく、だれかの手が包まれる感触がして目をあける。

ミカエルだった。

ミカエルは衝撃にたえるようフレイヤを強くだきしめる。

突きとばそうとも力ではかなわない。


巻き込みたくなかったのに

もう、がんばりたくないのに。

どうして。


零れ落ちる涙を見上げると、古時計が光ったのがみえて視界が真っ白になる。

ああ、始祖の魔女様。どうか彼だけは助けてください。

そう強く願い、フレイヤはそのまま意識を失った。








続きは明日

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ