婚約破棄には明かされない真の理由があった
婚約とは結婚の約束のことである。
本来絶対に果たされるべきものであるが、種々の理由で想定通りにいかぬ場合もある。
ベラトモイ王国第六代エイヴリー王の長子ガードナーとジェシカ・ロードハルト侯爵令嬢の婚約もそうであった。
ガードナーは偉丈夫でベラトモイ王国の王太子であった。
ジェシカもまた賢き淑女として知られていた。
二人は相思相愛であり、またロードハルト侯爵家とベラトモイ王家の関係が良好であることは、王国の安定に寄与すると思われていた。
ガードナーとジェシカの婚約に障害などなかった。
婚約成立の時点では。
しかし二年後、ガードナーはジェシカとの婚約を破棄した。
かつ、それを責としてガードナーは王太子を廃され、平民に落とされた。
カリスマ性のあったガードナーは、ベラトモイ王国に大いなる繁栄をもたらすと考えられていたから、この転落は王国と人民において痛恨事であった。
ガードナーが穏当な婚約の解消ではなく破棄を選んだのは、ジェシカを愛していたからだ。
全部自分が悪いことにすれば、ジェシカの傷が小さくなると考えた。
ジェシカの幸せを願っていたから。
しかしジェシカもまたガードナーのせいばかりにはしなかった。
何故ならガードナーを愛していたから。
ロードハルト侯爵家から籍を抜き、平民ガードナーを追ったのだった。
後世の者はこの婚約破棄に疑問を感じるだろう。
何故ガードナーはジェシカとの婚約を破棄したのか?
何故ジェシカは婚約を破棄されながら、ガードナーを追ったのか?
当時でもガードナーの浮気な気まぐれと思われていて、真の事情は明らかにされていなかった。
いや、真の事情は隠されており、逆に婚約破棄を理由として廃太子と追放にされたくらいだ。
実際には廃太子と追放の理由を作るために、ジェシカとの婚約を破棄したというのが正しい。
どういうことか?
あえて理由を探すなら、ガードナーにカリスマがあり過ぎたから、ということになるだろうか?
ガードナーは結婚の神に横恋慕されてしまったのだ。
そして結婚の神はガードナーに愛されるジェシカに嫉妬し、ジェシカとの結婚を禁じた。
ガードナーはジェシカを愛していたから、ジェシカ以外との結婚を拒んだ。
エイヴリー王は困った。
ガードナーの一途さも頑固さも知っていたから。
かといって王統の継続を考えぬわけにもいかなかった王は、やむなくガードナーを王太子から外さざるを得なかったのだ。
しかし国民の人気も期待も高かったガードナーを廃嫡するには、よほどの理由がなければならなかった。
ジェシカとの婚約破棄を理由にするのが一番いいと考えられた。
ガードナーとジェシカの結婚は神に否定されたのだから。
ガードナーもまた、ジェシカの未来を閉ざさないために承知した。
ジェシカは聞き入れなかったが。
かくしてガードナーは廃嫡の上、平民落ちとなった。
新たなる王太子バートラムに支持を一本化するためには必要な方策だった。
また神の罪を問うわけにいかなかったため、詳細は伏せられた。
これでガードナーは歴史から消え去る……はずだった。
実際には天界にて結婚の神の行為が大問題になっていた。
下界への干渉は制限されていたからだ。
厳密に言えば結婚の禁止は結婚の神の職責の一つであり、過干渉とは言えなかった。
しかし影響が大き過ぎるのではないか?
私利私欲でガードナーを没落させたこと、ベラトモイ王国の繁栄の未来を消したこと。
天界の規則では、結婚の神の行いを罰することはできない。
しかしガードナーの人生を破壊したことを放置しては、下界の者の神に対する信仰心が失われてしまうかも知れなかった。
天界は動いた。
結婚の神による、ガードナーとジェシカの結婚禁止は撤回された。
しかし時を戻すことはできない。
ガードナーがベラトモイ王国に帰る道筋はなかった。
ただすべてが失われたわけではなかった。
不服も言わずベラトモイを去ったガードナーの潔さと、彼を慕って追ったジェシカの純情に感銘を覚えた神が幾人もいたからだ。
彼らはガードナーとジェシカに加護を付与した。
神の加護とはよく知られているように、稀な恩恵だ。
加護を得たものは、下界の者たる人間には本来叶わぬ異能を発揮できるようになる。
ガードナーとジェシカの人生は変わる。
当時、地理的な世界の中心は魔境で、どこの国の領土でもなかった。
二人は広義の魔境地域にある、小さな開拓民の集落に腰を落ち着けた。
どこの国にも属してなかったため、各国の騒動に巻き込まれないだろうと思われたからだ。
開拓民集落の人々は貧しかったが、二人の素性の詮索をせず、温かく受け入れた。
二人もまた神から授かった加護を惜しみなく使用し、集落に安全と平穏をもたらした。
そして集落の急速な発展が始まる。
魔境とは魔物の闊歩する領域を指す。
だからこそどの国も領地に組み入れなかったのだ。
そして魔境近くの集落に訪れる者など、追われた者、脛に傷持つ者に決まっていた。
しかしガードナーとジェシカの二人は神の加護のおかげで誰よりも強く、誰よりも優しかった。
移住希望者の心を浄化し、昔からの住人と融和させることができた。
人々はガードナーとジェシカを中心としてまとまり、集落は次第に大きくなってゆく。
また神の加護を得ているガードナーとジェシカは、魔物に後れを取ることがなかった。
どんどん可住域を拡大し、ついには魔境と呼ばれた地域から魔物を駆逐することに成功した。
この頃世界は戦国時代に突入しており、戦乱を避けるため魔境に多くの人々が流入してきていた。
最早魔境と言えないこの地に、ガードナーを王としたアルカディア王国が成立する。
一説に『アルカディア』とは神の恩恵を意味するという。
小さくはあったが、当時最も希望と意欲に満ちた国であった。
既存の国家群が長引く戦争で疲弊していく中、アルカディア王国は順調に国威を増していった。
もっとも従来の国家と比べれば弱小国に過ぎなかったが。
そんな中、西のタルーン王国が旧魔境地域の併合を宣言した。
この時はまだアルカディア王国は既存国家群に承認されておらず、旧魔境地域と呼ばれていた。
とはいうものの緩衝地帯として貴重な役割を果たしていたので、一定の価値は認められていたのだ。
農作物の供給地としても重要だった。
だから旧魔境地域の併合というタルーン王国の決断は、他国からかなりの反感を買った。
しかしアルカディア王国を直接支援する国はなかった。
いくつか理由がある。
タルーンが強国だったこと。
どの国もアルカディアを支援するだけの余力がなかったこと。
タルーンがアルカディア併合に手こずれば漁夫の利を得る可能性があったこと。
成り行きが注目されていた。
驚くべき結果になる。
アルカディアがタルーン軍主力を丸々味方につけたのだ。
ガードナー王はことあるを予期し、タルーン指揮官に調略をかけていた。
ガードナー王のカリスマが十分に生き、タルーン指揮官を心服させると、瞬く間にタルーンを無血で降した。
さらに劣勢に苦しんでいたガードナーとジェシカの故国ベラトモイ王国が、アルカディアに服属を申し入れる。
タルーンとベラトモイを吸収したアルカディアは一躍世界一の強国に躍り出る。
各国の王ないし指導者層はアルカディアに脅威を感じたが、民衆は新時代の旗手として見ていた。
戦いに巻き込まれなかった旧魔境地域は、食料が豊富だという絶対的な強みがあった。
ガードナー王は各国に休戦を提言し、従った国々に穀物を供出すると約束する。
各国の飢えた民衆はガードナー王に喝采を浴びせた。
五年後、史上初めての世界統一国家アルカディア連邦王国が誕生した。
ガードナー王は語った。
争いのない世界の誕生は、神と家族のおかげであると。
この幸せを全国民に還元することを誓うと。
王のそばにはいつも王妃ジェシカが寄り添っていた。
魔法の神と農業の神の加護を得たジェシカはアルカディアの民に魔法を教え、魔物の駆逐と耕作地の拡大、戦力の増強に大きく貢献していた。
『ガードナーは国を造り、ジェシカは国を耕した』と言う者もいる。
私生活でガードナーとジェシカは仲睦まじいことで知られ、四人の子に恵まれた。
ジェシカ妃のものとされる言葉が一つだけ残されている。
『ガードナーは格好よくて優しいんですよ。自慢の夫です。王妃になれたことではなくて、あの人の妻になれたことが嬉しい』
真偽のほどは諸説あるが。
ガードナー王とジェシカ妃は同じ場所に葬られた。
墓碑にはこうある。
『苦難を乗り越え小さな愛を掴み、大きな愛を与えた二人、ここに眠る』
――――――――――『アルカディア連邦王国史・建国の章』より。
――――――――――結婚の神視点。
私のしたことがよくないことはわかってるわ。
でも仕方ないじゃないの。
ガードナーを愛してしまったのだもの。
神々連中からはずっと白い目で見られるようになって。
しかも私のしたことが何故か下界の者に知られているの。
誰が漏らしたの?
ズルいじゃない!
職責だけを淡々とこなさなければならなくなった。
私の所業がバレているせいで、信仰心も集めづらくなった。
他人の幸せだけ祈って自分に見返りがないなんて。
天界なのに地獄だわ。
誰か助けて!
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