押しかけ家庭教師爆誕
「これ、めっちゃ美味いっすね」
セイさんは、お母さんが大得意のロールキャベツをもりもりと食べていた。お母さんの作るロールキャベツは作りかたが少し変わってる。
ロールキャベツって、生のハンバーグを茹でたキャベツで包んで煮こむ料理。お母さんのレシピも、生のハンバーグを茹でキャベツで包むところまでは同じ。けど、そこで煮こみに入らず、まずキャベツにマヨネーズをうっすら塗る。
そしてキャベツの葉っぱに焦げ目がつくくらいフライパンで焼いたあとで煮る、というおもしろいレシピ。ずっとこのロールキャベツを食べて育ってきた私は、ほかのロールキャベツだとなんだか物足りない。
「よかったー。今日はお父さんが急に夕飯いらないって言うから困ってたの」
「あ、そうなんすね」
「うん。残してもしょうがないし、お代わりもどんどん言ってね」
「はーい」
ニコニコしているお母さんを、私はじとーっとした目で見つめた。
……お母さん、ちょっとセイさんに甘くない?ロールキャベツって、お父さんの大好物なんだよ? 知ってるでしょ?明日の朝用に残しておいたら、絶対喜ぶのに。
「夏芽もおかわりは?」
「あ、うん。トマトソースだけちょうだい。ほら、明日お父さんも食べたいだろうし」
わざと“お父さんも”のところを強めに言う。
「俺、ロールキャベツもう一個もらっていいっすか」
「えっ」
思わず、隣に座ってるセイさんを二度見した。……いやいやいや。ほんとに食べるの?
今のセリフ、聞こえてなかったの?
“お父さんのぶんも残してあげてね”っていう空気、完全にスルー?
「いいわよ〜。ご飯は?」
「欲しいっす」
──ここまでくると、むしろ感心する。だって、いつも家に来てるわけでもないんだよ? それなのに、この遠慮のなさ。堂々としたおかわりの申し込み。
「ある意味すごい……」
「ん? 夏芽、なんか言った?」
「ううん、なんでもない」
セイさんの金髪は、もちろん染めた色。生まれつきの金髪みたいに、自然なキラキラ感じゃない。
前世のフロストさまと同じ金髪で、しかも作りものだけど緑の目。そんな人に、あんまりガツガツした行動はしないでほしい、と思う。
「ごちそうさまー」
「あら、もういいの?」
「うん、あんまり食欲なくて。あ、お皿さげるね」
本当は、まだまだ食べられる。ロールキャベツだって、あと三ついける。でもこれ以上食べたら、お父さんのぶんがなくなっちゃうから、我慢しないと。
セイさんはご飯をもぐもぐしながら、立ちあがった私をなぜかじーっと見てくる。ちょっとうっとうしい。気づかないふりして無視をするつもりだったのに、気づいたら私の口は勝手に動いていた。
「お代わりなら、自分でやってくださいね」
「……もう食べないの?」
「お腹いっぱいなんで」
「少ししか食べてないのに? ダイエット中? それとも小食アピール?」
「はぁっ!? 違いますけど!?」
“ダイエット中”って言われるのもムッとするけど、まあ百歩譲って許すとして。
いや、やっぱり許さないけど、でも“小食アピール”は、あまりにも失礼すぎる!
「ダイエットが必要に見えます!? それに小食アピールって、私、そんなあざといタイプじゃないです!」
「うーん、まあ見えないけどさ。クラスの女子にもいるんだよな。めっちゃ細いのに“やばい、太った〜! 見て、このお腹!”とか言ってくんの。で、“お母さん、ご飯入れすぎ! あたしこんなに食べられないのに”って幼稚園児みたいな小さいお弁当箱を見せてくるんだよ」
「……幼稚園児みたいな小さいお弁当箱って」
「ほんとだって。あれ最初に見たとき、石鹸かと思ったからな」
「せ、せっけん……」
「でさ、この前たまたま帰り道でそいつ見かけたんだよ。一人で商店街をうろついててさ。そしたら普通にパン屋に入って、イートインでパン三つも食ってたんだよ」
それはすごい。
「よりにもよって窓際に座ってるから、がっつり目が合ったけど……まあ、気づかないふりしといた」
それ、私だったら穴掘って入りたいレベルで恥ずかしい。でもセイさん、見なかったふりしてあげるなんて優しいとこあるんだね。
「そういう子ってさ、自分の“やばいとこ”見られると、逆ギレしてくるんだよ。しかも理不尽に。あ、“りふじん”ってのは“無茶苦茶な”とかそういう感じね。だから焦ったわ。てか“見られてんじゃねーよ”って気持ちもあったけど」
違った。優しさではなかった。
「で、怖いのが次の日。そいつが“ねえ、高見沢。昨日のことなんだけど”って話しかけてきてさ。俺、“え、なに?”ってすっごい不思議そうな顔してやったわけ。そしたら“ううん、なんでもない”って、ホッとした顔してた。あー、やっぱこれで正解だったなって思ったね。そこで俺が“お前、パン三つも食ってなかった?”とか言ってたら絶対ヤバかった」
「やばいって?」
お母さんが首を傾げている。
「俺にセクハラされたとか金盗まれたとか、キツい冤罪を吹っかけてくる感じっすね」
「そんなぁ。聖くん、ちょっと大げさじゃない?」
お母さんは笑っているけど、私にはなんとなくわかる。多分、セイさんの言うとおり、もしくはもっとひどい目にあった可能性は高い。
「そんなことより聞いてよ、聖くん。この子ね、塾の最後のクラス分けテストで、あんまりいい点じゃなかったみたいで落ち込んでるのよ」
「へぇ、そうなんすね」
「今日、お昼のお弁当を届けたときなんて顔色がスカイブルーになってて、心配もしたけどちょっと笑えちゃった」
「お母さん! そういうこと言わないでよ!」
セイさんの、かわいそうな子を見る目がムカつく。っていうか、そんなプライベートを隣の家の人に言わないでほしい。
「ごめんってば。でもね、この前の保護者会で塾長先生がおっしゃってたの。 “女子は十二月くらいにいきなり成績が下がることがあります。でもそれは、周りの子に負けたくない気持ちが強すぎて自分の心を上手くコントロールできてないだけです。学力が落ちたわけじゃないので安心してください”って。つまり成績が下がっても一過性ってことよ。だから焦らなくていいの」
いや、私が言いたいのはそこじゃない。特別親しくもない人に、私のことをぺらぺら喋らないでって言いたいのよ。
「……“いっかせい”ってなに」
──悲しい。しみついた受験生根性が、怒りよりも“知らない言葉の意味を知る”ほうを優先させてくる。
「一時的、って意味だよ」
お箸を置いたセイさんが、さらっと教えてくれた。
「……ありがとうございます」
言いたくないけど、教えてもらったからお礼はちゃんと言う。
「今どきの子って面白いよね。“承認欲求”とか“美意識”とか、知らなくても困らない言葉はよく知ってるのに、“一過性”は知らないんだもん」
「……うるさいなぁ」
だから今、聞いたじゃん。
女子はね、世の中で役に立つ言葉より女子同士でよく使う言葉のほうが覚えるし大切なんだよ。お母さんくらいの年になるとわからないだろうけど。
……という言葉はもちろん、口には出さない。
「ちなみに男子はスロースターターが多いんだよな。最初は成績がなかなか上がらなくても、女子と逆で十二月くらいから一気に爆上がりする。ま、もちろん全員がそうじゃないけど、俺はそのタイプだったな。うちの兄ちゃんなんかはもうずーーっと成績よかったけどね」
それを聞いて、ほんの少しだけセイさんを見直した。
受験生にとっては、成績がすべて。
セイさんは成績がなかなか上がらなくても、諦めずに頑張ったんだろう。それに、頭のいいお兄さんが近くにいるのに心を折らなかったことがすごい。
「……ありがとうございます。ちょっと元気が出てきました」
本当は、そこまで元気はない。
だって私は、そんな普通の“女子児童あるある”なんかじゃないから。
自分の前世が異世界の令嬢。大好きな婚約者を奪って私を処刑にまで追いやった聖女が友だちとして現れた。そんなことを思い出して、混乱しないほうがおかしいでしょ。これはもう、努力ではどうにもならないんだよ。
「ふーん、元気が出てよかったな。じゃあ、ついでに俺が勉強を教えてやろうか?」
「え……?」
勉強を、教える? セイさんが、私に? いやいや、ないないない。
「いえ、お構いなく──」
「えー本当!? 聖くん、いいの!?」
断りの声にかぶせるように、お母さんが大きな声をあげた。
「お母さんね、夏芽が苦手な科目だけでも家庭教師とかお願いするのもありかな、なんて思ってたりしてたの。それなら頭がいい大学の子に頼みたいじゃない? でもそれだと高いのよ、時給が」
「だったら、セイさんに頼んでも同じことじゃない。桜帝生なんだから」
「うーん、そうなんだけどぉ……」
あ、なんか、あやしい。
「……お母さん、まさかタダでお願いするつもりじゃないよね?」
「そ、そんなわけ、ないじゃなーい……」
やっぱり、タダで勉強見てもらうつもりだったんだ。お母さんのこと、優しくて料理も上手だし大好き。
だけど、たまにちょっと図々しいことを言ったり、やったりすることがある。悪気がないのはわかってる。わかってるけど、“悪気がない”って子どもでも嫌な気持ちになったりするからお母さんのこういうところは、娘としても好きになれない。
「いーっすよ。ご飯食べさせてもらったお礼ってことで」
「え、いいの?」
「はい。それに毎日、塾みたいにがっつりやるわけでもないっすから」
「そ、そう? じゃあ、お願いしちゃおうかな」
マズい。話がいきなり進み始めた。
「いえ、塾だけで大丈夫ですから」
部屋にはお父さんですらたまにしか入ってこない。それなのに、隣の家の男子高校生を入れたくない。
「遠慮すんなってー。んじゃ、部屋に行こうか夏芽ちゃん。言っとくけど、俺はまぁまぁスパルタだからなー?」
「……スパルタ?」
「厳しいってこと」
「そうですか。いや私、ほんとにいいんで──」
「大丈夫! 俺に任せてくれれば、成績もばしっと上がるから」
「どっからそんな自信が」
「よし、はりきっていこう!」
セイさんは私の話を聞きもせず、鼻歌を歌いながら勝手に階段をのぼっていく。
「なんで、こんなことに」
ここは自分の家。どこにも逃げることができない。
私はしかたなく、セイさんのあとをついてとぼとぼと二階に上がった。




