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受験令嬢の戦い~中学受験真っただ中に思い出したのは、前世の記憶でした~  作者: 杜来 リノ


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5/12

隣の家の、お兄さん

 

 バスから降りてすぐ、家まで全力で走る。


 塾の前はお迎えの車でいつもいっぱいけど、私はバスで行き帰りをしている。


 学校の帰りに塾へ行くときは商店街の前からバスにのって、帰りは塾からバスに乗る。家からいちばん近いバス停はおまわりさんがいる交番の前にあるから一人でも平気。でも今は、バス停にお母さんが待っててくれてることが多い。


「ん? なに?」


 私の家の前に、だれかが座っている。


「えー、酔っ払い? 嘘でしょ、人んちの前で?」


 おそるおそる近づくと、座っているのは金色の髪の男の人だった。


「うわ、また? もう……」


 知らない酔っ払いの人じゃなかったのは良かったけど、なんか急に疲れた気分。もちろん、嫌な顔なんてしない。私はその金髪に、きちんと笑顔で挨拶をした。


高見沢(たかみざわ)のお兄さん、こんばんは」


 お兄さんは私を見て、えへへ、と笑った。


「おかえり、夏芽ちゃん。いやー、助かったわ」


 え、助かった、ってなに?


 なーんかいやな予感がするけど、それには気づかないふりをする。


「どうしたんですか? ウチになにか用事ですか?」

「えー、わかってるくせにー。いや、今日もまた鍵を持って学校いくの忘れてさぁ、家に入れないんだよね。で、うちの親は二人ともまだ帰ってこない」

「はぁ、そうなんですか」

「うん。だからトイレに行きたくなったら青井さんちで借りればいいかなー、だったらちゃんと話をしなきゃだなー、って考えてたら、夏芽ちゃんが帰ってきた」


 私は黙ったまま、お兄さんを見つめた。


 このお兄さんはお隣に住んでいる高見沢(たかみざわ)さんちの二番目のお兄さん。名前は(せい)


 四月にお母さんが『セイくん、もう高校の入学式だって』っていってたから高校一年生。名前は知ってるけど年も違うし、幼馴染とかそんなんじゃない。っていうか、こんなだらしない人と友だちとかぜったいに無理。


 制服のブレザーはなんかだらっとしてて、ネクタイはゆるゆる。金色の髪は、ゴムで結べそうなくらい長い。身長は高くて顔もしゅっとしてるし、まあイケメンっていってもいいかも。


 けど、ちょっとアレなのが耳にいっぱいついてるピアスと目に入れてる緑のカラーコンタクト。これがなんていうか、ものすごく“不良”っぽくみえる。けれど、セイさんは不良じゃない。


 なんならこのセイさんは、星鳳の一つ下のランク『(おう)(てい)学園』に通っているから。


 桜帝も星鳳とおなじ中高一貫校。ここは滑り止めにするにはランクが高すぎる。かといって偏差値トップ、というわけでもない。なんていうか、微妙な立ち位置の学校ではある。


 けど、じゅうぶん周りに自慢できる学校だと思う。それにセイさんの着崩した制服の着こなしと、ピアス。進学校にしては、校則がゆるいのも人気なんだよね。


 そしてなによりも、桜帝は制服がものすっごく、可愛い! 制服を見かけるたびに、時々だけど第一志望を桜帝に変えようかな、と思うときもある。


「……」


 セイさんは悪い人じゃないけど、すごくいい加減な人だとは思う。


 だって鍵を忘れて私んちの前でわざとらしく待っているのは、はじめてじゃないもの。高一ってことは前の私、エルルーナと同じ十六歳だよね?


 この人と比べるのもイヤだけど、エルルーナはもっとしっかりしてた。学校も通ってたけど、クラスの男子なんて十五歳で伯爵になってる人もいた。こっちでいうと、十五歳で“課長”になってる感じ?


 まぁ、こっちの世界は男子も女子も、ちょっと子どもっぽい人が多いイメージがあるよね。あ、でもセイさんのお兄さんはちょっと違う。


 お兄さんは、こんなにチャラついてない。


 星鳳生だったらしいけど、そこもトップ合格だったって聞いた。今は外国の大学に通っているらしくて、隣の家には住んでいない。会ったことはほとんどないし、顔も薄っすらしか覚えてないけど、セイさんよりわかりやすいイケメンだったはず。


「へぇ、おばさんたち、早く帰ってくるといいですね。あ、トイレに行きたくなったらいつでもピンポンしてください」


 それだけ言い、セイさんの横を通ってさっさと玄関ドアに手をかける。だって、この人の相手をしてるヒマなんてないんだから。


「待って! え、ひどくない? 俺の親、いつ帰ってくるか知ってる?」

「いえ、知らないです」

「早くて夜の十時くらいなんだけど? そんな遅い時間までここでぼっちになってる俺を、かわいそうとか思わないわけ?」

「いや、かわいそうだとは思いますけど」


 思うだけなら、思う。ただ、私には関係ないことだからね。


「……」


 え、なんか、すごい見られてるんだけど。怖。


「じゃあ、友だちの家に行ったらいいじゃないですか」


 かわいそうだから、いいアイデアを出してあげた。これだけコミュ強なら、きっと友だちもたくさんいるでしょ。そのまま友だちの家にぬるっと入りこんで夜ご飯まで食べていくとか、そのくらいのことは平気でやりそうな人だよね。


「友だちかー」


 セイさんはぶつぶつ言いながら、なにか考えこんでいる。


 困っているのに友だちに助けて、とお願することを迷う意味がわからない。まぁ、私にはどうでもいいことだけど。ともかく、私は早くご飯を食べて、お風呂に入って勉強をしたい。


 今のままでは星鳳合格は少し、いやかなり厳しい。でも、絶対に合格したい理由ができたんだもの。


「夏芽!?」


 そんなことを考えていたら、いきなり玄関が開いた。


「あ、お母さん」


 お母さんがエプロンを着たまま、外に出てこようとしていた。なぜか、右手に包丁を持っている。


「どうしたの、なんで家に入ってこないの! なんかあったの?」

「なにもないよ。で、なんで包丁を持ってんの? 危ないじゃん」


 包丁の先は、思いっきりこっちを向いている。指摘すると、お母さんは慌てて包丁を引っ込めた。


「門が開く音がしたのに、ぜんぜん家に入ってこないから心配したんじゃない。ほら、この前も家の前で女子大生が襲われた事件があったでしょ」

「え、それで包丁?」

「うん。もしうちの子が襲われたら、お母さんだって戦わなきゃって思って……」

「いや、そういうときはさ。スマホの“緊急通報”を出して、いつでも押せるようにしといたほうがいいよ。包丁なんて相手に取られたらどうすんの」


 ──うちの小学校は、不審者にあったときの対策が、ほかの学校よりしっかりしている。


 校長先生の方針らしくて『自分が不審者にあったらどうするか』『誰かが襲われていたらどうするか』を詳しく教えてくれる。


 他にも、みんなで行動していて一人だけが捕まったときとか、車の後ろの座席に無理やり乗せられたときやトランクに入れられそうになったときなど。


 こんな感じで、シチュエーションごとにいろんな対処法を教えてくれる。


 ちょっと怖いけど、親たちには『ためになる!』ってすごく評判がいいらしい。


「そっか、そうだよね。ごめん、お母さん、なんかパニくっちゃって」

「パニくりすぎ。先生だって言ってたよ?“まず落ち着くのがいちばん大事です”って」

「そうだよねぇ、ごめんごめん」


 お母さんと話しながら家の中に入ったあと。


「……あ、忘れてた」


 門の前に、セイさんが座ってることを思いだした。


「そうだ、お母さん。うちの前にさ、高見沢さんちのセイさんがいる」

「え、聖くん? 聖くんがどうかしたの?」

「鍵を持って出かけるのを忘れて、家に入れないんだって」

「え!? 大変じゃない!」

「大丈夫だよ。もう高校生なんだし」

「ちょっとどいて、夏芽」


 お母さんは私を押しのけ、玄関を開けて大きな声で叫んだ。


「聖くーん!」

「あ、こんばんはー」

「こんばんは。ねぇ、夏芽から聞いたんだけど、鍵がないんだって?」

「ないっす」

「じゃあ、うちにいらっしゃいよ」

「えっ、ちょ、お母さん!?」


 なんで? なんでうちに呼ぶの?


「お母さん、あのさ、勝手にそういうことするのどうかと……」


 高見沢さんちのおばさんはバリキャリってやつ。着てる服もおしゃれだし、なんかすごく大きい会社でお仕事をしてるらしい。うちのお母さんも働いてるけど、薬局で事務のパート。


 朝の九時からお昼すぎの三時までで、おばさんとは生活スタイルがぜんぜん違う。だから母親同士の仲がいい、とかでもなんでもない。


「あのね、お母さん。セイさんは、これからお友だちの家に行くんじゃないかな?」

「マジっすか? あざーっす! おじゃましますっ」

「どうぞー」


 あっ、二人とも私の話を聞いてない。


 セイさんは、ノリノリで我が家に入ってくる。


「ちょうどこれから夜ご飯なの。聖くん、好き嫌いとかアレルギーはない?」

「ないっす」


 お母さんとセイさんは、お喋りしながら楽しそうにリビングへ入っていく。


「……なにアイツ。図々しくない?」


 この家の子どもは私だよ? なのに、取り残された感がなんかすごい。


「夏芽! 早く手を洗ってらっしゃーい!」

「は、はーい!」


 うーん、納得がいかない。いかないけど、もう家の中に入っちゃったものはしかたない。さすがに隣の家へ泊っていくことはないだろうし、夜ご飯を食べたら帰ってくれるだろう。


 だから、それまで我慢すればいいだけの話。


「あーあ。夜ご飯は、なにかなー」


 もう、夕飯のことだけ考えよう。


「トマトっぽい匂いもするけど、お肉を焼いた匂いもする。ミートパスタ?」


 私の頭の中は、今夜のメニューはなんだろう、ということでいっぱいになっていた。


 

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