もう一つの再会
「よし、じゃあ教材にぜんぶ名前を書いたか? たくさんあるから分けて持って帰ってもいいよ」
教材の量は多いけど、なんとかリュックに入りそう。
「机の中に入れっぱなしにしといていいのは三日間だけだぞ。四日目からは席が変わっているかもしれないからね」
先生はさらりと怖いことを言う。
そういうの、止めて欲しい。ほら、みんなの顔が真顔になったじゃん。言ってることは間違ってはいないけど、わざわざ言うことなくない?
「意地悪すぎでしょ……」
隣の席の男子も小さく頷いていた。多分、みんな同じことを思ってるはず。
「今日、このあとで特別な授業があるよ。といっても、テストに出るわけじゃない。だから別に聞かなくてもいいよ、って人は帰ってもいいからね」
なんだろう、特別な授業って。
「ただ、このクラスのほとんどは『星鳳』をめざしているよね?」
私も含めて、ほぼ全員が頷く。
──『星鳳』とはこのあたりでいちばん、偏差値が高い私立の中高一貫校。
全国に名前を知られてる学校で勉強ができる子たちの中では憧れの的。
「今日は、前にウチに通ってて、今は星鳳の中等部二年生の男子を呼んでおいた。その子に、受験勉強のやりかたを話してもらおうと思うんだ」
みんな聞こうかどうしようか、と、迷っている顔をしてる。
「聞いておいたほうがいいと思うな。彼の席はずっと、いちばん前の左端だったから」
先生はまるで自分のことのように胸を張っている。
「嘘でしょ……」
教室の中が、一気にざわついていく。
え、ほんとのほんとに? っていうか、そんなことってある?
ずっとトップをキープできるなんて、はっきり言って普通の頭脳じゃないよ?
「じゃあ、緒方くん、はいってきてー」
先生が廊下に向かって誰かを呼んだ。私は教室の扉をじっと睨みつける。
緒方くん。
成績トップの男。
彼は、いったいどんな顔をしているんだろう。できればイケメンじゃないほうがいい。だって顔も良くて成績もいいなんて、羨ましすぎて許せなくなりそうだもの。
「失礼します」
男子にしてはほんの少しだけ高い、けれどとても綺麗な声。
挨拶をしながら教室に入ってきたのは、白いブレザーを着た細身の男子生徒。
「……え」
──その顔を見たとたん、私の周りから音が消えた。
背が高いわけじゃないけど、低くもない。痩せているのにヒョロヒョロってわけでもないし、髪は薄茶色で天パがかかってる。目はぱっちりと大きくて、瞬きのたびに風が吹きそうなくらいまつ毛が長い。
小さな顔にフレームのない眼鏡。まさに『美少年』としか言いようのない、きれいで整った顔。
でも、顔が違う。ううん、だけど私が人違いをするはずがない。
この人は、緒方くんは。
「こんにちは。僕は、緒方 霧人といいます。星鳳学園中等部の二年生です。今日は受験勉強を頑張っている後輩のお手伝いがしたくて、僕がこれまでやってきたことをお話しにきました。少しでも役に立てたら嬉しいです」
わかりやすく言葉を区切り、穏やかに話すこの話しかたは。
私の愛する、フロスト王太子殿下だ。
「やっぱりカッコいい……」
違う世界に生まれ変わっても、イケてる人のオーラって変わらないものなんだな。
「僕はまず、ノートをとるのをやめて──」
フロストさまがお話になっている内容が、まったく頭に入ってこない。
どうしよう。
あまりにもカッコよすぎて、目を開けていられないかも。
「尊い……」
後光が射す、ってこういうのを言うのかな。あぁ、眼福。幸せ。
「ん……?」
ちょっと待って。
リザベルは? あの子はフロストさまに気づいた?
やだ、気になりすぎる。玲寧がどんな顔してるか、確かめなきゃ。
「あ、スカートめくれてる」
なんて言いながらさりげなくスカートを直すフリをして立ちあがり、玲寧の様子を探る。玲寧の席はここから遠すぎて表情までは見えない。でも、どんな動きをしているくらいはこの席からでも見えるはず。
「えーっと……あ、見えた」
つま先で立ったその一瞬、玲寧の横顔が見えた。
「うっわ、なに、それ」
玲寧のほっぺたが、トマトみたいに赤くなってる。“わたしは恋する乙女です!”って叫んでる感じの顔。
熱でもあるんですか? と言いたくなるほど、熱い目をまっすぐフロストさまにむけている。やだー、待ってよ。これって最悪なんだけど。あ、なんか、胸のあたりがむかむかする。
「あの女……!」
ダメだ。イライラが治まらない。まさか、再びあの女に嫌な気分にさせられるとは思ってもみなかった。
なんで? なんでなの?
今のアナタは成績だって私よりぜんぜん上だし、顔だって芸能人になれるくらい可愛いじゃない。それなのに、フロストさまも欲しいわけ? なんでそんなに、欲張りなの?
「邪魔、しないでよ……!」
こうなったら、戦って勝つしかない。
星鳳合格もフロストさまも、アナタには渡さない。かならず、どっちもこの私が手に入れてみせる。普通の市民のアナタじゃなくて、公爵令嬢であるこの私が、ね。
聖女だからなに?
可愛いから、なんだっていうの? 前みたいに、魔法が使えるとでも?
違うよね、今のアナタはただの小学六年生だもんね?
「……今度こそ、絶対に負けないから」
そのためなら、なんだってやってやる。
前世でアナタがやったみたいに、嘘を言いふらして一人ぼっちにさせるとかどう? それくらいのことは私だってやれるから。
残念だったわねー、リザベル。今はSNSがあるのを忘れちゃった?
現代の火炙りの刑だよ。
これでアンタを炎上させてやるから。
今、思えば。このときの私ははっきり言ってどうかしていた。
体調が悪かったのと成績が下がったことで、身体と心がダメージを喰らったんだ。前世を思い出す、なんてことがありえないことが起きたせいで、とんでもないことを考えてしまったんだと思う。
だから、気づかなかった。
緒方霧人が、まっすぐな目で私を見つめていたことに。




