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受験令嬢の戦い~中学受験真っただ中に思い出したのは、前世の記憶でした~  作者: 杜来 リノ


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3/12

かつてのライバル登場

 

 塾の教室のドアを開けたとたん、視線がグサグサと突き刺さった。


 私は『なにも気づいてませーん』という顔をしながら、ランドセルをロッカーに置き勉強道具を取り出した。


 昨日のクラス分けテストがひどすぎて、心が痛い。


 テストは午前中いっぱいで、午後からの授業は新しい席に座っておこなう。そして、新しい教材を配ってもらい受験にむけての説明を受ける。


 受験の本番が近い中、最後の追いこみをかけるための大切なクラス分け。小六クラスは五つあるけど、その中で成績上位者のみを集めたクラスがある。


 それが、アドバンストクラス。


 残りの四クラスはスタンダードクラスになる。


 アドバンストとスタンダードは、先生もテストも教材もぜんぜん違う。


 塾の先生は誰も彼も「頑張れ! 頑張れば必ず、アドバンストにあがれるぞ」と言う。


 けれど、誰もそんなの信じちゃいない。


 だって、そうでしょ。


  “レベルの低い授業を受けている子”が“熾烈な争いが繰り広げられているレベルの高いクラス”にあがるなんてまず無理だもの。


 それに、先生たちの興味もアドバンストの生徒たちにしかない。


 ここは、まさに合格させるためのクラス。このクラスに入ることができれば、ほぼ第一志望に入れると言われている。


 さらに、すわる席も成績の順番。


 ホワイトボードに向かって、一番前の左端がトップの子。


 そこから順番に並んでいって、アドバンストの中で最下位の子は一番後ろの右隅。そして私は今、その一番右隅の席に座っている。


(最悪すぎる……!)


 この席は、スタンダードAクラスのトップと成績はほとんど変わらない。


 ほとんどっていうか、たぶん二点くらいの差しかない。


 だいたい、いつもの私の実力なら少なくとも上から十五番以内には入っているはず。


 それなのに。


「ねぇ、やばくない? 青井さん」

「調子のってるとこうなる、っていい見本じゃん。うちらも気をつけよーね」

「あー、わかるー。あの子さぁ、最近ちょっと調子のってたよねー」


 ──塾はある意味、戦いの場だ。


「一緒に合格しようね」と笑いながら、心の中では相手の成績が下がることを常に願っている。


 ここにいる全員はライバルで、仲間なんていない。今、私の悪口を聞こえるように言っている三人も志望校は同じ。でも彼女たちは友だち同士じゃない。


 母親たちが笑わない目で喋っているのを見たことあるし、あの子たちがつるんでいるのは私の悪口を言っている間だけ。


 わかっているけど、それでもやっぱりムカつく。ただ今は、睨みつける元気もない。


 まさか、こんな状態のときに苦手な通過算と水溶液が多量に出題されるなんて、運が悪いにもほどがあると思う。


「時間さえあれば、ぜったいに解けたのに……!」


 悔しすぎて、涙がこみあげてくる。


「夏芽? どしたの、大丈夫?」


 振り返ると、今泉(いまいずみ) ()()が立っていた。


 通っている小学校は違うけど、塾で知り合ってからよく話すようになった子


 ──背中の真ん中あたりまである長い黒髪はさらさらでつやつや。唇もデパコスのリップ塗ってるのかってくらい、ぷるぷるしてる美少女。


 噂では、芸能事務所にスカウトされまくっているらしい。


「あら、玲寧。えぇ、問題ないですわ」

「えっ!? なに、どしたの? なんか喋り方、変じゃない?」


 ヤバい人を見る目で見られ、今、自分がなにを口にしたのかそこで気づいた。


「わぁっ! いやいや、なんでもないよ。うん、へーきへーき」

「そ、そう? なら、いいけど」


 あぶない。なんとか上手くくごまかせてよかった。


 ――前世の記憶を思い出した日の朝。


 朝まで勉強をしていてほとんど寝てなかったけど、朝ご飯のときは普通にいつもの夏芽で、お父さんとお母さんとお喋りをした。学校もなんとかクリアした。


 たまに“十六歳のエルルーナ”が頭の中に出しゃばってくるときがあって、そうなってしまうとクラスの子がすごく年下に見えてついお姉さんぶりたくなってしまう。


 けど、“青井夏芽”を頑張った。給食も、とっても美味しく食べた。公爵令嬢だったときはかなりいいものを食べていたはず。それなのに、食事は今のほうが美味しいのはどうしてなのかな。


 なんだろう、料理のやり方? それとも材料の違い?


 まぁそれはともかく、学校で気を張っていたせいで塾についたとたん、私は少し気を抜いていたらしい。


 塾の先生たちにはさっきみたいなお嬢さま言葉になったり、クラスメイトにはついお姉さんのように世話を焼いたりしてしまった。とうぜん、みんなからは変な目で見られる。


 慌てて小中学生の間で流行っているお嬢さま漫画のキャラごっこ、とかなんとか言ってごまかした。


 けど、焦ったままテストを受けることになっちゃったから、こんなひどい結果になって悲しい。


 まぁ、言いわけだっていうのは自分でもちゃんとわかってる。


 ただ言わせてもらえば、気分がぐちゃぐちゃになった一番の原因は目の前の玲寧なんだけどね。


「でも、さすが夏芽。昨日さ、塾に来たときからあれ、顔色が悪いなーって思ってたんだ」


 あ、気づいてくれてたんだ。


「体の具合、悪かったんでしょ?」

「うん。少しだけ。でも、たいしたことないんだよ」


 ほんとうは身体じゃなくて、心の元気がなかったんだけど。


「調子が悪いのにアドバンストに入ってるところがすごいよね。わたしだったら、ちょっと危なかったかなあ」

「いやー、そんなことないでしょ」


 うん、そんなことはない。玲寧だったら、ちょっとくらい調子が悪くてもここまで点数を落としたりしないよ。その前に、テスト前日に炊きこみごはんを爆食いなんてもっとしない。


「ん……?」


 あれ、なんだか、クラスの空気が変わった?


 私を見てクスクス笑っていた子たちは、慌てて席に戻って教材を広げている。


「なに、どしたの、急に」

「まぁ、現実を思い出しちゃった、って感じなんじゃない?」

「現実?」

「席替えがあるじゃん、席替えが」

「あー……」


 アドバンストクラスは授業が終わったあと“締めの小テスト”が三日に一回ある。スタンダードは一週間に一回、同じように小テストをする。


 その小テストはものすごく大切。だって、その結果で次の日に座る席が変わるんだもの。


 自分が何点とったのかわからないようになってるのがまた怖い。


 教室に行ってはじめて、自分が今、塾で何番目にいるのかわかるようになっている。ライバルと席が変わっていることなんて、当たり前すぎてびっくりすることもない。


「私も、明後日の小テストで頑張らなきゃなぁ」

「夏芽なら大丈夫だよ。体調がよくなったら無敵じゃん」

「だと、いいけどね」


 私は目の前で笑う玲寧をじっと見つめた。


「え、なに?」

「いや、あいかわらず可愛いなぁ、って思って」


 玲寧はきょとんとしたあと、なにか不気味なものを見る顔になった。


「えっ、怖。なに、それ。なんか買って欲しいものでもあるの?」

「うん。チョコアイス。高いやつ」

「無理だから」


 わざとらしく怖い顔をしている玲寧の席は、私の席からずいぶん遠い。


 いちばん前の左から四番目。


 つまりこのクラスで、というかこの塾にいる六年生の中で四番目に頭がいいということ。玲寧はいい子だし大好きだし、受験が終わってもずっと友だちでいたい。


 ……と、思ってた。


 つい昨日までは。


 玲寧の第一志望は私と同じ星鳳。小テストでは、しょっちゅう順番が入れ替わっていたから成績は私とほとんど変わらないと思う。


 けれど、だからこそ彼女は今、私の最大のライバルなのだ。そしていちばん困っているのは、それが“今だけじゃない”ってこと。


 ──前世の玲寧の名前はリザベル・メリット。


 夢みたいに綺麗な顔と信じられないくらいすごい魔法の力を持っていた。で、一般市民から“聖女”という身分になった。


 私の愛するフロストさまに近づいて、彼の愛を盗んだ大っ嫌いな女。


『夏芽!』


 塾の校舎に入ったとき、玲寧から声をかけられた。その顔を見た瞬間、再び過去の記憶が頭の中でぐるぐると回った。仲のいい友だちが婚約者を盗って自分をひどい目にあわせた女。


 そこで悲鳴をあげなかった自分を、力いっぱい褒めてあげたい。


 顔はぜんぜん違うのに、どうしてわかったのかわからないけど、気のせいじゃないってことはわかる。


 認めたくないけど、前世と同じくらいに美人なのがよりいっそうムカつく。


「夏芽? どしたの? 気分悪くなってきた?」

「あ、ううん、平気」


 玲寧のおかげで、見世物にならずにすんだ。そこは感謝してる。してるけど、この女は昔、私が命を失う原因を作った。その恨みは、すぐには消えない。


 ただし、私は元公爵令嬢。


 ここでいきなり態度を変える、なんてバレバレなことはしない。


 前世では、貴族とかお金持ちの人間はやたらと偉そうで威張っていた。多分だけど、私も偉そうで威張っていたと思う。反対に、普通の市民はそういう人たちから偉そうにされる。


 そういった差別っていうか、区別することが普通だった前世の世界。そことは違い、日本では女子から嫌われるとだいたい詰む。大人になってもだけど、子どものときなんてもっと詰む。


「心配してくれてありがと、玲寧。はずかしいんだけど、昨日はちょっと食べすぎちゃったんだよね。で、今もちょっとだけお腹が痛い」


 ほんとはもう元気いっぱい。


 だけど、とりあえず調子が悪いかも、とアピールだけしておく。


 そうすれば、これからまた変なことを言っちゃったとしてもお腹が痛かったから、と言いわけができる。


「えっ、マジで? どうする? 先生に言ってこようか?」

「あ、いいよ、言わなくて」

「あとは教材をもらって説明を聞くだけだし、帰ってもいいんじゃない?」

「ううん、大丈夫。説明は聞いときたいし。あ、そろそろ先生が来るよ?」

「わかった。じゃあ、私は席にもどるね? 無理しないでね?」

「うん、ありがとね」


 玲寧は心配そうにしながら、自分の席へ戻っていった。


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