蘇った記憶
「……はぐっ!?」
まるでお腹の中でなにかがねじれたみたいに、ズキンと鋭い痛みが走った。
あまりの痛さに、思わずベッドから飛び起きる。
「いたっ……! な、なにこれ……!」
体をくの字に曲げながら、ふらふらと部屋の外に出る。
なんとかトイレまでたどりつき、震える手で扉を開け這うようにして中に入った。
しばらくすると冷や汗も引き、やっと痛みが治まったころには疲れきって全身がぐったりとしていた。
「はぁ、よかった……。もう、お腹痛くない、かも……」
痛みが去って安心したら、今度はどっと眠気が襲ってくる。勝手に下がってくる瞼を、止めることができない。
「もうダメだ、眠い……」
痛みではなく眠気でふらふらしながら部屋に戻り、そのままベッドに倒れこんだ。
今にも意識が途切れそうになったそのとき、急に頭の中で色々な景色や大勢の人々の姿がぐるぐると渦巻いた。
「えっ、な、なに!?」
──金色の髪をした、高校生くらいの男の人。
『キミはなぜ、リザベルをいじめるんだ!』
──泣いているみたいな顔をしているのに、涙が出ていない上に口元が薄っすら笑っている桜色の髪の女の子。
『エルルーナさま、ひどいです! 謝ってください!』
──薄茶色の髪をかきむしりながら、大声で怒鳴る知らないおじさん。
『お前はなんということをしたのだ、エルルーナ! 公爵令嬢としてなに不自由なく育ててやったのに、よりにもよって聖女さまに嫌がらせをするとは!』
ほかにもたくさんの人が、私を睨みながらさけんだり怒ったりしている。
なんで? どうして? 私はなにも悪いことなんてしていないのに!
「あ……」
──待って。思い出した。これは、私の前世の記憶だ。
名前はエルルーナ・ギフォード。ガタノトア帝国の公爵令嬢。十六歳。
「うそでしょ……え、これヤバくない? 受験のストレス?」
私はあわてて頭を抱えた。
だって公爵令嬢って言っても、中世のお姫さまとかじゃない。
そもそも、住んでる世界そのものがぜんぜん違う。思い出した国の名前は、ガタノトア王国。
そんな国、歴史の教科書のどこにも出てこない。
「あー、なんか、こういうのどこかで見た気が……」
そう思った瞬間、ピンときた。
──あ。あれだ。
図書係の本村さんがすすめてくれた小説。
たしか “異世界転生”っていうジャンルだった。
普通は、こっちの世界の私があっちの世界で生まれ変わることを指すんだろうけど、まぁ異世界転生で合ってんじゃないかな。
……じゃなくて、そんなことより。
「なんで、このタイミングで思い出すかなぁ……」
それはたしかに、前世ではつらいことがいっぱいあった。
よく知らない人にも知ってる人にも、理由もわからないままびっくりするくらい嫌われた。“もう消えてしまいたい”なんて、何度思ったことだろう。
けど、今はそんなのどうでもいい。
前世の記憶なんて、受験の役に立つわけない。
異世界の知識なんか持ってても、模試の成績はあがらないし。
でも、なんでいきなり“昔”を思い出したりしたんだろう。
さっき、お腹が痛くて本気で“死ぬかも”って思ったから? だから“本当に死んだときの記憶”を思い出したの?
っていうか、お腹を壊したのはもう、絶対にお母さんのせい。
私はマイタケとサツマイモの炊き込みごはんが大好きすぎて、夜ご飯に出てきたときは、かならず食べすぎてしまう。お母さんはそれを知ってるくせに、テスト前に作るなんて信じられない。
おかげで完全に、やらかしちゃったじゃない!
いや、待って。サーモンフライのせいかな?
いつもは中濃ソースなのに、今夜は大好物の柴漬けを刻んでゆで卵とマヨネーズであえたタルタルソースがあった。それをたっぷりかけてくれたから、やっぱり食べすぎてしまった。
どっちにしても、なにもかもお母さんが悪い。
「いえ、それどころではなくってよ。これはマズいですわ。よりにもよって、最悪のタイミングじゃありませんの?」
じゃないじゃない! ヤバい、なに言ってんの!? 私、言葉づかいが完全に終わってる。
ただでさえ、お腹を下して体力を奪われているのに今さら感しかない前世の記憶。そんなのを急に思い出したりしちゃったせいで、頭の中がぐちゃぐちゃになってる。
明日は日曜日。
塾で、六年生最後のクラス分けテストがある。
そこで上位クラスに入れなかったら?
はっきり言って、中学受験は終わったといっても大げさじゃない。
お父さんもお母さんも塾に通うのを「四年生からでいい」って言ってた。だから、私もなんとなく「三ねんせいになったらじゅくへ行く」って思ってた。
けど私が三年生になったとき、たまたま近所に有名な塾ができた。お母さんがママ友ってやつに誘われてそこの見学に行った。夜ご飯のときになんか説明してくれてたけど、あんま聞いてなかった。
そしたらもう、次の日から塾に行くことになってて、すごくびっくりしたのを今でもよく覚えてる。
三年生から入ると入塾テストをやらなくて済むそうで、お母さんは嬉しそうだった。
そこからはもう目が回りそうなくらい、いそがしい日々。
毎日毎日、学校が終わったら塾へまっすぐに行く。
友だちと遊びたかったのに、塾の時間に間に合わなくなるから誘われても断るしかなくて。
そのうち、誰にも誘ってもらえなくなった。
春休みと夏休みは塾の合宿。
旅行にもおじいちゃんちも行けなくて、悲しかったしつまんなかった。だけど私のためにお父さんとお母さんが頑張ってくれてるってわかっていたから「やりたくない」とは言い出しにくかった。
合宿は鼻血が出そうな勢いで頑張ったけど、はっきり言って公爵令嬢のときのマナー教育よりキツくてつらくて、泣きたかった。
「とりあえず、お腹、どうかな」
ひとまず考えることを止め、お腹を少しだけ強く押してみる。うん、大丈夫。もう痛くない。
「よし、お腹の痛いのも治ったし明日にむけて勉強しなきゃ」
眠気もどっか行っちゃったし、私は気合を入れてベッドから飛び降り、学習机に座った。
そして、志望校の過去問題集を手に取る。
そこからは、眠くなるまでひたすら問題を解き続けた。
できることはできるときに、できるだけやっておかないと勝利なんてつかめないんだから。




