処刑された令嬢
真っ黒な服を着た男の人。
罪のあるものを処刑する、処刑人。
右目だけに丸い単眼鏡をかけ、火のついた松明を、まるで空を燃やすように高く持ちあげている。
大声で騒ぎ立てる、大勢の人々の声。
私は顔をあげ、周囲を見渡した。
婚約者だったフロスト王太子殿下はいない。
フロストさまの新しい恋人になった、平民生まれの聖女さまもここにはいない。
残念だわ。
せっかくあなたたちが望んだとおりになっているというのに。
きっと、私の人生が終わることなんて、あなたたちにはどうでもいいことなのね。
『ここに、公爵令嬢エルルーナ・ギフォードの処刑をおこなう!』
そして、黒い服をまとった処刑執行人の冷たい声が響く。
「フロストさま……」
悔しくはない。
ううん、本当は少し悔しい。
だって、私はなにも悪いことをやっていないのに。
何度もそう訴えたけれど、信じてもらえなかった。
でも、しかたがない。
どんなに努力しても、私はフロストさまに愛してはもらえなかったから。
“不思議な力をもつ聖女さま”にいろいろな意地悪をしたから、と言われた。
とんでもないわ。私、意地悪なんてしていない。ただ、注意をしてあげただけ。
『フロストさまに手が触れるほど近づいていい女性は、王妃殿下と婚約者である私だけです』
『お召し物やお食事の用意をするメイドたちですら、腕の長さよりも近くに行ってはいけないのよ』
『不用意にフロストさまに触れてはなりません。強風でよろけられた? 大丈夫よ、男性の護衛騎士たちが側に控えているのだから』
これは我が国のみならず、ごく当たり前のこと。
けれど、彼女は忠告を聞いてはくれなかった。
婚約者がいる男性とは距離感に細心の注意を払わなければならない。
そんなのは、小さい子どもでもわかっていると思っていたのに。
聖女さまは私の話を完全に無視していたけれど、私はずっと思っていたことがあった。
フロストさまが彼女に注意をしてくれていたら、さすがに聞いてくれたのではないかって。
『僕の手に気安く触れたりしないように』
『婚約者でもないのに、勝手に愛称で呼んではいけないよ』
そう言ってくれていたら、私は、こんな目に遭うことはなかった。
けれど、フロストさまは彼女に注意をしてくれなかった。「節度のある距離感を」とも言ってくれなかった。
たぶん、フロストさまは私を愛してはいなかったのだと思う。
それでも私は、フロストさまを心の底から慕っていた。
王太子と結婚したら王太子妃になるわけだけど、私は別に“王太子”になりたかったわけじゃない。
結婚したら愛するフロストさまのお側にずっといられる。私の望みは、ただ、それだけだった。
──フロストさま。
私は、あなたのきれいな金色の髪と緑の目が、本当に本当に大好きだったの。
(最後に、お顔が見たい……)
けれど、右を見ても左を見ても、フロストさまはどこにもいない。
あぁ、なんて空しくて悲しいのでしょう。
「きゃ……っ」
そのとき強い風が吹き、まとっていたボロボロのドレスが揺れた。
……いいえ。やっぱりフロストさまがこの場にいらっしゃらなくてよかった。
こんなみっともないドレスを着ているところを見られたら恥ずかしいもの。それに、フロストさまに軽蔑の眼差しを向けられずにすむ。
それに、聖女さまと仲睦まじくしている姿を目にすることなく人生の終わりを迎えられる。むしろ、これで良かったのかもしれない。
そう思うと、少しだけホッとする。
「エルルーナ・ギフォード! 前へ!」
私は大きな刃が光る断頭台の前に立たされていた。
凍てつく刃の下、木の台にそっと首をのせる。
(ようやく……終わるのね)
この三年間、ずっと苦しかった。毎日、胸の奥が切り裂かれるような痛みに耐えていた。
「ギフォード公爵令嬢。最後になにか言いたいことはありますか?」
執行人が、灰色の髪を揺らしながら訊いてきた。
こんなときだけど、私は思わずクスッと笑う。
言いたいこと? そうね、一つだけあるわ。
「処刑人さん。あなた髪が灰色なのに、案外と若い人だったのね。もっとお爺さんかと思っていたわ」
処刑人は一瞬目を見張り、肩を震わせ笑い出した。
「そうですね、まぁ、若いですよ。そんなことより、せっかくですから大声で叫んでみたらいかがですか? 王太子殿下は近くまでいらしているみたいですから、ひょっとしたら聞こえるかもしれませんよ?」
あら、意外なことを言うのね。
「ありがとう。もういいのよ」
今さらそんなことをしたって、なんの意味もないと思うの。
「そうですかー……」
小さなため息が一つ、聞こえたかと思うと彼はすっと片手をあげた。
刃が、落ちてくる気配。
そして私は、ひとりぼっちで十六歳の命を終えた。




