饅頭、怖い。
饅頭が、怖い。
怖くて、怖くて、たまらない。
あの、素朴で丸っこい形が嫌だ。
あの、踏んだらつぶれそうな貧弱さが嫌だ。
あの、地味なくせにちゃっかりカロリーを備えているところが嫌だ。
あの、ビリッといきなり破れてくちびるに貼りつくテカテカとした表面の薄皮が嫌だ。
ただの和菓子のくせに、きっちり俺を震えさせる、饅頭が憎い。
なんで、なんで俺はこんなにも饅頭が怖いのか。
なんで、なんで俺はこんなにも、饅頭に怯えなければならないのか。
……昔、まんじゅうが好きだったことは覚えている。
まだばあちゃんが生きていた頃は、おやつにもらったまんじゅうを喜んで食っていた。
ばあちゃんの分までもらって、大喜びで口の周りをあんこだらけにしていたくらいなのだ。
まんじゅうが好きすぎて、暴走した事もある。
いとこの学園祭に行って、茶道部のブースに行ってまんじゅうを貪り食って叱られた事を覚えている。
遠足の日に半額になったまんじゅうのパックを持って行って、みんなに笑われた事を覚えている。
お盆に墓参りに行って、備えてあるまんじゅうを食って叱られた事を覚えている。
一体いつからまんじゅうが苦手になったのか、それを覚えていない。
一体いつから饅頭が怖くなったのか、それに全く心当たりがない。
ばあちゃんが生きていた頃は間違いなくまんじゅうが好きだった。
ばあちゃんが死んだ後、まんじゅうとの縁が薄くなったとは思う。
大おばさんが死んだ時は、饅頭を食べた記憶がない。
兄貴が修学旅行で買ってきたまんじゅうを食べる事ができなくて…大喧嘩をしたことを覚えている。
おふくろが卒業式でもらってきた紅白饅頭の箱を開けた瞬間に…背筋が凍りついたのを覚えている。
親父が差し出した紅白饅頭を見て、急に怖くなって…吐いたのを覚えている。
小学校四年生の頃には、饅頭がキライになっていたはずだ。
中学校を卒業した時には、饅頭に恐怖を覚えていたと思う。
一体、何が原因なのか、わからない。
わからないけれど、おそらく俺は…何かやらかしてしまったのだ。
恐怖症を発症するには、それなりのエピソードが存在しているはずだから。
饅頭を食い過ぎて、腹をこわしたせいか。
饅頭を食って、嫌な目に遭ったせいか。
もしかしたら、饅頭を盗み食いして大変な目に遭ったのかもしれない。
もしかしたら、饅頭だと思っておかしなものを食べてしまって命の危険を感じたのかもしれない。
ひょっとしたら…前世で饅頭の怒りを買ったのかも?
ひょっとしたら…墓場で饅頭を食われた悪霊の呪いかも?
………。
真相は、わからない。
だがしかし、事実、俺は…饅頭が怖くて仕方がない。
「……というわけで、申し訳ないんだけどこの饅頭は食うことができないんです」
きっぱりと断って、俺は饅頭の乗った皿を受付の奥さんに返した。
……不信の目を向けているが、致し方あるまい。
「困ります、全員分用意してあるので!せめて、持ち帰って下さ…
「お、なんだ、饅頭嫌いなのか!!じゃあ俺が食ってやるよ!!!」」
「あっ!!!!!」
食いしん坊のおっさんが俺の饅頭を奪い取り、ポンと口の中に入れた。
「……ウマッ…うん…?う、うぎゅっ?!きゅぴゅギュっ………」
ニコニコして食ってるなあと思ったその瞬間、おっさんは目の前でおかしな表情になり、聞いたこともないような声をあげて、卒倒した。
「え……?」
「きゃぁあああああああああああ!!!」
「なに、どうした?!」
「た、たたた大変、誰か、救急車っ…!!!」
……俺は、命拾いをしたのだが。
饅頭も、人ごみも、女も、イベントも、怖くて怖くてたまらなくなり。
恐怖症に苛まれる人生を送る事になってしまったのだった。