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4 騎士は聖女を一途に想う

 時は少し遡る。

 礼拝堂で聖女ニーナへの挨拶を終えたウィルとバージルは、教会の正門をくぐり、徒歩で参道を下っていた。


 教会は小高い丘の上にあり、市街地から続く参道はゆるやかな坂道になっている。

 二人が乗ってきた馬は、参道のふもとの厩舎に預けてあった。ごく一部の特権階級を除き、参道を馬や馬車で通ることは許されていないのだ。


 参道の両脇には参拝者目当ての露店が建ち並び、朝早い時間にもかかわらず多くの人々で賑わっていた。

 行き交う参拝者達の多くは一般の市民で、地方から出てきたことが一目で分かる旅装の者も少なくない。 


 そんな中、かっちりとした王国騎士団の制服に身を包んだ男たちは、それだけで人目を引く。

 それが貴公子然としたきらびやかな容姿を有していればなおさらで、ウィルが歩を進めるのに合わせて周囲の人々から静かなざわめきが起こり、老若男女を問わず多くの視線が彼に向けられた。


 ウィルはそんな周囲の注目を特段気にした様子もなく、ほぉ……と甘やかな吐息をもらした。


「聖女様は今日も麗しくていらっしゃったな……」

「いや~、噂どおりの美少女だったっすね~」


 隣を歩くバージルが、締まりのない表情で応じる。

 ウィルは「む」と形の良い眉をわずかに寄せた。


「美少女……確かに少女のようにあどけない表情をなさることもあるが、お歳を考えれば美女と呼ぶのがふさわしかろう……」

「金の髪がキラッキラで~」

「丁寧に煮出した薬草茶のような深みのある髪……」

「青い目もキラッキラで~」

「薄めに淹れた薬草茶のような優しい瞳……」

「ん?」

「ん?」


 かみ合わない会話をしばらく続けてから、二人は顔を見合わせた。


「バージル、さっきから誰の話をしているんだ?」

「もちろん、新人聖女のオリヴィアちゃんっす。侯爵家のお嬢様で聖女様で美少女だなんて、マジすごいっすよね~」

「誰だそれ」

「はあぁ?」


 バージルが素っ頓狂な声をあげる。


「誰って、さっき教会の門の近くで会ったじゃないっすか」

「ああ、そういえば聖女の格好をした若い女に呼び止められたな」

「若い女って……。隊長、オリヴィアちゃんと知り合いなんすよね?」

「知り合いではないな」

「だって、『ウィル様、ご無沙汰しておりますわ』って、親しげに声掛けられてたじゃないっすか」

「いや、知らん」

「えぇぇ……」


 断言するウィルに、バージルは信じられないと言いたげな眼差しを向ける。


「どうせまたあれでしょ、どっかで一目惚れさせておいて自分は覚えてないってパターンなんでしょ。あ~あ~あ~、これだからイケメンはな~。オレなんかちっとも女の子にモテないってのに~」


 バージルがぶぅぶぅと口を尖らせる。

 ウィル・クレイグという男は非常に女性に好かれる容姿をしている上、剣の腕も立つ。

 実際、任務中に女性を助けて一目惚れされ、その相手が騎士団の宿舎にまで押しかけて来る……という事件が、これまでに幾度も発生していた。


 ちなみにバージルという男も、決して悪い男ではない。

 平民出身であり、ウィルのような優雅さはないものの、野性味を感じさせる精悍な顔つきをしている。

 ウィルに引き立てられて副隊長に任命されるだけあって、性根も剣の腕も確かだ。

 黙って剣を振っていれば女性に人気が出ること間違いなしなのだが、いかんせん、口を開くとキリッとした印象が台無しになってしまう男なのである。


 ウィルは至極真面目な顔で、バージルの愚痴を聞き流した。


「聖女ということであれば、今後はきちんと顔と名前を覚えよう」

「いや、そういうこと言うから『聖女好き』なんて噂流されちゃうんっすよ……」

「なぜだ。仕事で世話になるのに、顔と名前を覚えるのは当然だろう」


 ウィル・クレイグは、騎士見習いとなった十三の歳からずっと騎士団中心の生活を送っており、伯爵家の人間でありながら社交にはとんと興味を示さない。

 引き継ぐものもない三男ということもあり、家族もとうにあきらめて本人の好きにさせている。


 他家のご令嬢の顔や名前を覚えるようなマメさも持ち合わせてはいないのだが、一度でも任務で関わった聖女については、顔も名前もきちんと記憶する。

 本人はそれも仕事のうちと考えてのことなのだが、二十二歳にもなって婚約すらしていないことも相まって、「聖女好きなのでは……」などという不本意な……しかし全くの的外れとも言い難い、残念な噂を流されているのだった。 


「オリヴィアちゃんがすごいのはそれだけじゃないっすよ。聞いた話じゃ、ニーナ様と同じ三奇跡の使い手らしいっす」

「ほう」


 ウィルの目に初めて興味の色が浮かんだ。


「そうなのか? ふむ……先ほどの少女からはニーナ様のような聖女オーラは感じなかったが……。まぁ、ニーナ様の『奇跡』は別格だからな……」


 ウィルの瞳に浮かんだ興味の色は、あっという間に、うっとりとした尊敬の色に塗り替えられた。


「たとえばさきほどの『祝福』。ニーナ様は一瞬にして『祝福』を授けて下さったが、普通の聖女様は少なくとも数分は集中しなければ『奇跡』を使うことはできないのだ。無詠唱でというのも稀らしい。それに、ニーナ様の『祝福』は他の聖女様のより効果が高い気がする。それから……」


 止めなければいつまでも続きそうな賛美の言葉を、バージルは「あの~」とのんびりした声で遮った。


「前から気になってたんすけど、隊長ってもしかして、ニーナ様のこと好きなんすか?」


 バージルの質問に、ウィルは力強くうなずいた。


「当然だ。ニーナ様は名実ともに歴代最高の聖女様だからな」

「いや、そういう意味じゃなくてですね。一人の女として惚れてんですか、ってことです」

「なっ……!」

「あ……本気でマジなんすね……」


 途端に耳まで真っ赤に染めて絶句したウィルに、バージルは瞬時に答えを察する。


「もしかして、第六騎士団の団長昇進の話とか、第一騎士団からの誘いを断り続けてるのって……」

「団長だなんて管理職になってしまったら、ニーナ様と遠征でご一緒する機会が激減してしまうではないか。王族の警備が任務の第一騎士団なんぞ論外だ。俺が何のために騎士団に入ったと思ってるんだ」

「……隊長、ニーナ様が参加する遠征のとき、めっちゃウキウキしてますもんね……」

「遠征のときくらいしかお目にかかれないからな。本当は教会の騎士団に入って、ニーナ様の護衛騎士になりたかったんだが……」

「聖女様の護衛騎士って、女性しかなれませんもんね。……え~と、一応ニーナ様との馴れ初めとか聞いた方がいいっすか?」

「聞きたいか? あれは俺が十二歳のときのこと……」

「あ、やっぱ長くなりそうなんで遠慮しとくっす」

「む……」

「でもニーナ様って、若く見えるけどけっこう年上っすよね?」


 うむ、とウィルはうなずく。


「二十九歳でいらっしゃる。俺とは七歳差だ。まぁたいした年の差ではないな」

「いやいやいや! 七歳離れた夫婦って、まぁたまにいなくはないっすけど、奥さんの方が年上でってのは聞いたことないっすよ」

「他人がどうかなど、どうでもいいことだ。想像してみろ、あの麗しいニーナ様が妻として一つ屋根の下にいるところを……」

「はぁ、そうっすねぇ、ニーナ様がオレの嫁かぁ……」


 うーんと首を捻ったバージルは、次の瞬間、でれっと鼻の下を伸ばす。いい笑顔で、グッと親指を立てて見せた。


「アリっすね!」

「おい待て今何を想像した直ちにその不埒な妄想をやめろだいたいニーナ様はおまえの嫁ではない!」

「り、理不尽!」


 真顔のウィルにガクガクと両肩を揺さぶられ、バージルはグエッとうめく。

 ようやく解放されると、呆れ顔でウィルを見た。


「も~、そんなに惚れてるんなら、さっさと婚約を申し込んだらいいじゃないっすか。たしか、教会を通して申し込めるんすよね?」

「もう申し込んだ。俺が十五歳のとき、正騎士になってすぐに」

「マジすか!?」

「だが教会を通して断られた。今は結婚は考えていないと」

「マジすか〜」

「その後も年に一度、申し込みを続けたが、返答は同じだった」

「マジすか……」

「三年続けたところで俺は婚約の申込みをやめた」

「それであきらめたってわけじゃないんすよね?」

「当たり前だ。……三年続けて断られた時点で俺は悟ったのだ。ニーナ様は神力が尽きるまで、聖女の務めをまっとうされるおつもりなのだと。ご自身の幸せは後回しにして、民のために尽くすおつもりに違いない。ならば俺も、個人の想いを優先させるわけにはいかない。騎士として、ニーナ様を最後までお守りする。そしてニーナ様が聖女を引退されたその時に、改めて求婚しようと決めたのだ」


 決意のこもった眼差しで丘の上の教会を見つめ、ウィルは胸の前で拳を握りしめる。

 は~、とバージルは感心とも呆れとも取れる溜息をもらした。


「え~と、三年連続で断られたって話ですけど……ニーナ様は隊長に興味がない、とは考えないんすね」

「考えない。……ことにした」


 言った次の瞬間、ウィルは情けなく眉を下げてバージルを振り返った。 


「……やはり七つも年下の男は恋愛対象にならないものだろうか?」

「あ~……ギリギリセーフなんじゃないっすか。知らないっすけど」


 ウィルからそっと視線をそらし、バージルはポリポリと頬をかく。

 だよな、とウィルが深くうなずく。


「ニーナ様は聖女として素晴らしいだけでなく、女性としても素敵な方だ。これまでニーナ様に婚約を申し込んだのが俺だけなどというはずはない。その全てを断っておられるということは、俺だからダメというわけではないはずなんだ。うん」

「たしかにそうっすね。まぁ結婚自体に興味がないって可能性もありますけど」


 再びしょんぼりとうなだれるウィルに、バージルはさらに明後日の方向に視線をやった。


「あ~あ~……もしそうだとしても、隊長がガチで口説いたら気が変わるかもしれないですし。知らないっすけど」

「……全力を尽くそう」

「でもニーナ様の神力量って桁違いなんすよね? おばあちゃんになるまで引退しなかったらどうするんすか?」

「そうしたら俺もじいさんになるだけだ。全く問題ない。それに、年を取れば取るほど、七つの年の差も誤差になっていく気がするしな」


 さらりと言ってのけるウィルに、バージルは今度こそ感嘆の表情を浮かべた。


「は~、なんか途方もないっすね……。でももったいないな〜。隊長ならどんな可愛い子でも美人さんでもよりどりみどりなのに〜」

「ニーナ様は誰よりも可愛らしいしお美しい。ニーナ様以外には興味ない」

「あ、もしかしなくても隊長って童て……」


 ギロリと睨まれ、バージルは慌てて口を噤む。


「ま、頑張って下さい! 応援してますんで!」


 誤魔化すようにニカッと笑みを浮かべるバージルに、ウィルはちらりと胡乱な目を向けた。

 

「おまえの言葉はどうも軽いな……。ま、言われなくても頑張るさ。遠征の間に、少しでも俺に興味を持って頂けるようにな。今回の遠征の道中で採れる薬草についての予習も完璧だ。ああ、ニーナ様が淹れてくださる薬草茶も楽しみだな……」


 ウキウキと足を速めるウィルの背中を、バージルが慌てて追いかける。


「隊長、遠征はデートじゃないっすからね~」

「わかっているとも。集合時間まであと一時間か……待ち遠しいな」


 頬をゆるませたまま、ウィルは跳ねるような足取りで坂道を下る。

 聖女オリヴィアの参加表明により集合時間が二時間遅れることを彼が知るのは、この後間もなくのことである。

ヒロインのことが大大大好きなヒーローです! 応援してやって頂けると嬉しいです♪

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