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10 魔獣との戦闘

 ノースウッドの街が三度魔獣に襲われたとの報を受けた派遣部隊の一行は、隊を二つに分け、ウィル率いる十五名の騎士とニーナ、護衛騎士のルイザとで、ノースウッドに急行することになった。

 一方、バージル率いる残りの騎士達は、オリヴィア達の乗る馬車と荷馬車を護衛し、従前の予定どおりにノースウッドを目指すことが決まった。


 全速力で駆ける騎士達に遅れないよう、ニーナも必死に手綱を握り続けた。

 二時間後、ノースウッドの街が目前に迫り、街を襲う野獣の姿が目視できるようになったとき、一行に衝撃が走った。


 街に襲来していたのは、猪の魔獣だった。

 通常の猪の三倍の体躯に、岩のような硬い皮膚と巨大な牙を持つ魔獣。『黒の森』に棲む魔獣の中でも気性が荒いことで知られる。その数、十数体。それが街を守る外壁を破らんと、突進を繰り返しているのだ。

 猪の魔獣が複数で現れたことは知らされていたが、その数は想定していたよりもずっと多かった。そして、街の状況も想定以上に逼迫していた。


 ノースウッドの街は外壁の門を閉ざし、籠城を強いられていた。

 駐屯する警備兵の多くが負傷し、聖女達もろくに『奇跡』を行使できない状況で強力な魔獣に攻められたとあっては、他に選択肢はない。


 数名の警備兵らが外壁の上から魔獣に矢を射かけているが、その矢はすでに『祝福』の効果が切れているらしく、深手を負わせるには至っていない様子だった。

 魔獣というのは、おしなべて防御力が高い。『祝福』を付与されていない通常の武器でも傷を負わせられないことはないが、致命傷を与えるのは至難の業なのである。


 もっとも、『祝福』があれば楽に魔獣を倒せるというわけでもない。

 ウィル率いる騎士の数はわずか十五名。いかに精鋭揃いの騎士団といえど、十数匹もの猪魔獣を倒すのは極めて困難に思われた。


 外壁から少しの距離を置いた地点で、ウィルが隊に停止の合図を出した。闇雲に突っ込んでも勝ち目はない。作戦を立てる必要があった。


「このままでは壁が破られます!」

「魔獣どもを威嚇して、こちらに注意を向けさせましょう」

「だが、そこからどう戦う? こちらは十五しかいない。あの数の猪魔獣を一度に相手にするのは命を捨てるようなものだぞ」

「くそっ、いったいどうすれば……」


 焦りと絶望感を滲ませる騎士達の目の前で、魔獣達は外壁への突進を繰り返している。

 ドシーン、ドシーンという重たい音に、壁の軋む音が混ざる。魔獣が頭突きをするたびに、外壁の煉瓦が少しずつえぐれ、欠片がパラパラと落ちる。

 ついに、ピキリという不穏な音に続いて、外壁に縦に大きく亀裂が走った。


「まずい、破られるぞ……!」


 騎士達から悲鳴のような声が上がる。

 外壁が破られ、街に魔獣が侵入すれば、人にも建物にも甚大な被害が出る。もはや一刻の猶予もなかった。


 騎士達の会話を耳に入れながら、ニーナは冷静に状況を把握する。

 自分に何ができるかと考えたときに、一つの案が思い浮かんだ。

 おそらくこれまで誰も試みたことのない強力かつ大規模な『奇跡』。

 必ず成功するという確信はない。

 その上、作戦が成功しても失敗しても、これを行使すればニーナは神力酔いを起こし、しばらく使い物にならなくなる可能性が高い。

 けれど、本当にできるだろうかと迷ったのはほんの一瞬。ニーナは決意を込めて、騎士達の前に進み出た。


「クレイグ隊長、私に考えがあります」


 ウィルと騎士達が揃って振り返った。


「……聞かせてください、ニーナ様」


 騎士達の注目を浴びながら、ニーナは自分の作戦を手短に説明した。

 聞いている騎士達の間に、期待と不安の入り混じったどよめきが起きる。本当にそんな『奇跡』が起こせるのかと、騎士達の目は半信半疑の様子だった。


(無理もないですよね……。誰も見たことも聞いたこともない――私自身も初めて行うのですから……)


 黙ったままのウィルの顔色をうかがえば、眉間に皺を寄せてニーナの顔を見つめている。

 やはりこんな不確実な案を採用するわけにはいかないのだろう。


「あの、やっぱり……」


 ニーナが自分の案を引っ込めようとしたとき、ウィルが口を開いた。


「ニーナ様、一つだけ確認させて下さい。その作戦は、ニーナ様のお身体に膨大な負担がかかるのではありませんか?」


 ニーナは小さく目を見開いた。

 不安そうにニーナを見つめるウィルは、ニーナが作戦どおりの奇跡を起こせるかどうかを疑っていたわけではなかった。ただただ、ニーナの身体を案じていたのだ。


 ニーナの胸の奥から、熱いものが湧き起こる。

 身体の内に漲る力を両の目に込めて、ニーナはウィルを見つめ返した。ウィルが信じてくれるなら、ニーナはその信頼に応えたい。


「クレイグ隊長のおっしゃるとおりです。でも私、必ずやり遂げてみせます!」


 ウィルはニーナの視線を真っ向から受け止めると、迷いを振り切るように一度目をつむり、それから力強くうなずいた。


「……わかりました。ニーナ様、どうかよろしくお願いします」


 そこからのウィルの行動は素早かった。騎士達を指揮し、魔獣目がけて向かっていく。

 騎士達は魔獣の群に接近すると、外壁に突進を繰り返している魔獣達に一斉に弓矢を射かけた。


 猪魔獣は、獲物を定めると脇目も振らずにそれに向かっていく性質を持つと同時に、怒りやすい性質も持つ。突然弓矢で攻撃されたことで新たな敵の存在に気付いた魔獣達は、騎士達へと怒りの矛先を向けた。外壁への突進を中断し、ウィル率いる騎士達に向かって駆け出した。


 騎士達は素早く魔獣から距離を取っては再び弓矢で攻撃し、魔獣を挑発する。それを繰り返しながら、騎士達は魔獣達を外壁から引き離すと同時に、ある地点へと誘導していった。


 一方のニーナは、ルイザに付き添われながらギリギリまで魔獣達に近づき、馬から降りて機をうかがっていた。

 魔獣は聖女の身の内にある神力を嫌うため、聖女や元聖女を積極的に襲うことは稀だ。現に、ニーナ達を標的として向かってきている魔獣はいない。

 とはいえ、荒れ狂う巨大な魔獣達に身一つで接近することは、いかにニーナであっても恐怖を感じずにはいられない。

 ニーナの全身を痺れるような緊張感が包み、冷たい汗が背中を伝う。ルイザは馬に騎乗したまま、ニーナをかばうような位置に立ち、抜き身の剣を構えている。


(もう少し……)


 ニーナが瞬きもせずに見つめる先で、騎士達が巧妙に魔獣を誘導し、ニーナの近くに集めていく。

 魔獣と騎馬とで地響きが起き、舞い上がった砂埃がニーナに降りかかる。


(あと少しだけ……)


 猛り狂う巨大な魔獣達がニーナに迫る。

 そしてついに、全ての魔獣がニーナの目の前で、一所に集まった。


 その瞬間、ニーナは地に跪き、両手を地面に押し当てた。

 魔獣達を見据えたまま、両の手の平から地面に向けて、大量の神力を放出する。

 ぶわりと風にあおられたようにニーナの髪と服が浮き上がった次の刹那、ニーナの手の平から目の眩むような青白い光が生まれた。

 その眩い光はニーナを起点として、魔獣の群れをめがけて放射状に地を走り、範囲内に立つ魔獣の身体を包み込む。


 青白い光に包まれた途端、魔獣達は苦し気にのたうち回り始めた。その身体から黒いもやが立ち上る。その黒いもやを白い光の粒が包み、消していく。

 そうして全てのもやが消え、青白い光が収まったとき、そこに魔獣の姿はなく、ごく普通の猪達の姿があった。


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