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1 旅立ちの朝

 ステンドグラス越しの光が静謐な空間にきらきらと降り注ぐ。

 王都において王城に次ぐ広大な敷地を誇る中央教会。一般市民に開かれた区画の最奥に建つ小さな礼拝堂に、四人の男女の姿があった。


 二人は女。

 信仰の象徴たる女神像を背に、聖女の証である純白のローブをまとった女が凛と立っている。わずかに癖のある長い髪と瞳は、この国でもっともありふれた茶色。その色合いに似て、表情や佇まいにも穏やかな落ち着きがある。


 彼女の傍らに立つもう一人の女は、教会騎士団の、濃緑色を基調とした騎士服をすらりと着こなし、腰には細身の剣を帯びている。鮮やかな赤毛は男のように短く、切れ長の緑の瞳は隙なく周囲に気を配っている。


 残る二人の男は、聖女の前に片膝をついている。いずれも、紺色を基調とした、王国騎士団の騎士服に身を包んでおり、見るからに女二人より若い。


 男の一人――ウィル・クレイグが深々と頭を垂れた。


「大聖女ニーナ様、急な要請にもかかわらず騎士団の遠征に帯同してくださり、ありがとうございます。第六騎士団を代表して感謝申し上げます」

「お礼だなんて。魔獣の被害への対応は、教会の務めでもありますから」

「二ヵ月ぶりにニーナ様とご一緒できること、心から嬉しく思います」


 ウィルが顔を上げるのに合わせて、金の髪がさらりと揺れた。空色の双眸は、聖女の衣をまとうニーナをまっすぐに見上げている。

 非常に整った容姿の男だ。その場の光を一身に集めたかのような華やかさがある。

 見つめられれば多くの女性が頬を染めるに違いない甘い顔立ちだが、対するニーナは穏やかな微笑を保ち続けていた。

 

「今回の派遣部隊の副隊長はバージルが務めます」


 ウィルは、一歩後ろで同じように片膝をつくもう一人の騎士をニーナに示した。

 紹介されたバージルが、ニーナと傍らの女騎士に向かってニカッと白い歯を見せる。


「ニーナ様、ルイザさん、今回もよろしくお願いするっす」


 灰褐色の髪に灰色の瞳のバージルもまた、騎士らしい精悍な容貌だ。

 ニーナと女騎士ルイザも、顔なじみのバージルに微笑みを返す。

 互いに挨拶を交わしたところで、ウィルがニーナに向き直った。


「ノースウッドの街を襲った魔獣は駐屯している警備兵らがすでに討伐したとのことですが、新手が襲って来ないとも限りません。もしそのような事態になりましても、ニーナ様の御身は我々が必ずお守りいたします」

「クレイグ隊長が一緒なのですもの、ちっとも心配なんかしていませんよ」


 ニーナの言葉に、ウィル・クレイグは「光栄です」と顔を輝かせた。

 男がそうして相好を崩すと、垂れ目がちな瞳と相まって、ますます甘い顔つきになる。 

 それににこりとやわらかな笑みで応え、ニーナはウィルに一歩近づいた。


「クレイグ隊長に祝福を」


 言いながら、ウィルの騎士服の左胸に、続いて傍らに置かれた剣に、そっと右手を触れる。

 ニーナが手を触れた瞬間、手と武具との間に青みがかった光が生まれた。その光は、一瞬にして武具に吸い込まれるようにして消える。

 ニーナがバージルに対しても同じことを繰り返した後、二人の男は礼を述べて立ち上がった。


「それではまた後ほど、集合場所にてお目にかかるのを心待ちにしております」


 にこやかに一礼して立ち去る騎士達を見送り、ニーナも礼拝堂を後にした。





(集合時間まであと一時間、急いで支度をしなきゃですね……)


 礼拝堂を出たニーナは、一般開放区域と立入禁止区域とを仕切る門をくぐり、自室へと向かっていた。

 ニーナたち聖女の居住する建物は、教会の立入禁止区域内にあり、許可を得た者しか出入りすることはできない。

 護衛騎士であるルイザとは門をくぐったところで別れ、今は一人である。


 通路を急いでいたニーナは、正面から聖女のローブをまとった少女がやって来るのに気付き、歩を緩めた。

 年若い聖女は、月光に照らされたような淡い金色の巻髪を揺らしながら、足早に歩いてくる。

 一ヵ月ほど前に聖女の認定を受けたばかりの、新人聖女である。ローブの裾からのぞく私服は、ニーナの質素なワンピースと違い、シンプルながらドレスと言って差し支えない高級なものだ。

 少女の後ろには、仕立ての良いお仕着せをまとった三人の侍女が、ぞろぞろと付き従っていた。


「オリヴィア様、こんにちは。聖女の生活にはもう慣れましたか? もし何かお困りのことがあれば――」


 すれ違う直前にニーナから声をかけると、オリヴィアと呼ばれた少女は、初めてニーナの存在に気付いたような表情で立ち止まった。

 人形と見紛うばかりに整った白い顔が、ほんのわずかニーナの方に傾けられる。


「ごきげんよう。わたくし急いでおりますので失礼いたしますわ」


 ニーナの言葉を遮ってそれだけ言うと、オリヴィアはもはやニーナに目を向けることなく、再び渡り廊下を歩き出した。渡り廊下の先は、一般開放区域へと続く門だ。

 三人の侍女達が、どこか嘲るような笑みをニーナに残し、オリヴィアの後に続く。

 一行を見送ったニーナは、ひょいと肩をすくめ、再び自室へと歩き出した。


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