フェイラル国2
鏡を潜り抜けて離れの部屋に帰ると、へたへた……と力が抜けて座り込んでしまった。
なんだかたくさんのことがあった気がする。
「夢……じゃないよね?」
確かに目の前に、アーサー・ナイトレイが居たのだ。
漆黒の髪と瞳の、とても整った綺麗な顔の男の子。そういえば、言葉が日本語だったけど……あれはこちらの言葉を放してくれていたのかな。それともなにか自動翻訳的なものなんだろうか。
話してみたら、普通の男の子だった。すごく話しやすくて、初めて会った気なんてしなかった。ずっと昔から友達だったみたいに思えて不思議。笑顔が、とても好きだった。自然で、さわやかで、全然……くじけたり歪んだりしている感じなんてしなくて。一人で五年も生きてきたのに、きっととても強い人なんだろう。
壁掛け時計を見ると、まだ朝の六時。
どうしようかな、と思う。夕方また、行けるものなら行きたい。
うーんと、時間を逆算する。
一度荷物を整理して、ご飯作ってお風呂入って、夜に備えて少し寝ておきたい気もする。
そんなわけで、まだ朝早いので、私は本宅に戻って二度寝することにした。
夢を見た。
洞窟の中で、アーサー・ナイトレイが胡坐をかいて座っている。珍しいな、と思う。昼間見る夢で、彼の姿が見れるなんて。
気難し気に眉根を寄せて、腕を組んでいた。
「女子高生……」
ぽつりと、今まで聞いたことのないような台詞を言っていた。
「細くて胸がデカい……天使?」
……本人とも思えないような変な台詞を言っていた。
「……夢、だよな」
気の抜けたような彼のその台詞を聞いたら、画面が暗くなって……そうして私は夢もなく眠ってしまった。
起きたら昼だった。
セミの鳴き声がうるさい。こんな音の中でよく眠れていたな、と思う。
暑過ぎて、クーラーをかける。
…………なんか、変な夢みたけど。夢だよね。彼じゃないよね。あんなこと言わないよね。
うんうんと、自分を納得させてから、布団をたたむ。
そうして着替えてご飯を作る。今日もたくさん作って夜に備えよう。まだ洞窟にいるかもしれないし、少し早めに行こうかな。あと水筒も用意して、あとで温かいお茶を入れてもって行きたい。
作り終わったご飯を食べて、一息ついてから、荷物整理をすることにした。
離れに行って、マジックバッグの中身を確認する。
鞄を広げると宇宙空間みたいな場所が広がっている。
「姿見とおんなじような感じなのかな……?回復の葉出てこーい」
と言いながら鞄の中に手を突っ込んで掴んで取り出すと、たしかにキラキラ光る葉っぱが出せた。よしよし、使い方はこれでいいみたい。いくつか取り出して、説明書も読んだけど正直良く分からないものばかりだった。
……良く考えたら、これアーサーと一緒に見てもらった方がいい気がする。それに全部渡して来てしまえばいいんだ。少しは私も持ってた方がいいかもだけど。
そう決めて荷物の中身はまた鞄に戻して、確認は諦めた。
夕方までまだ早いのでお風呂に入る。
出て来てからスマホを見ると通知が来てた。
ママ『大丈夫そう?』
わたし『問題ないです!面白いものたくさんあるから、退屈してないよ』
そういえば昨日マキちゃんからメッセが来てたんだって思い出して返信しておく。『ありがとう。今度見てみるね!』
ドライヤーで髪を乾かしながら、ぼんやりと考える。
フェイラル国のこと。鏡の向こう側。びっくりしたように私を見つめた、アーサーのこと。
現実……なんだよね。だって、アーサーの手は温かかった。じっと手を見る。確かに感じた男の子の生身の感触。それにうちのおじいちゃんがそもそも渡っていたっぽいのだ。孫が同じように渡ってもおかしくないんだろう。
髪が乾いたので、また動きやすいズボン姿に着替えて、出かける準備をする。
何時ごろに行こうかな。こっちは夏だから六時とか七時まで暗くならないけど……と、ちらりと時計を見るとまだ四時。でももう行きたくて仕方がない。
「あ、そっか、早く行っても、待ってたらいいんだ!」
良いことを思いついた気がして、私は鞄を背負ってしまう。
早く行ったら驚くかな。ガスよし電気よし、戸締りよし。
行ってきます!おじいちゃん!
鏡を潜り抜けると、やっぱり洞窟の中のままだった。だけど、今度は明かりが着いている。ふわふわした光の粒みたいなのがたくさん浮いている。魔法なのかな。
不思議に思って見回すと、歩き回っていたみたいな様子のアーサーがこちらを振り返った。
やっぱり、とてもカッコいいなと思う。こうして立っている姿を見ると背が高い。彫りが深くて、線が細くて、暗闇の中で見るとぞっとするくらい美しい顔をしてる。男の子に対して誉め言葉なのか分からないけれど。
「……美青」
「お邪魔します……」
ぺこりとお辞儀をすると、アーサーが花が咲くように笑った。
「……良かった!夢を見たのかと思って……なんだか信じられなかったから……」
それはこちらの台詞だ。
「アーサー眠れなかったの……?」
「……うん、元の世界の人と会えて、ちょっと興奮してたみたいで」
アーサーは少し照れるように笑って言った。
「大丈夫?」
「うん。全然平気」
「ご飯食べる?」
「食べたい!ありがとう」
アーサーはずっと笑顔だ。おにぎりを美味しい美味しいと言って食べて、みそ汁を体に染みると言って飲んだ。ちょっと涙ぐんでいる。
「早く来ちゃって大丈夫だった?」
「大丈夫だよ。予定あるわけじゃないし。ちょっと外の様子は気になるんだけど。この前、周りの人たちどこかに飛ばしちゃったみたいで、そのうち戻ってくると思うし移動した方がいいとは思うんだけど」
「飛ばす……」
「魔法みたいだね。自分でも良く分からなかったんだけど……」
「私も外、出られるのかなぁ……?」
「……」
アーサーはまっすぐに私を見つめて言った。
「俺と居たら危ないかな、と思う……命を狙われるし……」
「……でも」
「うん。俺も美青に会いたいし、どうしようかね」
食後に差し出したチョコレートを食べながら、アーサーは考えている。
「鏡に俺の姿映るんだろ?安全な場所にいて、来てもいいときに合図でもあるといいのかな」
「うん!合図いいね」
確かに戦闘中に私がひょっこり現れたら危険だと思うし。
「そもそもあんまり深夜だと、美青寝ちゃってるでしょ?」
「そ、そうかも。今は夏休みだから大丈夫だけど」
「だから寝るのに少し早い時間くらいで……。なんか髪に飾りとかピンでも挿しとこうか。派手なの。次の町で買うよ」
「ふふ。可愛いかも」
「可愛いの買っとく」
アーサーはにっこりと嬉しそうにそんなことを言う。
「外歩きたいなら、大きな街中なら大丈夫かもだから、呼ぶよ」
「うん……」
合図が決まったところで、私はマジックバッグを彼の前に差し出した。
「いくらでも荷物が詰め込める不思議な鞄なの……何が入ってるのか自分でも良く分からないんだけど、アーサーに活用してもらいたいなって思って」
「……見ていいの?」
「うん。おじいちゃんの遺産なの」
「賢者の遺産か……」
アーサーは一つずつ引っ張り出して地面に並べだした。
大きな剣を引き抜いた時は「おぉ……」と瞳を輝かせていた。説明書を見ると勇者の剣って書いてあったので二人で顔を見合わせてしまった。え、なにそれ、そんなのおじいちゃんが持ってていいの?
アーサーは私から離れて剣を構えてぶん、と音を立てて振った。
「勇者の剣……?これ魔法剣になるみたいだけど」
「魔法剣?」
「俺の魔力が剣に乗る。それで力が倍増するみたい。すげー効果」
「へー?」
アーサーは戸惑うように私を見つめた。
「本当に俺が使っていいの?」
「もちろんだよ!アーサーの為に持ってきたんだもん。他に使い道なんてないよ」
「……うん、ありがとう」
黒のローブが何枚も出て来た。色んな耐性の付いたローブみたいで、さっそくアーサーは敗れた服を脱いでそれに着替えた。「付与効果すごい。防御力アップしてる」と言っていた。
回復の葉と不死の花はある限り持って行ってもらおうと思ったら「半分は美青が持ってて」と渡された「美青が心配だし、何があるか分からないから」と。
「翻訳の実ってなんだろうね?」
「……美青、俺、実は日本語で話してる」
「え?」
「美青にはこの世界の言葉が分からないと思うよ」
「……そうなの?」
「これ食べたら分かるようになるのかな?でも分からないけど……」
「うん……町に出てから試してみようかな?」
「それがいいかも」
一つずつ検証しているうちに時間が経ってしまった。
「だいぶ遅くなったんじゃない?美青帰って寝る?」
「……もっと居たいけど」
「……また、明日」
アーサーは嬉しそうにニカっと笑って、ありがとう、と私の手を握った。
「俺、生き残れそうな気がしてきた。美青のおかげなんだ。だから、美青も体壊さないようにしてほしい」
「……うん。また明日来るね。アーサーはどうするの?」
「ここから移動して、大きな都市を目指すよ。そろそろ王都入りしてもいい頃かもしれないし」
「分かった。無理しないでね」
「大丈夫!」
繋いだ手を放し難くて、彼の手の体温を大事なもののように感じとる。
「怪我もしないでね。無理しないでね」
「……うん。頑張る」
本当にアーサーは嬉しそうに笑う。
「あ、そうだ、最後に教えて」
「うん?」
「今何年なの?年号……というか西暦でも」
「2024年だよ」
「……そっか」
「え?なに?」
「ううん。時間が同じだと思う。俺が生きてたら居た時代。時が経ってる。万が一、来る前に戻れることがあるのかなって考えることあったけど……もうとっくに死んでるんだろうな」
アーサーは自嘲するように笑った。
そうだ。彼にとってはこの世界は夢で帰れるかもしれないという希望を持っていたはずだ。だけど、それはもうきっと叶わない……。
「……次の時教えてくれる?」
「え?」
「ハヤトくんのこと」
「……うん」
最後に、ありがと、そう言って彼は手を放した。
「気を付けてね」
「おう。また、明日」
とても綺麗な顔をしたカッコいい人なのに、笑顔が子供っぽくてかわいいな、と思う。
そうして名残惜しい気持ちのまま、私は鏡を潜り抜けた。
すっかり忘れていたけど、私は彼の夢が見れるのだった。
荷物を片付けると、慌てて歯を磨いて寝る準備を整える。
少し暑くなってきたから弱めにクーラーを掛けたまま、いざ就寝。
「おやすみ……アーサー……」
ドキドキとする心臓を感じながら、私は眠りに落ちた。