王子の夢3
闇魔術の組織(祖シールギーの一味)、そして国、賞金稼ぎにも追われる日々が続いた。
こうなってくるともう人目に付く場所に出られないし、人目を避けてても一つの拠点に長居すれば闇魔術で見つかりやすくなってしまう。
複数で追われるときは、死ぬことも増えた。焼かれるときはともかく、嬲り殺されるのはもはや神経が耐えられない。
一年程逃げ続けながら、三体の古代生物を倒した。
記憶通りなら、古代生物の残りは二体、俺は今十六歳で、五年経つまでの残り時間も一年ほどのはず。
あともうほんの少しなのに……。
最近はもうずっと、ろくに眠ることも出来ずに、意識が朦朧としている。思考が上手く働かず、何のために逃げているのか自問自答する。アーサー・ナイトレイに思い入れもなく、きっと日本にはもう二度と帰れない。ただ死にたくなくて逃げ回っていたけれど、生き残った先にあるのはこの世界を救うこと。心底どうでもいい……。
「俺、何のために生きてるんだろう……」
もう、何もかもが分からなくなってしまった。
このころから俺の感情が段々と失われ始めて行った――
そうしてさらに一年後。
闇魔術で倒した古代生物がズサン、と音を立てて山奥の地に倒れた。最後の一体も、孤独を嘆くような咆哮をしていた。この世界でただ一人きりの自分と、この哀れな生き物の違いは、何もないような気がした。
十体目だ。これで、最後のはずだった。
「もうどうでも良かったのに……倒しちゃったな」
この世界のことは、勇者に任せて放っておけば良かった。なのに、倒してしまったのは意地だ。それに……古代生物を少しでも楽に殺したいそんな気持ちも確かに芽生えていた。
結局、未だ襲ってくる闇魔術師たちの組織は健在だし、この後、世界に破滅をもたらす神獣フラーバの復活があるんだろう。
その時……物語の中では、死んだアーサー・ナイトレイの力が本当は必要だったのだけど気が付くのだけど、物語を変えてしまった今ではそれはないんじゃないかと思う気もする。賞金首に追われているのに、いまさら英雄扱いされることもないだろう。
「どうしようかな、俺……」
当初の予定では勇者に合流して共闘するつもりだったけれど。今ではそんな気にもなれない。まだ子供だった勇者ライアンは元気にしているのだろうか。最初の古代生物を倒してしまったから心配していたけれど、その後、闇組織に立ち向かう勇者としてライアンのうわさ話を聞いた。まぁ勇者だ。それなりに元気なんだろう。俺よりもずっと。
地面に膝を付き項垂れながらそんなことを考えていたけれど、人の気配が近づいてくるのを感じた。
こんな夜中の山奥に来るやつなんか俺宛の戦闘要員しか思いつかない。
「はぁ……」
出来るだけ殺しはしないできたけれど、もうどうでもいい。
俺を殺しに来るのなら、返り討ちにしてやろう。
そう思いながら人影が現れるのをただ待っていた。魔術で夜目が効く。
そこに現れたのは、大きな体躯に、金色の髪に精悍な顔立ちを持つ……かつて見た勇者の面影を持つ青年だった。隙もなく剣を構えながら、こちらに向かって歩いてきている。仲間が後ろから続く。仲間の一人の弓はすでに俺を捉えていた。
勇者の鋭い眼光が俺に会うと、少しだけ目を瞠った気がした。
「え、ライアン……?」
思わずそう呟いてしまうと、
「……おにいちゃん?」
ライアンは呆けたようにそう言った。
無言で見つめ合ってしまうと、仲間の一人、剣士だろう大柄な男が叫んだ。
「お前が、アーサー・ナイトレイなのか!?古代生物を復活させようともくろむ者!我ら勇者一行がお前の悪行を止めてみせよう!」
そう言って切りかかって来る。いやいやいやいや、待て、ちょっと待て。ライアンとは少し話したい。
剣を交わしながらライアンを見つめると考え込むようにしててこっちを見てない。待って。ライアン助けて。
「……まさかあの少年だとは思わなかった!そうだ確かに、彼が来てすぐに、怪物の巨体が置かれ手紙が添えられていたのだ!」
何か気付きを得てる。お願いこっちに気が付いて。
服を切り裂かれて、かすり傷から血が出て来たところで、もう待てないと逃走を決める。闇魔術の移動速度アップ。これは神だ。走るだけで逃げ切れる。
「……待ってくれ!」
遠くでそう叫ばれているけれど、剣を振りかざす剣士がずっと前にいるんだよ。なんとかしてくれ。
埒が明かないのでいったん退散……と崖を滑り降りているところで、視界の端に何かが映り込んだのを感じた。
黒いローブ姿の人影が口元だけを歪めている。ひやり、と背筋が凍る。
「あ……」
罠に仕掛けられていたように、両足が切断される。血吹雪が上がり「うわああああああ」と壮絶な雄たけびを上げる。もう何も考えられずのたうち回る。
――が。
その時額にひやりとするものがあたった。そう思った瞬間、体が光に包まれ激痛が消えていく。何が起こったのか分からない。慌てて見回すと……足がある。切断されたはずの、足が。
誰がやったのかと見上げると、遥か崖の上のライアンたちが驚くようにこちらを見ていた。彼らではない。もちろん闇魔術師でもないだろう。
「逃げないと……」
そう思っても遅い、音を立てるように飛んで来た攻撃魔術が体に強烈な衝撃を与え、血を吐く。
いつの間にかずらりと並ぶ黒いローブの闇魔術師たちの集団に囲われていた。
いつだって理不尽だ。
少しは話が通じそうな相手に会えたのに、こんなところで殺される。五年、逃げたのに、最初から俺は死ぬしかないのだと教えるように。
「ふざけんなよ……消えろ」
嗚呼、怒りが爆発する。
世界に憎まれ、何度も何度も死の苦痛を与えられ、無残に殺されるために、俺はこの世界に生まれてきたのだ。
なんのために。だれのために。自分のためではない。
「ふざけんなよ!みんな、消えてしまえ!!」
自分の中の闇の全てを爆発させるように、俺は叫んだ。
――静かだった。
気が付くと誰もいなくなっていた。世界はそのままで、人だけ消えた。朝日が昇る時間が近づいている。このままここにいたら……焼かれて死ぬだろうか。棺桶をしまったままなら死ねるだろうか。
いや……瀕死の今の状態で、大人しくミイラになるまで眠った方がいいのではないだろうか。その方が確実に、俺の望む死に近い。
のそり、と起き上がり、しばらく移動してから、洞窟の中に結界を張った。
これが俺の新しい棺桶だ。
死ぬまで誰にも見つからないだろう結界を張った。
世界に、希望としても、死としても、どう望まれようとももう出ることはない。
やっと、自由に生きられるのだ……死に向かって。
望んでいたことなのに、なぜかぼろぼろと泣いてしまう。
「……父さん、母さん、兄ちゃん……」
会いたいのは元の世界の人たちだけで。この世界には何も望むこともない。
「もう疲れたよ……」
そう言うと、冷たい地面に倒れこんだ。体が冷えていく。そうだ、低体温でも死ねるのだろう。
ああ、でも余計なことも考えてしまう。
ライアン、驚いた顔をしていた。話せたら良かったけれど……でも、勇者なのだ。俺がもともといないはずの世界。どうとでもなるんだろう。
夢が見れたらいいな、と思う。
本当なら十七歳になっている。
兄ちゃんと同じ高校に入って、小学校と同じサッカー部に入るのだ。
あそこは女子の制服が可愛い。白のジャケットに紺色のミニスカート。兄ちゃんの彼女も可愛かった。
通っていたら俺にも彼女でも出来ることもあったんだろうか。
「行きたかったな、高校……」
駄目だこれは未練だ。ぼろぼろと、流れ落ちる涙が止まらない。
当たり前に勉強して、遊んで、おやつを食べて、喧嘩して、彼女を作るのだ。
「行きたかったよ、俺。生きたかったんだよ……!!」
ちくしょうと、そんな言葉も続けられなくて、もう体は動かない。俺はただ眠りについた――
(彼の切断された足を治したのは私の投げた回復の葉。そうして翌日から、私の大冒険がはじまるのだ)