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おじいちゃんの家

「相続手続きはこれからなんだけど、おじいちゃんの家、美青の好きにしていいわよ」


 そう言うと、おかあさんはおじいちゃんちの鍵を渡してくれた。


「……本当にいいの?」

「おじいちゃんの遺言だもの。それに、私だって分かるわ、美青に渡したいって気持ちも」

「……うん」


 手のひらの上で、チャリと音をさせて鍵を撫でる。物語の世界が生まれた場所。古い生活感あふれる家なのに、なぜだかどこよりも神聖に思える場所。それはきっと私が物語の世界を愛しているからなんだろうな。


「社会に出るまでは、光熱費とかは税金は全部出しておいてあげるから、働くようになるまでにあの家をどうするか考えておきなさい。家を出る歳になったら住んでもいいし、売ってもいいし。片付けも手伝うから」

「うん。ありがとう。おかあさん」


 ちょうど夏休み入ったばかりだったから、私は言った。


「しばらくおじいちゃんちに泊まって来てもいい?ちゃんと連絡するから」

「いいけど、一人で大丈夫?ご飯ちゃんと食べられる?」

「子供の頃から知ってるおじいちゃんちだもん。大丈夫だよ」

「まぁ、そうよね。じゃあ食費持って行って、はい」


 おかあさんは珍しく万札を渡してくれた。自炊しようと思ってたから、いくらでもご飯を作れそうだ。






 うちから電車で30分ほど、駅から降りて20分歩くおじいちゃんちは川の近くの緑豊かな場所にある。

 古い木造の一軒家なのだけど、白い壁の、少しおしゃれな別荘風の建物だ。

 薔薇の咲いた広い庭を抜けて玄関の前に立つと、ドキドキしながら鍵を差し込んだ。


 カチャリ、と音を立てて扉を開けた。

 暗い家の中から、おじいちゃんが出てくるんじゃないかって思って泣きそうになる。そんなわけないのに。

 軋む床を歩いて、おじいちゃんの書斎に向かう。

 本棚に囲まれたその部屋には、床にも本が山のように積まれている。窓を開けて換気させてから、机の上に美青へ、と書かれたノートが乗っていることに気がつく。


 ドキリ、とした。

 手に取って表紙をめくる。お母さんはこの家に何度も来ていたはずだから、お母さんはこのノートのこと知ってるんだよね……。


『美青へ

 離れの部屋に、道具をたくさんおいてある。

 小説の通りのものだけど、大事なものの説明をここに書いて置きます。


 回復の葉(怪我を治す)

 体力の芽(疲労回復)

 不死の花(蘇生)

 翻訳の実(心の声の翻訳)

 マジックバッグ(収納鞄)

 願いの鏡(願い事を)

 ほかにもいろいろあるけれど、使ってみて欲しい』


 フェイラル国物語の中に出てくる道具たちの説明文のようだった。

 これだけ?と首を傾げる。

 あ、離れに行って欲しいってことを書いて置きたかったのかな?あとで見に行こう。


 とりあえずご飯の用意をしておこう。

 冷蔵庫の中は、たぶんおかあさんが整理してくれていたんだろう。生ものとかは無くなってた。

 炊飯器に買って来たお米を洗っていれて、時間をセット。その間に肉や野菜を切って炒める。二食分作っておこうと思ってたくさん作った。


 台所でご飯を食べてから、やっと、離れに行ってみるか、と立ち上がる。


 おじいちゃんちは庭がとても広い。庭の一角に建てられた離れは、コンクリートで作られた頑丈そうな建物なのだ。扉には鍵がかかってた。おじいちゃんちの鍵に付いていたもう一つの鍵を差し込むと開いた。


「……?」


 窓がなく暗くて良く見えない。電気は?と壁を手で探ると、やっとスイッチを見つけた。

 明かりが点くと、白い壁の無機質な部屋の中の、壁一面にびっしりと何かの道具が飾られていた。


「うっわぁ、すごい。なにこれ」


 おじいちゃんはここに家族を誰も入れさせなかった。だから初めて見た。

 それぞれ小さな説明文の文字とともに飾られていた。どう見ても剣みたいなものもあるけど、あれは大丈夫なものなの……?


 部屋の真ん中には、姿見が立てられていた。


「鏡……?」


 またしても首を傾げる。

 鏡の裏側を見てみると、願いの鏡と書いてある。これか。

 ということは、回復の葉とかもあるんだよね。


「願い事ってなに叶えてくれるのかな?」


 願い事……願い事……。


「おでこのニキビを消してください……」


 そういって鏡を覗いてみたけれど、もちろん消えてなかった。ちぇ。


「じゃあ、あの男の子の姿を映して」


 なんちゃって。そうしたら昼間も見れるのになって。


 と、冗談で言ったのだけど、次の瞬間、鏡に夢の世界が映り込んだ。ぱっとテレビが映るように、大好きなあの子の顔がアップで映ったのだ。何かから逃げるように、汗だくで走ってる。


「……え?」


 心臓がバクバクして、立っていられなくてへたり込む。

 何が起きたの?何を見てるの?男の子は逃げ続けて、でも転んでしまう。けれど怪我しながらまた立ち上がり走り続ける。


「……!」


 思わず鏡に手を伸ばしたら、ぐいっと鏡の中に手がめり込んだ。え?と二度見して、鏡の裏も覗いたけど、鏡の裏に私の手は出てなかった。鏡の中に吸い込まれている。なにこれ?


 一回手を抜く。

 もう一回入れる。

 手が鏡の中に吸い込まれてる。


「……うそ」


 まさか、向こう側に繋がってる?

 いやまさか。まさかまさか。まさか?

 でも、それなら。

 私は壁を振り仰いで、回復の葉を探す。あった。それを掴んで、鏡の中に突っ込んで願う。


「お願い、これをあの子に届けて。アーサー・ナイトレイに!」


 そう言って手を放すと、その葉っぱは、彼の頭上から降るように落ちて、彼の額に当たると全身の怪我を治した。え、と驚いた顔をしている。


 私はへたへたとその場に座り込んでしまう。スイッチが切れるように鏡の映像も消えた。

 チクタクと、時計の音がする。よく見ると、壁掛け時計があった。


「な、何が起きた?」


 何かが起きたような何も起きてないような。

 混乱したまま、ふらふらと離れに鍵をかけて、家に戻る。今日は客間に布団を敷いて寝る予定だ。

 そうだ。夜は寝ないと!夢見れないし。


 鏡の中にアーサー・ナイトレイを見た気もするし、回復の葉を入れた気もするけど。きっと白昼夢だ。最近ずっとぼんやりしていたから、夢を見てしまったんだ。


 スマホがちかちかしていたので見ると、マキちゃんからメッセが来てた。


『佐伯先輩の新作が話題になってるよ。面白かった』


 先輩の新作?なんだろう?気にはなるけど、今日はもう無理。おやすみなさい。

 炊飯器の余ったご飯を無心でおにぎりにして、明日の朝ごはん用に冷蔵庫に入れた。

 寝る準備をして、布団を敷く。


 目を瞑りかけて、お母さんに連絡するのを忘れていたので、メールを一通いれておいた。


『暮らすのは問題なさそうです。おじいちゃんちでしばらく過ごします』


 あとは起きてから考えよう、そうしよう、と、私は眠りについた。

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