王子の夢2
港町グランを出てからの俺は、今後の計画を立てた。
・五年生き延びる。それだけで救世主になれる(いのちだいじに)
・けれど五年生きられる気がしないので、勇者の所業を先回りする(時々バッチリがんばれ)
勇者はこの後一年以内に、生まれた村に現れた怪物を倒し、その才能を認められていく。
その怪物はのちに神獣が現れる軌跡でもある。闇魔術師たちが、古代生物の復活の呪文を試行錯誤していたのだ。
……たぶんだけど、俺の魔法なら怪物くらい倒せそうな気がする。その場所に行けたらなんだけど。
勇者の村は、北の山奥だという。寒い地方だ。とりあえず、そこを目指すことにした。
「やっべ、また死んだ」
暗闇の中目を醒まし、蓋を開けたら棺桶の中だった。
崖から落ちて、気を失っている間に朝を迎えてジュワっと焼かれ死んだらしい。
「あっぶなかったぁ……」
棺桶を外に出しておかなかったら、復活出来なかったかもしれない。
実はこの棺桶が復活の重要なアイテムのようなのだ。太陽に焼かれ死んだときはここに戻される。
一度追いはぎに後ろからナイフで刺されて死んだときには、それだけでは死ねなかったけれど、そのまま気を失っている間に太陽が昇って日に焼かれて棺桶に戻れたので復活出来た。
どちらにせよ、棺桶に戻れないと、たぶん復活出来ない気がする……。
しかしこんなもの持ち歩けないし置いてもおけないし、どうしたものか。
そうこうしているうちに勇者の生まれた村に着き、旅をしているというと、泊まっていくことを親切に勧めてくれた家に、勇者が居た。名は、ライアン。金色の髪に、精悍な顔立ちの少年。いかにも主人公然とした顔立ちに、内心少しいらつくが、彼はニコニコと楽しそうにしていた。
好奇心から泊めてもらったけれど、朝が来る前には出発することを伝えてあったので、そのまま別れの言葉も言わずに出発した。目指すはさらに北の山奥だ。
山の上の吹雪の中、氷穴の中にその怪物は居た。巨人のように大きく、白く長い毛に覆われた生き物であった。慟哭のような咆哮をすると襲いかかってくる。生き返ることなど望んでいなかったのに、長い時を経た時代に無理やり生き返らせらた古代の生き物。まるで小さな子供が泣いて暴れているように見えた。
「可哀そうだけど……ごめんね」
闇魔術で、死を命じると、それは簡単に倒れた。俺の魔術はどうやら殺すことに特化している。
それなのに、王城で簡単に殺されたのは……死にたいと望んだか、身内を愛していたのではないかと、そんなことを考えてしまう。
俺はその怪物の死体を村の入り口に持ち帰り、そうして手紙を死体に挟み込んでおいた。
『古代生物の復活の呪文を使用している者がいないか、至急調査すべし』と。
殺すのはたやすいけれど、闇魔術師たちの組織についてには自分には調べられないのだ。
それからも、記憶にある限りの、復活させた古代生物たちの場所をめぐり続けた。
十体、生き返らせられるはずだった。殺す度に手紙に覚えている限りの闇組織へのヒントを書き綴った。
三年ほどかけて記憶順にその後五体は殺したのだけど、それ以上はまだ時が来ていないようだった。けれど、このころから、俺がまた追われるようになったのだ。
『暗黒王子は生きていて、古代生物を復活させている』と。
「うそだろ……」
街中でそんな張り紙を見たとき、思わず声に出していた。俺を見つけたものには賞金が出るようだった。勇者の所業と同じように怪物を倒し続けているのに、どこまでも汚名を被るというのか。
命がけで旅を続け、綱渡りの中ぎりぎり生きているだけの自分の心を折るには十分だった。
暫く森に隠れ住み、このまま歳月を過ごそうかと思っていたころ、初めて接触してきたやつが現れた。
「アーサー様。探しておりました」
夜の森の暗闇の中、声だけが響き渡った。数十人の人の気配はするのに、誰の姿も見えない。
「……誰だよ!」
神経がもう限界だった。殺すなら殺せと開き直るように怒鳴りつけると、声は静かに言った。
「我々は、闇魔術の祖シールーギー様の意思を引き継ぐ者。アーサー様を迎え入れたく、お探ししておりました」
「……追っ手ではないのか?」
「違います。我々は貴方様を保護するためにお探ししておりました」
「……」
「もう、追われることはありません。今まで大変でしたね。これからは私たちがお守りいたします」
辛い日々を思い返し、気持ちがぐらぐらと揺れる。
いやでもどう考えても、こいつらが神獣復活させる組織のやつだろ?
「そうじゃねーよ」
「……は?」
「古代生物復活させてどうすんの?」
「……」
「どれだけの人が死ぬかわかってんの?」
俺の台詞に、ざわめきが溢れた。少ししてから、さっきと同じ声が響いて来た。
「人類のためなのです。人々は英知を越える闇魔術を恐れるようになり、我々は迫害されてきました。けれど、この智は、本来人類を導いていくものです。それを人々に知らしめる必要があります」
「じゃあ、古代生物はどうなってもいいっていうの?あいつら泣いてるじゃん。ここはどこかと、愛するものはどこにいるのだと、泣き叫んでるじゃん!!」
「……!」
駄目だ、話が通じない、と、俺は諦めた。
「消えろ」
「我々に敵対するならば」
「消えろよ、うるせーな!!バーカバーカ!!」
闇魔術で一帯に結界を張り、情報を遮断する。すると、謎の気配はすべて消えた。そうして夜のうちに森を出ることにした。
最初に目を醒ましてから、もう三年。
一人で過ごす孤独な時間を癒すものなど何一つなくて。ただもう気が狂うんじゃないかと思う日々。
本当の俺も、アーサーの年も、15歳になっているはずだった。
(その夢を見続けた私は、彼が最初からずっと変わらない日本人の精神を持ち続けていることを感じていた。一人ぼっちだという彼が、自我を保ち続けていられていることの、心の強さ。それを伝えられないことの、切なさ。私が彼に持つ想いは複雑だ)