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王子の夢1

 ただの小学生のやんちゃなガキだった俺が、異世界で目を醒ましたことが最初の始まり。イノウエハヤト。それが俺の名前だったはずなのに、どうみても日本ではない場所にいた。


 本当に、この五年の歳月のことを語るなら『絶望』という言葉に尽きると思う。

 




「棺桶……」


 体を起こしてから、呆然と呟く。それが俺の最初の記憶。

 目を醒ましたら、なんと棺桶の中なのだ。実際棺桶か分からないけれど、吸血鬼が入ってそうな黒光りする箱の中に入って寝ていた。


「なんだよこれ!」


 憤慨するように立ち上がれば、月明かりに照らされた、見知らぬ海岸。ざざん、と押し寄せる波の音が、心を切り裂く音のように鳴り響いた。


「おとうさん?おかあさん!?」


 どれだけ叫んでも誰にも届かない。人の姿のない海岸。学校に行って帰った記憶しかない。いつの間にか誘拐?漂流?そんな記憶なんて全くなかった。

 何だよこれ!と怒鳴りながら泣いた。泣きじゃくった。その時俺はまだ悔しいほど子供で、一人でなんとかできると思わなかった。でも腹が減ってきて、誰もいなくて、どうしようもなくて一人泣き止んだ。


 生き延びねば、と、ただ本能的にそう思う。


 海岸をきらりと光るものがあり、拾うと鏡で、自分の外見がまるで違った。


「……はぁ!?」


 なんというか日本人じゃない。

 黒髪黒目は変わらないけど……髪が凄く長く、肌の色は白く、顔立ちはどう見ても白人のもの。映画に出て来そうな美少年だ。見たこともない装束を着ている。それに、この外観の印象はあまりにも。


「アーサー・ナイトレイ……!!」


 昨日読み終わったばかり物語の、暗黒王子と呼ばれるキャラクターの挿絵の容姿にそっくりだった。


「え?……マジ?」


 あいつ、殺されて棺桶に入れられて海に流されなかった……?

 振り返ると、海岸に残された不気味な棺桶。そして海。ざざん。


 いやな予感がして、背筋が凍る。

 禁忌の闇魔術に手を染めたとされ処刑された悲劇の王子。それはまるで、棺桶の中で目を醒ました俺の状況と変わらない。まだ小六の自分には理解出来ない事態であったし、それは五年経った今もあまり変わらない。


「夢だよね……?」


 波の音がこんなにも人の心を激しく揺さぶるものなのだと、俺はこの時初めて知ったのだ。






 人のいない海岸沿いで、助けを求められる人が誰もいないのをいいことに、しばらく一人で考える時間を作った。


 まず、髪の毛がじゃまだから、拾い物のナイフで髪を切る。

 で、魔法、使えた。たぶん、闇魔術と呼ばれるもの。

 術式とか呪文とかはまるで分らないけれど、火が着けとか、木を切れとか、念じるだけで可能なことは叶えられた。だから食料には困らずに済んだ。腹を壊しながらの食事にはなったけれど。なんで闇魔術と思ったかというと、魔法が発動するときに禍々しい黒色のオーラが自分から出ていくのだ。こわ!と叫びながら使っていた。


「やべぇじゃん」


 アーサー・ナイトレイであること確定しちゃうじゃん、と。

 頭を抱えた。国に殺された王子である身分なんて明かせるわけがない。助けを求められない。


 しかたないので、隣接した森の中で暮らしながら、いろんなことを知っていく。


 まず一番には、太陽に焼かれたら死ぬ。まじ死ぬ。二回死んだ。

 最初の日、海岸沿いに上っていく太陽の日差しを浴びたら、ジュワっと焼かれる音がして、死んだ。

 目を醒ましたらまた夜の棺桶からのスタートだった。昨日自分が動かした荷物がそのままだったから、日にちは過ぎていた。巻き戻りじゃない。嘘だろと思って、翌日朝日を浴びたらまた死んだ。

 嘘みたいだけど棺桶必須。俺のライフライン。

 なんだろうね。闇魔術で蘇生でもして人間じゃなくなってるのかね?


 棺桶なんて持ち歩けないしどうしたものかと思ってたら、収納魔法持ってた。ぽいっとそこに仕舞って置けた。寝る時だけ外に出す感じ。本当に吸血鬼ぽいな。








 それくらいの状況を理解してから、拾いもののローブを着て顔を隠し、町を目指して歩き進むことにした。丘の上から人里の明かりは見えていたのだ。


「坊やどうしたの?迷子かい?」


 時々、薄汚れた子供でも、人のいい人たちが声を掛けてくることがあった。時に食料を恵んでくれる。夜に一人で歩いている子供なんて、なにかに襲われて逃げて来たのだと思ったのかもしれない。


「大丈夫です。ありがとうございます」


 食べ物はありがたく頂き、旅の途中であることを告げる。もっと警戒されても良さそうなのに、この物語の世界の人は善良なのかもしれない、そんなことを思う。


 その後も旅を続けているうちに、大きな街にでた。

 そこは、フェイラル国東部の都市「グラン」。活気ある海辺の街。


「やっぱり、フェイラル国だし」


 ――小説、フェイラル国物語の中なのだ、と確信することになる。

 俺の、誰にも頼れない、帰るすべもない人生を覚悟した瞬間だ。







 「フェイラル国物語」


 それはいずれ復活する神獣フラーバとの戦いの物語。

 神獣を復活させることの出来るのは闇魔術の使い手のみと言われている。だからこそ、国の第三王子を処刑したのだが、のちに分かることになる。

 『神獣を復活させるのは、表に出ることのない闇魔術師たちの組織であり、その組織を倒すことの出来たのは、より強い闇魔術の能力を持つ、五年前に処刑した王子だったのだ』と。

 世界は神獣を復活させてしまい、闇魔術師たちと戦いながら、勇者たちが神獣を倒していくことになる。


 けれど……と、俺は思う。

 アーサー・ナイトレイは、生き残っている。


 この物語の中の切り札は生かされている。とはいえ、今の時点では切り札にはなりえない。それが人々に分かるのは今から五年はあとのことなのだから。








 日が暮れたばかりの港町グランを彷徨うように歩きまわる。

 自分の世界だと全く思えない街並み。父も母もいない。頼れる大人もいない。闇魔術が使えることが分かったらまた殺される。


 潮の香りは、生まれた町を思い出して、郷愁を誘う。

 夏になったら、海水浴に行って、かき氷を食べて、海岸で花火をする予定だったのに。もう……一生叶わない。


「おとうさん、おかあさん、おにいちゃん……」


 家族に会いたくて、泣いた。

 アーサー・ナイトレイの人生など、俺にはちっとも関係がないのに。どうしてこんなことに。


「どうしたの、ぼうや、迷子?」


 泣いていると人のいい人たちが、声を掛けてくる。

 本当にこの物語の世界は優しい。きっと、闇魔術使い以外には。


「もう会えないんだ……」

「え?」

「遠くに行っちゃったんだ」

「そう……」


 またきっと元の世界に帰れるとか、これは夢だからいつか覚めるとか、そんな絵空事より。

 きっと、死んでこの世界に生まれなおしたんだって、そう思う方がしっくりくる。


「うわぁぁぁん!!」


 号泣するように泣いたのは、この時が最後。


「どうしたの?大丈夫?」


 見知らぬおじさんが頭を撫でてくれた。汚れた孤児みたいな子供に優しくするなんて、さすが高尚な文学の世界。現実ではありえないぬくもりを感じる。


「酷いよ酷いよ!!」

「よしよし……おいで坊や」


 自分にこんな仕打ちをした世界を、アーサーを死に至らしめる悪意を憎みたいのに、見知らぬ人の優しさが、俺の心に生まれて行く怒りを、端から包み隠していく。

 憎みたいのに、悔しいのに、全部滅ぼしたいくらいなのに、温かい。


「もぉ、もう帰れない……うわぁぁぁぁっ」

「大丈夫かい?」


 泣いて泣いて泣いて。おじさんは困っていた。それでも優しくて、おじさんの奥さんもやって来て何か話し合っていた。「おうちにおいで」と優しく手を引いてどこかに連れていこうとしたときに、離れがたいその手を放して、俺は逃げ出した。後ろから声が聞こえた。


 守ってくれるかもしれない、食料を与えてくれるかもしれない。けれど、誰の手も取れないことを知っていた。見つかったら俺と共に殺される運命しかないだろう。


 泣きながら全力で走った。


 ――一人で生きて行かなきゃ。


 ――生き延びなきゃ。


「五年……!!」


 たったの五年だ。アーサー・ナイトレイが世界の切り札であることを知られるまでの時間。


「ちくしょう、生き延びてやる……!」


 ただ、生き延びればいい。

 それに、待ちきれなければ、それを世間に先に知らしめればいいんだ。先回りして時間を早めればいい!





 そうして俺は決めた。『見知らぬ世界で、たった一人で、五年生き延びるのだ』と。





(……そのころの夢を見た私は当時小学五年生。目が覚めた後も彼のことが忘れられなくて、きっとその日にはもう彼のことを好きになっていた)

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