第5話
「そういえば最近、迷宮の上層にコボルトの群れが棲みついたって噂、聞いてますか?」
ギルドでアイテムの鑑定・売却手続きの待ち時間の最中、顔馴染みの受付嬢が間をつなぐようにそんな話題を口にした。
「そうなの? 珍しいわね」
真っ先に反応を示したのはタルト。
彼女は頬に手を当てて不思議そうに首を傾げた。
「珍しいって何が?」
それに疑問を呈したのはクロエ。
「学院じゃ迷宮の浅い層に亜人種が棲みつく例はよく聞いたけど、エンデじゃ違うの?」
「う~ん……確かに人里離れた田舎の迷宮だとコボルトやオークが棲みつく例はよくあるけど、エンデみたいな迷宮都市じゃ珍しいかしら」
タルトは言葉を区切り、気を遣うようにチラリとシロに視線を向ける。シロは同族の話題だというのに全く興味がなさそうで、ソルの膝の上で顎の下を撫でられ幸せそうに目を細めていた。
「ほら、改めて言うことでもないけれど、迷宮って危ないでしょ? それは亜人種にとっても同じことで、他に住み良い場所があれば、わざわざ迷宮に棲みついたりはしないのよ」
そう言われて、クロエはなるほど、と頷く。
言われてみれば当たり前だが、迷宮内にも食物連鎖は存在し、そこに生息する魔物同士でも日々命がけの戦いが繰り広げられている。他に安全で適当な生息地があれば、わざわざ危険な迷宮内に棲もうとは思うまい。
「田舎の迷宮はね、冒険者もほとんど来ないし、棲むエリアを間違えなければそんなに危険度も高くないから」
「あ~……」
シロに気を使って、クロエは言葉を呑み込んだ。
迷宮内では亜人種の人権が剥奪されている。それは魔物と同様、人類に敵対的な亜人種が迷宮内には多く存在するためだ。ギルドの紋章が入った銀の首輪を付けたシロのように身分証明を身に着けている者はその限りではないが、それでさえ相手に「気づかなかった」と言われてしまえばそれまで。そのためシロは迷宮内で他の冒険者の姿を見かけると、ソルの背後に隠れて近づこうとしない。
「エンデみたいに冒険者の出入りが激しい迷宮は棲むには向いてないし、スラムの方が快適だもの」
「それはそうよね」
オークのように図体がでかく先住民と衝突しそうな種族は別として、コボルトのように小柄で残飯をあさって生きていける種族であれば、街の方がよほど住みやすいだろう。実際、クロエはこの街でそうしたコボルトを何度も目撃しているし、シロも元々はそうしたコボルトだったと聞く。
「でもそれなら、どうしてコボルトが迷宮に棲みつくなんてことが起きるのかしら?」
クロエの疑問に答えたのは、その話題を振ってきた受付嬢。
「それがどうも、コボルト専門の奴隷商が動いてるらしいんですよ」
「奴隷商? エンデで捕獲って合法だっけ?」
クロエは眉を潜めながら疑問を口にする。
「販売はともかく、亜人種の捕獲はこの街じゃ違法ですよ」
「んん? なのに街じゃなくて迷宮に棲みつくの?」
繰り返すが、迷宮内では亜人種の人権は剥奪されている。迷宮内で亜人種が奴隷商に攫われ奴隷にされたとしても、奴隷商の行為は合法で、亜人種は何の抗弁もできない。
奴隷商が動いているのならなおのこと、迷宮よりも街中の方が安全なのではとクロエは常識的な疑問を呈した。
「う~んと、それはですねぇ……」
ただクロエの疑問は、常識的ではあったが改めて問われると答えづらいものでもあった。受付嬢は少し困った表情で言葉を濁す。
代わりに応えたのは、それまで黙ってシロを撫でていたソルだった。
「街中だろうと迷宮だろうと同じことだよ。捕まえた奴が迷宮にいたって言えば、亜人の言葉を信じる奴なんていやしない」
そもそも亜人種とは、人類に近い見た目と知性を持ちながら、ヒューマンやエルフといった覇権種族と比較して文明レベルが大きく劣後する種に対する総称である。
人類圏にとって必ずしも敵ではないが、自分たちと同一の権利を認めるには少し差し障りがある種に対する蔑称。にもかかわらず、呼ぶ側、呼ばれる側どちらからも、それに対する異論が出てこないあたり、亜人種にまつわる問題の根深さがうかがえる。
亜人種に分類されるのはコボルトやオーク、オーガなどで、実のところ亜人種という概念を認めず、魔物として問答無用で敵対する地域も珍しくない。
亜人種にどこまでの権利を認めるかも地域によって様々で、戦争で功績をあげオーガでありながら騎士位を認められた英雄の話なども稀に聞く。しかし、亜人に対する世間一般の認識はせいぜい『話の通じる魔物』であり、心から彼らを対等と認める者はほとんどいない。
そしてそんな亜人種の中でもコボルトは一際特殊な存在だった。
その理由はコボルトが亜人種の中でもとりわけ人に友好的で、とても愛らしい見た目をしていること。単純労働力や愛玩動物としてコボルトは人間からとても好まれ──奴隷として狩られてきた。
亜人種に一定の人権が認められるようになってからは、あまり表立ってそうした活動をする者は少なくなったが、未だに従順かつ安価な労働力としてコボルトを欲しがる者は多く、また富裕層の中には“家族”と称してコボルトの飼育を美化する者が一定数存在していた。
「まあ、そういう事情なので、シロさんも気を付けてくださいね」
受付嬢はキョロキョロ周囲を見回し、少し声を潜めるようにして続けた。
「……あまり大きな声じゃ言えませんけど、捕獲には柄の悪い冒険者が関わってるそうです」
受付嬢の注意喚起は、シロ本人ではなくいつも一緒にいるソルに向けられていた。ソルは何もわかっていなさそうなシロの右手を挙げ、
「了解。わざわざありがとうね」
「……ワフ?」
と、あまり感情を読ませない声音で感謝を伝えた。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
ギルドの受付嬢から、迷宮に棲みついたコボルトとそれを狙う奴隷商の噂話を聞いた三日後。休養と探索計画の立案・準備を経て、再びタルトたち一行は迷宮を訪れていた。
タルトたち一行の方針は、基本的にリーダーであるタルトの意向で決まる。アリーゼに関しては気持ちよく剣を振るえる機会があればそれでいいし、元々死体拾い中心に金銭眼当てて活動していたソルとシロは探索のついでに死体を拾えればいいやといったスタンス。新たに加わったクロエはまだ冒険者として手探り状態だ。
そのためタルトが「この魔物を調べたい~」と言い出せば、ソルがギルドなどで情報収集して調査・探索の実現可否と収益化の見込みを探り、それをタルトとすり合わせて実際の行動計画を立てていた。最近はここにクロエが魔術師として打ち合わせに参加している。
今回の目的に関しては、対象となる魔物の生態と収益化の不透明さを理由にソルは難色を示していたが、タルトのプレゼンによる事前根回しでクロエが賛成に回り、深入りしないことを条件に実行に移されることになった。
「……ワン!」
ダンジョン五層。
あちこちにちょっとした森や茂みが点在する広域階層の最短順路を通過中、ソルと並んで前を進んでいたシロがピンと耳を立て、警戒を促すように一吠えする。
『…………』
「魔物かしら?」
「いや……」
アリーゼがシロの視線の方向へ剣を構えて進みで、残るメンバーも各々武器を構えて魔物の襲撃を警戒する。しかし、シロと付き合いの長いソルだけは、シロの反応に微かな違和感を覚えていた。
数秒後、茂みの中から飛び出してきたのは薄汚れた小柄なコボルト。
「──バウ!?」
シロよりもなお一回り小柄な黒地に白ぶち模様のコボルトは、武装し待ち構えていた冒険者一行に驚き、目を白黒させてその場で急ブレーキをかけた。
勝てないと分かっているからか攻撃をしかけてくる様子はなく、さりとて元来た方へ逃げることもしない。汚い歯を剥き出しに泡を食った様子で背後を気にしており、まるで何かに追い立てられているように見えた。
「えと…………」
クロエはどう対応したものか判断がつかず、杖を構えていつでも呪文を発動できる状態にしたまま、仲間たちにチラリと視線をやる。アリーゼは何を考えてるか全くわからず、タルトは「あらあら」と頬に手を当てて首を傾げるのみ。シロは同族だというのに警戒を緩めておらず、ソルはそんなシロの顔色を読み取るように横目で彼を見つめていた。
迷宮内で身元の確認できない亜人種に遭遇した場合、最終判断は冒険者に委ねられているものの、一般には“排除”が推奨されている。
それは迷宮に棲みついている亜人種の多くが人類に敵対的で危険だから。彼らは必ずしも人類の敵とは限らないが、味方である保証もまた存在しない。
だが、目の前にいるのは『最弱の亜人種』と呼ばれるコボルトで、恐らく数日前ギルドで噂を聞いた『奴隷商に追い立てられて迷宮に棲みついた』群れの一体だろう。危険はほぼ無いに等しいし、しかもこちらには彼らと同じコボルトのシロがいる。彼のことを考えれば猶更、軽々に攻撃するわけにはいかなかった。しかし──
「グル……!」
「…………」
現れたコボルトは自分たちと一緒にいるシロに対して警戒を露わにし、シロも普段の人懐っこさがなりを潜め黙って相手を見つめている。
『……やがっ……!』
「────っ!?」
どこから聞こえてきたがなり声に、小柄なコボルトがピクリとその身を震わせる。どうやら奴隷商の一派に追われているところだったようだ。しかし逃げ場はいくらでもあるにも関わらず、そのコボルトは何故か焦った様子でその場に立ち竦み動こうとしない。
「…………行きな」
「グルル……?」
奇妙な膠着状態を壊したのはソルだった。
彼はアリーゼやシロの背中をポンと叩くと、小柄なコボルトに道を譲るように脇へと移動する。
コボルトはしばし罠を警戒するように戸惑う仕草を見せていたが、しかし背後から聞こえてくるガナリ声に押され、ソルたちの脇をすり抜けその場を去っていった。
そのやり取りの意味が分からず、クロエはタルトと顔を見合わせる。
「ねぇ、今のって──」
「いたぞっ!!」
クロエの疑問を遮り、叫びながら茂みの中から姿を現したのは五人組の男。いかにもゴロツキと思しき荒々しい風体をしているが、うち四人は冒険者であることを示すタグを見える位置に身に着けていた。
彼らはシロを見つけると目の色を変えて駆け寄ってくる。
「追い詰めたぞ!」
「よくもまぁ、手間かけさせてくれやがったなぁ?」
「ワフ……!?」
シロは怯えてソルの背後に隠れ、アリーゼが男たちを威嚇するように前に進み出た。
お子達はアリーゼの異様な風体に一瞬気圧されるが、すぐに持ち直してこちらを威圧する。
「な、なんだテメェら……!?」
「その犬っころは俺らが追い詰めた獲物だぞ? 横取りする気か、あぁん?」
どうやら彼らは先ほど逃げてきた黒いコボルトとシロの区別がついていないらしい。タルトたちが呆れて彼らの勘違いを訂正しようとするより早く、一番後ろにいた比較的身なりの良い男がソレに気づいて片眉を上げた。
「……ん? おい。よく見てみろ。さっき逃げたのと毛色が違わないか?」
「は……?」
仲間の言葉でようやく男たちはコボルトの違いに気づいたらしい。各々忌々しそうに舌打ちし、頭をかいたりして自分勝手に毒づく。
「ちっ……まぎらわしいんだよ」
「つか、テメェも色ぐらい覚えろよ、サルじゃねぇんだから」
「仕方ねぇだろ。ここんとこ犬っころ追いかけまわしてばっかで、見かけたら反射的に身体が動くようになっちまってんだよ」
彼らはクロエたちを無視して勝手に言い争いを始め、先頭にいた男がシロにメンチを切って八つ当たりする。
「大体、犬っころが生意気に冒険者気取りでこんなとこほっつき歩いてんじゃねぇよ」
「テメェらも、ペット連れで迷宮探索とか冒険者舐めてんのか、あぁん?」
この態度には事態を静観していたクロエもカチンときた。一発ブチかましてやろうと杖を持つ手に力を込める──と、彼女が口火を切るより先に、タルトのおっとりした声がその場に響いた。
「あらあら。私たちはちゃんとギルドの規定に則ってお仕事をしているつもりなのだけれど……」
「んだと? チビが生意気な口──」
『…………(ゴゴゴゴ)!』
タルトに掴みかかろうとした男はアリーゼに手を掴まれ「ひっ」と小さく悲鳴を上げる。そして男たちが援護するか引くか逡巡していると、仲間の一人が何かに気づいた様子で口を開いた。
「不気味な鎧騎士にノームの呪文遣い……まさか『亡霊騎士』と『死霊術師』……?」
その呟きにアリーゼに手を掴まれていた男が悲鳴を上げ、慌てて手を振り払って後ろに飛びのく。
「あらあら。酷いわ、そんな呼び方。私は別に死霊を操ったことなんて………ねぇ?」
『…………』
否定せず佇む二人にゴクリ唾を飲み、男たちは残る三人に視線を向けた。
「ってことは、このガキとコボルトが『死肉喰』か……!」
「あのエルフは……?」
「さぁ……噂じゃ四人組だって話だったが……どうせ白塗りしたダークエルフとかだろ」
「────おい」
聞き捨てならない言葉にクロエから怒気が漏れるが、タルト一行の悪名にすっかり恐れおののく男たちにはそれを気にする余裕はなかった。
「……ちっ。悪かったなちょっと獲物に逃げられてイラついてたんだ」
「うふふ、別に気にしてませんよ」
リーダー格らしい男の言葉に、本当に全く怒った素振りもなくタルトが応じる。
「俺らは黒いコボルトのガキを追ってたんだが……あんたら見てないか?」
『…………』
その問いに、タルトとクロエがどう答えるべきか一瞬顔を見合わせる。シロの心情を想像すれば、いくら無関係とはいえ素直に教えるのは憚られる、が──
「あっちに逃げてったよ」
あっさりと答えたのはソル。タルトとクロエは目を丸くし、男たちは疑わし気に顔を歪める。
「……本当か? そこのコボルトに気を遣って、俺らを騙そうってんなら──」
「同じコボルトってだけで一々庇ったりしねぇよ」
ソルは心底どうでも良さそうに嘆息した。
そして状況を理解できているのかいないのか、成り行きにほとんど反応を示さないシロの頭にポンと手を置いて続ける。
「第一こいつに気を遣うなら、コボルト狙いのあんたらみたいなのがとっとと迷宮からいなくなってくれた方がいいだろ」
男たちはしばし疑うようにソルとシロを交互に見つめていたが、これ以上ここで問答をしていても始まらないと思ったのか「……嘘だったら覚えとけよ」と吐き捨て、ソルが指さした方向へそそくさと歩いて行った。
「……嘘だったって、どうやって証明する気だよ」
男たちの姿が見えなくなってからソルは呆れた声音で呟き「行こうぜ」とメンバーを促して歩き出す。
クロエたちは顔を見合わせ、ソルの後を追いかけながら問いかけた。
「ねぇ、良かったの!?」
「…………何が?」
ソルは首だけ振り返り、本気で何を言われているのか分からない様子で問い返す。
クロエはシロにチラリと視線をやり──シロもまた不思議そうな顔をしている──気を遣っている自分の方がおかしいような気がしてきて、少し怒ったように言った。
「あいつら、この間ギルドで話を聞いたコボルト専門の奴隷商でしょ? あんな連中に態々どっちに逃げたかなんて教える必要なかったじゃない!」
「ああ……」
そう言われてようやく、ソルはクロエが何に怒っているのか気づいたようだ。タルトもクロエに追随するように問いかける。
「そうねぇ。彼らのしていることは合法ではあるから無理に止めることはできないけど、態々教えてあげる必要まではなかったんじゃない?」
「知らんぷりする必要もないだろ」
しかしソルの態度はあっさりとしたものだった。彼は眉を潜める女性陣に少しだけ表情を緩め、シロの頭を撫でながら続けた。
「シロはあんなの気にしないよ。コボルトは群れとしての仲間意識は強いけど、同族意識はそんなに強くない。俺らだって、同族だってだけで無条件に誰かを助けたりはしないだろ?」
「そりゃそうかもしれないけど……」
しかしそうは言っても、か弱いコボルトが奴隷商に狩られて売られていくのを放置するのは違うのではないか?
納得いかないクロエの内心を見透かしたように、ソルは再び嘆息する。
「……コボルトは愛玩動物じゃない」
「? そんなこと言われなくても──」
「自分たちの責任で生き方を選ぶ自立した生き物だ。一々俺らが守ってやる必要なんてないよ」
「────」
コボルトを弱者と見下していた自分を遠回しに非難された気がしてクロエは一瞬言葉を無くし、それを誤魔化すように反論した。
「で、でも、あんな子供、周りが守ってあげなきゃ──」
「……ああ、なるほど。そこが食い違ってたんだ」
そこでソルは、得心が言った様子で深々と頷く。
逆にクロエとタルトは意味が分からず顔を見合わせた。
「あのコボルトは子供じゃなくて、いい歳した大人だよ」
「……へ? で、でも、シロよりずっと小さかったよ?」
「コボルトは種によって身体のサイズが全然違うから、大きさで年齢は判別できない。年齢はサイズじゃなくて歯で見るんだよ」
自分の歯を指さして言うソルに、タルトは何か思い出した様子で両手を叩いた。
「……ああ! そう言えばあのコボルト、大分歯石が溜まってたわねぇ」
「へ? そうだっけ……?」
しかしクロエはそう言われてもコボルトの歯なんて見ておらず、ピンとこない。嬉しそうに解説するタルトによると、シロのように人類圏の内側で暮らしているコボルトは別として、彼らのような“野生の”コボルトの年齢は歯の汚れ具合や歯茎の下がり具合で判別するのが一般的らしい。
ソルとタルト曰く、あの小柄なコボルトは若く見積もっても一〇歳以上、中年の域に達しているということだ。
「……あのコボルトが子供じゃないっていうのは分かったけど、それはつまり大人だから自己責任ってこと?」
「……そうなの?」
クロエとタルトに見つめられ、ソルは肩を竦め口を開いた。
「それもあるけど……迷宮に棲みついたコボルトは、あの奴隷商から逃げてきたんだぜ?」
「……それが?」
「コボルトは人間とは言語や文化が違うから誤解されがちだけど、決して馬鹿でも間抜けでもない。子供が群れからはぐれたってんならともかく、敵を警戒してる状況でいい大人が群れから離れて単独行動なんてとると思うか?」
「あ……」
クロエとタルトは目を丸くして顔を見合わせる。
「ついでに言えば、あいつは特定の方向に逃げようとしてて、しかも俺らが追いかけてくることを警戒してた」
「ちょ、ちょ……それってつまり……」
そこまで言われてクロエもソルの言わんとすることに気づき、口をパクパクとさせる。
ソルの言いたいことは分かった。男たちにコボルトが逃げた方向を教えた理由も。そこから予想される結末も。
だがそれはつまり──
「言っただろう? 同族ってだけで一々庇ったりしねぇよ」
「…………」
平然言ってのけるソルに頭を撫でられながら、シロは大きく欠伸をした。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
一方その頃。
奴隷商と彼に雇われた四人組の冒険者は、ソルに教えられた道の先であの黒いコボルトを発見していた。
「見つけた!」
「もう逃がさねぇぞ!」
茂みをかき分け、一目散にコボルトを追いかける。
獲物を追いかけるのに夢中になって、後ろから追いかける奴隷商の護衛が疎かになっているが、奴隷商本人がそれをけしかけているので誰も気にしていない。
「どこに──いたっ!」
茂みが邪魔で一瞬、コボルトの姿を見失うが、すぐさま発見。ほんの五メートルほどしか離れていない。
男たちは競うようにコボルトに飛びかかり──先頭の男が何かに足を引っかけて躓いてしまった。後続の男たちは先を行く男の身体にぶつかり、もつれ込むようにその場に転げる。
──ドサッ!
地面にぶつかると同時に、その地面が崩れ落ちるような浮遊感と鈍い衝撃。咄嗟のことに、それを落とし穴だと気づけた者は転がった四人の内、一人いたかどうか。
「が……はっ!?」
落とし穴のそこには木製の槍がいくつも立てられており、穴に落ちた四人中三人は即死。辛うじて致命傷を逃れた者も右腿と左脇腹を槍に抉られ、身動きできる状態ではなかった。
そしてそこに現れる、多数の小柄な人影。
何本もの手槍を頭上からその身に浴びせかけられ、男は悲鳴を上げる余裕もなく絶命した。
さらに数秒後。
「ひぃ、はぁ……ひぃ、ふぅ……お前ら、どこに……犬っころは捕まえたのか? おい!」
状況を理解できていない奴隷商が息も絶え絶えの様子で追いつき、姿の見えない冒険者たちに呼びかける。
「私を置いてどこに──」
──ガサガサッ
「おお、そこに──ひっ!? ななな、なんだおま──!?」