62話 密談
町の中心に位置する超高層ビルの一室。地上47階にも及ぶその高さからは町を一望するには十分と言える。
ここに来るまでに通ったエントランスもホテルとでも言われてもおかしくないほど広く、ほこり一つないほど美しかった。一般人が住めるどころか普通にしていれば、足を踏み入れる場所ですらない。
(まったく、とことん俺とは縁がないはずダゼ)
『デット・ライ・コフィン』の副社長、デロトラ・アキュルスは皮肉交じりに心の中でつぶやく。
アフリカ出身ということもあり、彼の服に浮かび上がるほどの凝縮された筋肉、生まれながらの黒い肌は極東の国の人間には珍しく映るのか、街行く人々は彼の姿を珍物でも見るかのようだった。その視線が不快ではあるものの、デロトラが怒りを覚えることはない。彼にとってもこの極東の国は金づるとしか見てないからだ。
彼がここにいるのもひとえに金のため。富を得るために彼女たちの元へと『デット・ライ・コフィン』の副社長自ら来たというわけだ。
ちなみにデロトラはこの『副社長』という名称を嫌っている。名称がかたぐるしいからだ。だが、彼の上司である社長が『デット・ライ・コフィン』のことをただの犯罪組織だとチンピラの集まりみたいでかっこがつかないと言って通常の会社のように役職をメンバーそれぞれに与えている。
デロトラはそのシステムを気に入ってないが、特段反対する理由もないのでこれまでずるずると副社長をやってきた。
デロトラは再び部屋を見る。部屋の広さ、間取りなど何から何まで金がかかっているのが素人目にもわかる。が、下を見れば今までの黄金の景色は反転する。スナック菓子類の袋が床に散逸し、漫画が山のように積み重なり、一気に生活感が出てくる。
デロトラが来ると前もって連絡していたはずだが、部屋が片付けられた形跡はない。
「ここまで汚れた部屋で出迎えてくれるなんテ、ずいぶんなごあいさつダナ、赤峰」
「なんでお前のためにわざわざ部屋を片付けなきゃならないんだよ」
これまた金のかかっていそうなL字型のソファから立ち上がった赤髪の少女は男勝りなセリフとともにデロトラに視線を浴びせる。
赤峰玲
三首竜のリーダー。
三首竜のメンバーは少女三人で構成されており超少数精鋭。デロトラの所属する『デット・ライ・コフィン』と同じく裏側の組織。
少女三名では悪がはびこる裏の世界ではあまりにもか弱く聞こえるが、実際はひとたび依頼を受ければ必ず達成する精鋭集団。今では『三首竜』の名は裏の住人で知らぬものはいないほどだ。
その成功の一因となったのが、デロトラの目の前にいる少女。赤峰玲。 少女といってもおそらく成人しているだろう。身なりは金を持っているのか整っており、女性特有の体の細さがある。
が、その実力は折り紙付きでとある監獄の主と並びハザード3の中で最強と言われる一角。燃えるような紅蓮の髪を伸ばし、見られているだけでもそのただならぬ存在感から自然とデロトラに緊張が走る。
「お前たちのメンツを立てるためにわざわざ副社長自ら来たというノニ。まあいい、お前たちに依頼があってきたんだ」
「なんだよ?ふざけた依頼なら引き受けねえからな」
「護衛の依頼ダ。前払い金に千万、成功すればその五倍は出ス」
今まで緩み切っていた赤峰の顔が一気に強張る。
当然だ。いきなりこんな額を出されれば、否が応でも驚く。
しばらく固まっていた赤峰だったが、さすがにそのまま飲み込むつもりはないらしい。
「ちょっと待って」
赤峰が何か言おうとした瞬間、デロトラの背後から声がかかる。
背後から扉を開けて二人の少女が部屋に入ってくる。三首竜の残りのメンバーだ。
「ちょっと話がうますぎないすっかね~、っていうか部屋汚な。赤峰、部屋片づけてって言ったじゃないすっか~」
「武美、できないことを人に無理強いするのはよくない。玲が掃除できるなんて思わないほうがいい」
「それは確かに」
「ああん!?」
現れた少女二名の会話に赤峰が食らいつく。会話からしてこの部屋の惨状はどうやらリーダーの赤峰によるものらしい。それが許されているのは彼女の実力ゆえなのか。
赤峰と現れた少女の一人、棺武美が言い争っているのをしり目にもう一人の少女、音下坂七音がデロトラと先の会話を続ける。
「護衛の依頼って誰を?そもそもその程度の仕事なら『デット・ライ・コフィン』の戦力だけで足りるはず。何より報酬があまりにも高すぎ。裏があるとしか思えない」
「そうダナ。ひとつづつ説明してイコウ。まず第一に護衛期間は一週間。俺たちが神秘を持った子供を依頼主まで無事届けられるマデダ。二つ目にあんたらに頼むのは絶対に失敗できない任務だからダ。なんせ依頼主は個人じゃなく国だからナ」
国という単語に音下坂の表情に一瞬固まるも、すぐに元の何を考えているかわからない無表情へと戻る。
「国ってどこ?」
「それは言えナイ。ただ失敗すれば俺の命も危ないとだけ言ってオコウ」
「いやちょっと待ってくださいっすよ」
いつの間にか赤峰とのケンカが終わり、漫画の山の上に座っている棺武美が口をはさむ。
「あんたら今までバカすか能力者を海外に売りつけてんでしょ。なのになんでこの件だけそんな大事になってんすか」
「その売る子供がかなり特別だからダ。おおかた人体実験でもするつもりなんダロ」
「特別って何が?」
「それは言えナイ」
「言えない情報ばっかじゃないすっか」
棺武美があからさまにこちらを訝しく見てくる。他の二名も会話にこそ参加してこないが明らかにこちらを疑っている。
依頼先とはいえデロトラも機密情報をすべて教えるわけにはいかない。とはいってもこのままでは依頼を断られかねない。
「その子供は動物型の過剰適正者。それもこの世に数体しか確認されてない超レアなものダ。悪いがこれ以上はさすがに言えナイ」
「っていう話だけど。玲どうする?」
音下坂が赤峰に話を振る。どうやら彼女たちの最終決定権はリーダーである赤峰にあるようだ。棺武美も押し黙って赤峰の決定を待っている。
「倍だ」
「ン?」
赤峰は特に考える様子もなく、答えをデロトラに突き出す。
「成功したらその倍の額だ。それなら受けてやる」
「まったく、とんだ誤算ダ」
その後、報酬金を上げなければ受けないと言った赤峰に押されてしぶしぶ承諾したデロトラは近くで待機させていた部下のクルマの助手席でたばこをふかしていた。
「けど、本当に大丈夫ですか?まだ成人したかどうかの子供、それも女にこんな重要な仕事を任せるなんて」
デロトラの隣で運転している部下に尋ねられる
「この世界で年齢、性別なんて関係ナイ。やつらの実力は俺も知ってイル。この仕事にはあいつらが最適だヨ」
吸い終えた煙草を灰皿に放り投げると、二本目のたばこに火をつけながらデロトラは不気味に口角を上げ、だれにも聞こえない大きさの声でひっそりとつぶやく
「それにうまくいけばそれ以上に莫大な金も手に入るしナ」
「今なんと言いましたか?」
部下の質問には答えず、デロトラはそのまま背を椅子に預け、ニコチンを堪能していた。車はまっすぐ走っていく。




