55話 なりそめ
帰宅後、先ほど俺を捕まえようとしてきた生徒を探ろうと栄凛高校のホームページを見ると案外簡単に見つかった。
拂刃乃徒
栄凛高校の一年生にして生徒会に所属。だが、今のところ特に目立った功績はない。
「神秘の関してはさすがに分からないか」
どんな神秘を持っているかさえわかれば、それなりに対策が立てられるかもしれないが、さすがにそれは望みすぎだろう。公共のホームページに個人の神秘情報を載せるなんてそれこそ住所を公開するのと同じぐらい危険だ。学校側が非難されかねない。
とにかく今後うかつな行動はできない。この拂刃とかいう生徒に余計な情報を与えかねない。そうなると面倒だ。
もっとも時すでに遅しという可能性も大いにあり得るが。
俺は携帯から目を離し、深くため息をつくとソファーでゲームをしている琴音に目が行く。
最近ずっと同じ光景を見ているような気がする。ソファーで横になり、スマホでゲーム。トイレと食事以外で琴音がまともに立っている記憶すらない。面白いゲームを見つけてはまっているのだろう。
もっとも琴音の場合、勉強自体はできているので俺もそのことで怒ったりはしないのだが……
「琴音、ちょっといいか?」
なんとなく不安を覚え、俺は琴音に話しかける。琴音の髪はぼさぼさで服もずっと同じものを着ているような気がする。
「んん?なにあにーじゃ?」
琴音も目が疲れているのか瞼が重たそうだ。
「お前、最近風呂入ったか?」
「……」
琴音はなぜか黙る。
「というかその服もいつから着てる?ひょっとしてお前…………」
俺は琴音が逃げないようにゆっくりと退路を断ちながら近づく。とはいっても琴音はずっと横になっていたせいで逃げようにも体が言うことを聞かないらしい。
「あにーじゃ、違うんだよ。そんなことする時間がなかったんだよ。今私がこんなことしている間にも世界は魔王の手によって支配されて―――」
「それゲームの世界でだろうがあアアアアアアアアアアア!!」
「んにゃああああああああああああああああああああああ!!」
俺が頭をグリグリしてやると琴音はあえなく撃沈。手からスマホが零れ落ちる。俺が手を離しても、圧倒的な運動不足か立ち上がること一つでも大作業で、十秒ぐらいかかってる。こいつ一日に百歩も移動していないんじゃないかと思ったほどだ。
「琴音。頼むから人間としての最低限の尊厳は持っといてくれ。お前も女子なんだら風呂ぐらい入れよ」
「え~~~、でも~~~~~~~~~~~」
「早く風呂入んねえとスマホへし折るぞ」
「ふぁい」
そのあと、しぶしぶと言った顔で琴音は風呂場に向かっていた。あにーじゃも一緒に入ろーと言っていたが、中学生二人で風呂に入るのもおかしな話なので断った。それに異性だし。さすがの琴音も風呂ぐらいひとりで入れるはずだ………………………入れるよな?
それからしばらくした後だった。なぜか風呂場から謎の轟音が響いていたりして俺は内心不安でいると、親父が家に帰ってきた。そして俺に付き合えと言われて親父に酒を注がされている。
「で、いきなりなんだよ、親父?」
コップにビールを注ぐ中、俺は目の前で座る男を見る。
翔進仁
琴音の実の父親。ガーディアンに所属しており、おもに町の治安を守っている。その眼には死んだ魚のように意思がこもっていないのか、ヌボーとしているように見える。簡単に言うとあまり覇気のない人物だ。これが町の治安を守るガーディアンだというから驚きだ。
ちなみに俺の実の親ではない。俺は親父の兄の息子であったが、死んで翔進仁に引き取られて育てられた。なので血縁的に言えば親父は俺の伯父というわけだ。
「息子の近況を知っておくのも父親の仕事だと思ってな」
親父は景気よくビールを一気に飲み干す。
「近況って言ってもそんな変わったことはねえよ。いつも通り、学校行って勉強するだけだよ。今年は受験だしな」
「……そうか」
親父はまたビールを一気に飲み干す。が、その眼はまるで酔っているモノの眼ではない。というよりむしろこちらの心の内をうかがうような……
気づいているのか?俺が放課後、神秘を持った子供をさらっている組織を壊滅させていることを
そう思うと、途端に緊張が走る。相手はこれでもガーディアンをやっている人間だ。ちょっとのスキでボロを出しかねない。いくら親父とはいえばれたくはない。
「キスはしたことはあるのか?」
「……………………は?」
今なんて言ったこの人?聞き間違いだよな
「羅黒はキスをしたことがあるのか?」
悲しいことに聞き間違いじゃなかった。いきなりナニヲイってルンダ、この人ハ?
「私はお前の将来が心配なんだ。このままじゃお前は誰にも好かれることなく社会人に。仕事はできるから順風満帆に昇任するだろうが、そのまま独身。退職後も特に出会いもないまま誰にも看取られることはなく寂しくこの世を去る。そんな気がするんだ」
「なんでそんな具体的なんだよ。俺まだ中学生なんだが?そんな心配する必要ねえだろ」
「いや心配だ。お前はいつも勉強勉強。家でぐらい勉強なんてするな」
「親の言うこととは思えねえな」
緊張していたのが馬鹿らしくなってきた。というかなぜこの年で老後のことまで心配されなきゃならないんだ。そんなに俺はヤバそうに見えるのか?
「パパはなお前ぐらいの年にはやんちゃばかりしてたぞ。女子のスカート覗いたり、人目を避けて女子トイレに潜入したりとか」
「それガーディアンになっていい人間じゃねえだろ」
「そのころだったかな明美と会ったのは」
明美さん。親父の嫁で琴音の母親。とはいっても俺がこの家に来た時には既に亡くなっていたので、俺は実際に会ったことはない。
「いつもどおり連れとバカやってたらな、それを見た明美にぼこぼこにされてな。それが原因で明美に惚れたんだよ」
「文脈おかしくないか?なにが『それが原因』なんだよ。ぼこぼこにされて惚れるとかMかよ」
「否定はしない」
「あっそ…………」
やたら熱を込めて肯定するモノだから俺は一瞬たじろいでしまった。親父も親父でなんか変なスイッチが入ったらしく聞いてもいない情報を俺に伝える。
「それでな。そのあと、もうアプローチをしたんだが―――」
「へえ」
「そのあと、何度も婚姻してそれから少しづつ―――」
「…………」
「明美は太陽のような女性だった。いつも周りに光を与えてくれた。いつもは俺にもきついんだが、たまに見せてくれる笑顔のおかげで俺は元気に―――」
「もういいもういい。いつまで話続けるんだよ。痴話話聞かされるこっちの身になれよ」
さすがに三十分以上二人のなれそめを聞いているのは色々と疲れたので止めに入る。というか聞いててこっちが恥ずかしくなる。恐ろしいのがそれだけ話して内容はまだ二人が出会って一年も経過してないことだ。
「いいのか?初めてキスを―――チューした話とかあるのに?」
「なんで言い直した?言っとくけどかわいくないからな。おっさんがチューとか言っても。これ以上くだらない話すんならもう失礼するぞ」
そう言って立ち上がろうとすると、親父に真剣なまなざしで静止させられる。
「そうだな、そろそろ真面目な話をしよう……………………明美と初めて枕を交わした夜のことを―――」
「うるせええええええええええええええええええええええええええええええ!」
俺は抑えられてた腕をそのままぶん回し、強引に静止をほどく。さっきからキスだのなんだの、この人は思春期なのか?
ちなみに『枕を交わす』というのは古語だ。どっかの古文の文章で出てきた記憶がある。うちの学校の古文の教師はまだ若い女性なのだが、アホな男子生徒がわざわざ授業中にその単語の意味を質問したのだ。その二ヤつきぐあいから明らかに意味を知っているのだろう。結果、その男子生徒の目論見通り教師はその意味を伝えるべきか悩み赤面していた。中学男子なんてそんなものだ。
「もういいだろ。俺も受験生なんだ。部屋に戻らせてもらうぞ」
今度こそその場から離れようとすると懲りずに親父が話を続ける。だが、その声は先ほどとは打って変わって真剣そのものだった。
「ほんとにいい女性だった。それこそ俺にはもったいないほどの。だから俺は今でも思うよ。明美は犯罪者なんかじゃないって」
部屋に戻ろうとした俺の足が止まる。自然と俺は親父の言葉に耳を傾けていた。
「明美はやつらに、『デット・ライ・コフィン』にはめられたんじゃないかって。そう思うんだ」
明美さんは生前、とある犯罪組織を追っていた。それが『デット・ライ・コフィン』。彼女はその組織の調査中に命を絶った。それもなぜか違法な薬の売買に加担したと見られ犯罪者としてのレッテルを貼られて。
「その『デット・ライ・コフィン』がまた最近暴れだしてだな。けど、思ったよりも被害が出てない」
親父の双眸がこちらを捉える。それはもう生気のないモノではない。確実にこちらの心を探らんとする猟犬の眼だった。
「『デット・ライ・コフィン』の下部組織を壊滅させてる人間がいるらしくてな。ほぼ全員殺されてるよ。そういえば、最近帰りが遅いらしいな、なにか知ってるんじゃないか羅黒?」
静寂がその場を包む中、俺は鋭い眼差しを前に体を止められたかのようにその場から動けなかった。




