53話 それぞれの思惑
神秘が人に発現したのは今から数十年前。とは言っても、当時は能力者の絶対数がかなり少なかったため、あまり世間一般に知られることはなかった。正確には政府が隠していたと言った方がいいだろう。
だが、時が経つにつれ、能力者の数も日に日に増してきており、現在では若者の大半が能力者になっている。
国も能力者の有用さを認め、経済、科学など多面的な分野において次々に発展していくことになる。
だが、一つ大きな問題があった。それもこれらの利点を覆しかねないほどの問題が。
現状、神秘が発現する人間はなぜか日本人だけなのだ。これはつまり神秘という未知の力が日本だけが所有しているといっても言い換えてもいい。すなわち、神秘という異能において他国に大きくリードを取っているということだ。
そんな状況をはたして他国は許すだろうか?自分たちも神秘を研究し、いずれはその未知の力を自分たちの力にしたいと思うのが普通だろう。
どれだけ神秘が強力でも現代兵器が人間にとって脅威であることには変わりない。ましてや、年端もいかない子供にとってはなおさらだ。
一時期、日本に戦争を仕掛けかけた国もあるそうだ。その国はまた別に日本を狙う国との小競り合いが起き、日本との戦争には至らなかった。だが、もし実現されていたら今の日本は壊滅していただろう。
だが、戦争は互いに兵力を消費し何より肝心の能力者を殺しかねない。だから、あまり戦争は起こしたくないという事情もある。神秘が未知数である以上、できるだけ能力者を生け捕りにし自国で研究したいというのが本音だ。
故に、昨晩テレビで放送されていたように神秘を持った子供が誘拐される事件が多発している。なにより、そういった子供は高く売れる。貴重な神秘の保有者だったらなおさらだ。
能力者たちの暗黒期。この時代は後にそう呼ばれることとなる。
時刻は午後四時。学校の校門を出ると辺りはまだ明るく、あたりは人でにぎわっていた。
町は制服を着崩した女子高生たちがカラオケ店に元気に入っていくところや、大声で世間話をする主婦など皆このような時世にも関わらず、その表情は明るい。
昨日ニュースでも放送された人攫いの件を問題視してない、というより自分事だと思ってもないのだろう。そのことが悪いとは言わないが、どことなく不安に思う自分がいた。
あまり目立たぬように人目を避け、路地裏で簡単に着替える。学校帰りということもあって、今は制服を着ている。今からやることは正直なかなかやばいことだと自分でも自覚している。だからこそ、制服から人物を特定されるわけにはいかない。
俺は制服のブレザーを乱暴にバックの中に入れ、無地のパーカーと顔がつばで隠れるように帽子を深くかぶった。
お目当ての場所は学校からそれなりに離れた場所だった。
一般宅がいくつも入るだろう和を兼ね備えた大豪邸。庭にはいくつもの木が生い茂っており、普通に生きてたらこんな家に入る機会もないだろう。
あたりにはこれでもかというほど、監視カメラが設置されており、警備の厳重さがうかがえる。
入り口には厳つい顔をした二名の男が見張りとして立ちはだかっていた。顔には切り傷の跡が刻まれており、見るからに危険な人物だと分かる。
反社会的組織『面倒矢佐会』。簡単に言うとヤクザ集団だ。
周りに組織の人間以外人がいないのを確認し、こそこそ隠れず、正面から彼らのもとへと向かう。
「とまれ」
門番の一人が野太い声とともに門の前に立ちはだかる。
「ここは『面倒矢佐会』の建物や。お前のようなガキンチョが立ち入れる場やない。俺らの機嫌が変わらんうちにさっさと回れ右しとき」
「ここ用がある。だからどけ」
ぴしゃりと言う。
すると、もう一人の門番の男がこちらを見下すような目つきを向けると、ゲラゲラと笑い声をあげる。つられるようにもう一人の男も高笑いする
「お前のようなガキンチョが!?ぎゃはは!冗談はほどほどにしときや!」
「帰ってママのおっぱいでも飲んどれ!おちびちゃん!」
よほど俺の言葉がおかしかったのかこちらを警戒することなく、ひたすら笑っていた。まあ、俺の身長は150ぐらいしかなく、こどもの悪戯かなにかで来ているとしか思ってないのだろう。普通に考えたら警戒するのも馬鹿らしい。
このままではらちが明かないので俺は本題に入る。
「ここに能力者の子供を監禁してるはずだ。子供たちを開放しろ」
ぴたりと笑い声が止まる。先ほどまでの様子とは打って変わって真剣なまなざしだ。
二人ともこちらをうかがうように見下ろし、手を銃が備え付けられている腰のホルダーにあてている。
「……どこでその情報を知った?ガキ」
男は特にごまかす様子はなく、こちらを威嚇するように睨みつける。
どうやら当たりのようだ。
「どうする?」
「決まってるやろ」
殺すしかない、そうとでも言うように男は銃口をこちらに向ける。
「どこでその情報知ったんか知らんが、関係あらへん。下手に言いふらされても面倒や。死ね」
発砲。
男は息をするかの如く銃弾を対象へと撃ち―――
当たることはなかった。
「な!?」
弾丸をかわすや否や驚く暇も与えず、すぐさま心臓、喉に向かって槍のように腕を突き出す。
「がっ……」
「あがっ……」
両名の息の音が止まったことを確認するとすぐさま建物内へと侵入する。
「侵入者だ!全員武器を取れ!」
耳を覆うほどの警報が辺り一帯に響き渡る。それと同時に俺の目の前に武装したヤクザの組員たちが集ってくる。
「侵入者は何人いる?」
「ひ、一人です!それも子供―――ぎゃああああ!」
銃弾をかわし、受け止めながら組員の命を寸分たがわず奪い取る。
えぐり、切り刻み、つぶす。
「何をやってる!?たかがガキ一人に―――」
叫ぶ間もなく首を刈り取る。
悲鳴が上がり、敵が集まり、またそれを狩る。その繰り返し。
気づけば辺り一帯は肉片の残骸と化しており、足元はぴちゃぴちゃと歩くたびに赤色の水たまりが鳴る。
人がこちらに集まる気配もなく俺は堂々と赤く染まった廊下を進んでいく。
(こんなことしてるだなんて琴音や親父には言えないよな……)
昨晩、琴音にばれそうになったことを思い出す。その時は何とかごまかせたが、今後どうなるかわからない。
もしばれたら琴音は俺を人殺しだと軽蔑するだろうか。けど、だからと言って止まる気もないが。
廊下を進み、山水画の描かれたふすまを開けると、畳の上で震えている男がちじこまったいた。
「あんたがここの組長だな」
「ひっ!」
俺が土足で男に向かっていくとそのおびえようがうかがえる。グラサンに傷だらけの顔と普段なら威厳もあるのだろうが、窮地に追い込まれるとやはり人は弱くなるものだ。
「ま、待ってくれ!あ、あんたが欲しいモノは何でもやる!だから命だけは……」
「それはあんたの対応次第だ。お前らが捕まえてる子供たちはどこにいる?」
「に、庭の物置の中に隔離してある!まだ生きているはずだ!」
男は中庭を指さす。ほんとかどうか確かめたいが、その前にもう一つだけ俺は質問があった。
「こ、答えただろ。だからもういいだろ!」
「最後にもう一つだけ質問がある」
震える脚で出口に向かおうとした男を俺は押さえつる。一呼吸ののち、俺は最後の質問を男に放った。
「デット・ライ・コフィンって知ってるか?」
「まったく嫌になっちゃうよ」
栄凛高校、生徒会にて拂刃乃徒は深くため息をつく。原因は昨晩のニュースでも取り上げられた児童が監禁される事件。
幸い、児童たちは無事に保護されたらしい。それはいいことであるが、拂刃にとって頭が痛いのがそれが栄凛高校の学区内で行われていたということだ。
連日世間を騒がしているこの事件は能力者の人身売買。まだ幼い能力者たちを海外、もしくは研究機関に売りつけることで大金を得ようとしている輩が非常に多い。
それが拂刃の所属する学校の近くで起こるものだからたまったモノじゃない。栄凛高校の近辺は治安が最悪と言っているようなものだ。
当然、普段は怠けがちな拂刃も重い腰を上げて調査に取り組んでいるが、今のところ成果は上げられてない。
「デット・ライ・コフィン……か」
デット・ライ・コフィン
わかっているのは大規模な犯罪組織ということ。構成員、およびトップも不明であり最近騒がしている人攫いならぬ能力者攫いもこの組織が他の犯罪組織を牽引して行っている者と思われる。
だが、いくら調べても尻尾が出ない。だからこそ、ここまで簡単に事件が多発している。
「拂刃くん、ここにいたんですね」
思索に更けていると、ほんわかとした女性の声がかかってくる。
「やっ、天城さん」
天城愛。犬の過剰適正でモノ優しい少女。自分と同期で生徒会に所属しており、なかなか優秀で拂刃もいちもくおく生徒だ。
「デット・ライ・コフィンの調査はどうなってる?」
念のため聞いてみるも、とくに進展はないだろう。天城は予想通り、申し訳なさそうにうつむく。
「申し訳ありません。やはり調べてもこれといった成果は特に……」
「気にしなくていいよ。そんなポンポン尻尾を出してくれるならこっちもこんな苦労してない」
うなるように喉を鳴らすと、拂刃はスマホのニュース画面に目をやる。そこには昨日のニュースの詳細が載っており、子供をさらった男性十二名は全員死亡が確認されているという。死因は圧殺、惨殺など様々だ。
「いったい何者なんだろうね……」
「そうですね、これほど大胆な犯行をして尻尾すら出さないなんて……デット・ライ・コフィンというのはいったい……?」
拂刃はそっちの話じゃない、言おうとしたがやめた。
デット・ライ・コフィンと同じくらい気になっているのが、子供たちを監禁した男たちを殺した人物。おそらく子供たちを助けるために犯人たちを襲撃したのだろう。
実は同じようなことが何回も起こっており、そのたびごとに世間を騒がした。姿を現さない正義の味方などネットではひそかに騒がれている。
いったい何者なのだろうか、その人物は。
拂刃は椅子から立ち上がるとバックを持って部屋から出ていく。
「出かけるのですか?」
「ああ、くだんの正義の味方とやらを待ち伏せする。そいつはあきらかに事件の核心を知っているはずだ。とはいっても会える可能性は低いだろうね」
「待ち伏せ?どうやってするつもりですか?」
天城もバックを持ち、後ろからついてくる。
「今のところ奇襲を受けているのはすべて一定数以上悪い方面で有名な組織だ。天城さん、ここの近くで有名な犯罪組織ってどこか知ってる?」
そう言うと、天城はあらかじめメモをしていたのかバックから手帳を取り出してめくっていく。
「そうですね……ここから数キロ離れたところに『面倒矢佐会』という組織はありますが」
「よし、そこに行こう。僕の見立てだと今晩にもまたコトが起こりそうだ」
拂刃はげた箱から靴を取り出し、一秒でも惜しむようにすぐさま外に出る。
一方、白髪の少年はなにか寒気を感じたかのように大きくくしゃみをしたのだった。




