52話 夕食にて
『翔進さん、すごいわね~~!今回も満点よ。この調子で頑張ってね!』
自分で言うのもなんだけど小学校の時、私は成績が良く、顔にしわが目立つおばあちゃん先生からよく褒められた。そのことをうれしく思い、私はより勉強するようになった。
そしたら成績が上がり、また褒められる。正の循環が完成したというわけだ。
『琴音、すごいわね。こんなに頭がいいだなんて。いったい誰に似たのかしら?』
私はママと一緒に狭い浴槽に入っては、私のことをほめてくれた。
まみーは、パパと同じガーディアン。町を守るべく毎日戦っている。まるで戦隊ヒーローのようだと当時の私は羨望の眼差しを向けていた。
いつか私もこんな立派な大人になりたいななんて当時は思ったりもしたものだ。
『けど、お母さんは琴音の成績がいいのがうれしいわけじゃ、いやうれしいんだけど……それ以上にうれしいのは琴音が毎日楽しそうにしていること。それだけでお母さん頑張れるわ』
そう言うとまみーは私を抱きしめる。私もまみーのことが大好きで、その時はただまみーに褒められたいとしか考えてなかった。
けど、当時は想像もできなかった。まみーがどれだけ大変なことに直面してるかなんて
変化があったのはそれからしばらく経ってからだった。
私はいつものようにテストは満点だった。だが、次第にそのことがうれしくなくなっていった。
周りは私のことを少しずつ嫌悪するようになった。当時は理由がわからなかったが、今のあにーじゃ曰く嫉妬だということ。私が満点ばっか取り、先生に褒められるから周りはそれを気に食わなかったらしい。
とはいっても私に直接いじめがあったわけではなく、せいぜいクラスでちょっとかわいい女の子が周りの子と一緒に私の陰口を言うくらいだった。
周りと共通の趣味というのもなく、友達はいなかった。そのことが少し寂しくもあり、だんだん学校に行くのが嫌になっていた。けど子供心でも学校に行かないのはまずいと思い何とか登校はしていた。
それから数か月後。私は学校に行かなくなった。
私のまみー、翔進明美が犯罪者と認定され、死亡したのだった。
「ただいまー」
俺が家に帰宅すると、琴音がソファーの上で横になってゲームをしていた。
「あにーじゃ、おかえり~」
琴音は俺に気づくと、伸びきった返事をしてくれる。
琴音は中学一年で俺と同じ学校に所属しているが、学校に行ったことはほとんどないらしい。それこそ、登校したのは入学式ぐらい?いわゆる不登校というやつだ。
そのことについて俺と親父は特に問題視はしていない。勉強自体は家でしっかりしているらしく、すでにそこら辺の高校に合格できる実力は持ち合わせている。それに無理やりいかせるのも違うと思ったからだ。
俺は帰りがてらスーパーで買ってきた夕食の材料をキッチンに並べていく。
「あにーじゃ、今日のご飯なに~?」
「ハンバーグ」
「いえ~い!あにーじゃ大好き!あと、私のにチーズものっけて!」
「はいはい」
俺は冷蔵庫から必要な材料をキッチンの上に出していく。目の前に揃ったのはひき肉、玉ねぎ、牛乳などハンバーグの材料。加えて、トッピング用のチーズ、そして大根。
普段は仕事で忙しい親父も今日は帰ってくるらしい。その親父というのがなかなか面倒な性格の持ち主でハンバーグに大根をトッピングしてあげないと食べないのだ。そういうわけで俺はその親父のためだけに大根をごりごりする下ろしているというわけだ。なかなかめんどくさい。
「そういえば、あにーじゃ最近どうしたの?」
大根をすり終え、玉ねぎをみじん切りにしているとスマホでゲームをしている琴音から尋ねられる。
質問の意図が理解できず俺は首をかしげる
「どうしたって、どういう意味だよ?」
「最近あにーじゃ帰ってくるのが遅いから何があったのかな~って」
時刻はすでに七時を過ぎている。学校の授業自体が終わるのがだいたい三時半。俺は部活に所属してないので家に帰るまで空白の時間がある。その時間に俺は何をしていたのかと琴音は聞いているのだ。
「あ、ああ。俺も受験生になったんでな、図書館で自習してんだよ」
俺はごまかすように玉ねぎのみじん切りに集中する。
「この近く図書館あったけ?」
「……あるだろ。ここから10KMぐらい離れたところに」
「それ近くっていうのかな~?」
琴音の指摘に俺は肩をびくりとさせてしまう。
「お、俺にとっては近いんだよ」
「じ~~~~~~~~~~~~~」
効果音を口ずさみながら琴音はこちらをねめつけるような視線を送り、なんとかごまかそうとしたところに救いの手が差し伸べられた。
『ここで臨時ニュースです。本日の午後五時ごろ、栄凛高校学区内の建物内にて行方不明だった児童五名が保護されました。児童はそれぞれ軽傷を負っていますが命に別状はないようです』
テレビでは女性アナウンサーが淡々とニュースを報じ、琴音と俺は自然とテレビの音声に耳を傾けていた。
『児童は全員神秘を所持する能力者であることが確認されました。連日騒がれている能力者の人身売買だと予測されています。ガーディアンは今後、児童たちの話をもとに事件の詳細を追っていくとのことです』
「最近多いよね。子供攫われる事件」
「そうだな……」
ハンバーグを焼いているとフライパンからジュウジュウとおいしそうな焼き音が聞こえてくる。いつもならそれだけで腹が鳴りそうなものだが今日はまったくそんなことなかった。
「帰ったぞ、娘、息子よ」
ちょうどハンバーグをさらに盛り付けているとき、父が帰宅した。アイロンをかけてないのかスーツがよれよれで、日ごろの業務の忙しさを現しているように思える。
「だでぃ、おかえり~」
「おかえり」
「うむ」
子どもからの返事を確認すると父は手を洗いに洗面所へ―――と思ったら、なぜか俺のところへやってくる。
「ん、なんだよ?」
俺はちょうど全員分の盛り付けが完了し、テーブルに並べていこうとしたところだった。
親父は俺の作ったハンバーグを見て一言。
「息子よ。今日は大根じゃなくてチーズの気分」
「言うの遅せえよ!」
結局、俺のチーズのせハンバーグと親父の大根おろしのせハンバーグを交換することになった。
好物のチーズが食べられなかったことに俺は不満だったが、ポン酢の味がしみ込んだ大根おろしも案外悪くなかった。
その後、ニュースで先ほど児童を拉致したとされる男十二名は全員死亡が確認されたと報道された。




