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50話 エピローグ


 肌を刺すかのように雨が降りしきり、水滴が疲弊しきった体から体温を奪う。


 まだ暗闇が辺りを包む中、灰賀は完全に力尽きたかのように空中から落下。そのまま衝撃をうまく受け止め切れず、体に激痛が走る。


 「ぐあうぇええええええ……」


 汚物が赤液とともに喉から垂れ堕ちる。


 翔進羅黒から受けた最後の一撃は灰賀とて死に直面しかけた。体に残った最後の力で崩壊していたアジトから脱出できたのは奇跡といっていい。


 腹部を中心に強烈な痛みが常に体を奔っており、骨も複数個所は折れている。あまりの激痛で灰賀は幾度も意識を手放しそうになる。


 それでも灰賀の眼から漆黒の意思が消え去ることはなかった。


「この痛み……決して忘れんぞ。翔進羅黒」


 灰賀は木に背を預けると、力尽きたかのようにそのまま意識を失った。








     




 どれほど時間がたっただろうか


 キトノグリウスのアギトを脱出した後、俺たちはしばらく動けなかった。


 俺は未来の俺と灰賀から受けた傷が深かったから。


 アステラはけがをしているようだったが、呆然としている理由はおそらく違うだろう


 アステラは泣くわけでもわめくわけでもなく、ずっと彼方の先を見ていた。ひたすら虚無を感じているようだった。


 雨が降りしきる中、その姿は見ていて痛々しかった。だが、俺に彼女に何と言えようか?


 灰賀を仕留めきれずに、彼女の最愛の人との時間すら作れなかった人間が


 ただ時間だけが経過していく。


 このまま雨に晒されていてはアステラの体に毒だ。俺は重い腰を上げ、アステラに近づこうとしたその時。


「……彼は最後になんて言おうとしたのでしょうか?」

 

 アステラがこちらに背を向けたまま尋ねる。その背中はあまりにも小さく、今にも壊れてしまいそうだった。


 顔こそ見えないが、その質問はアステラにとって深い意味があるように思えた。


 最後、頭部を灰賀につぶされる前に彼が言おうとした言葉。言い切る前に命尽きてしまってアステラに伝えることができなかった言葉。


「…………」


けど、俺にはそれは分からない。


 なぜなら俺と彼は同じ『翔進羅黒』ではあっても、完全な同一人物とは言えないからだ。


 俺は彼が生きてきた長い道のりを知らない。何を経験し、何を考え、何を決断したか俺には完全に理解できないだろう。

 

 同じ道を歩まなかった人間が同一人物とは言えない。だから、死に直面した彼の心境を完全に読み解くことは俺にはできない。


 だから、これは俺の言葉。もし俺が彼と同じ立場ならきっとアステラに伝えようとした言葉を俺は彼女に伝える。


「生きろって言おうとしたんじゃないのか」


「……!」


「たぶん深い考えはなかったんだと思う。ただお前のことが大事で、死んでほしくないって、元気でいてほしいって思ったからそう言おうとしたんじゃないのか」


 少女は、アステラは何も言わなかった。


 雨が冷たい。痛い。


 雨音だけが辺りに響く中、アステラは振り向く。


「そうですね……きっと彼ならそう言うでしょうね……」


 その声はあまりにもたどたどしく、最後の方は言葉にもなっていなかった。


 瞳から一滴の涙が零れ落ちる。次々に目からしたたり落ちていき、雨水と交じり合う。


「けど……だからこそ、彼にも生きててほしかった」


 眼元を赤く染めて、アステラは俺に抱き着く。川が氾濫したかのように大声で泣いた。


『アステラを……みんなを頼む』


 どこからともなく声が聞こえてきた。そんな気がした。


 俺は慰めるように少女の腰に手を回す。その体はあまりにも補足、小さかった。こんなにも小さい背中にいったいどれだけのモノを背負わされているのだろうか


 アステラは俺の服が湿るほど泣ききると、両眼をくしゃくしゃと手でこする。吐き出すだけ吐き出すとアステラの顔には陰りが引いていたように見えた。


「ん?」


 しばらくしていると、不意に俺の顔に光が差し込んでくる。見上げると、先ほどまでの曇天は消えており、太陽が雲の隙間から姿を現していた。


「朝だったんですね」


 アステラは膨れている涙袋をこすり、顔を上げる。


 アジトに突入した時には夜だった。もうそんなに時間がたっていたのか。朝の光が照りつける中、俺はアステラに視線を落とす。


「アステラ……俺は未来を変える。あの人から託された意思を継いで未来を変える。今度こそ、最悪の結末を変えて見せる」


 彼からの言葉を胸に俺はアステラに決意を告げる。


「……そうですね。いつまでも泣いてばかりではいられません。私も羅黒さんと同じです。私も未来を変えたい。だから、ここにいるんですから」


 アステラは目を赤く染めながら、今はがれきの下にいるだろう『彼』のもとに目をやる。


「愛してます。今までも、これからも…………今度こそ、お別れです」


 別れ惜しそうに視線を切ると、アステラはつらそうに、それでも前を向くという決意のこもった顔でこちらに手を伸ばす


「羅黒さん、行きましょう!」


「ああ!」


 俺はその手を掴み、太陽のもとをアステラとともに歩んでいく。水たまりを踏みしめながら、俺たちは決意を新たに進んでいく。


 雨はもう止んでいた。


これにて第一章完結です!今回、初めての執筆ということで至らぬことだらけだったと思います。それでもここまで読んでくださってありがとうございます!


2章で前に触れた春花祭を舞台にするつもりなのですが、その前に羅黒と琴音の過去編をするつもりです。羅黒が右腕と左足を失った経緯について書くつもりです。


諸事情で三月はあまり進まないかもしれませんが、温かい目で見てくれると助かります!

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