5話
「んん~~、久々の運動は胸が躍りますね~、もっとももう終わってしまったようですが」
空から飛来してきたのは一人の大男。
男の身長は2メートルは優に超えるほど大きく、筋肉が異常なほど膨張している。左手には大剣を所持しておりその姿はさながら騎士のようだった。
「ん?いない……どうやら逃げ足は速いようだ。ふふ、そうこなくては」
こちらには一瞥もせずにすぐに去っていった。突然現れてはすぐに消える、さながら天災のような存在だ。
「な、なんだったんだ。いったい」
いきなり現れたと思ったら剣を携えた男もどっか行ったし、先ほどの少女も気がついたらすでに消えていた。
「『彼』を、翔進羅黒を探さなくては」
先ほどの少女の言葉が脳内で繰り返される。
「全然状況の理解はできてないんだが……ここまできて無視は無理だよな」
なんだかとんでもないことに巻き込まれたことを薄々感じながら、俺は後を追った。
「っは、っは」
少女は全力で走り去る。
大男が空から飛来するのを感じ取り少女はすぐさま少年と話していた場所から去っていた。あの大男、タイムスリップしてから何度か自分を追ってきていた。
先ほど完全に撒いたと思っていたのにまさか追い付いてくるなんて
とにかく早く移動しなくては……………
目的はわからないが追いつかれれば最悪殺されてしまう
呼吸を乱しながらも全力で足を動かす。
直後。
「おお~っと、そんな速度で私から逃げられると思っているのですか?」
「ッッ!」
あの大男が目の前にいた。先ほどよりも視力はマシにはなったのか、男の輪郭はうっすらと確認できるようになった。大男の顔はぼやけており、いまだに表情は確認できないがきっと憎たらしい笑みを浮かべているのだろう。
男は大剣を大上段に構える。
「! 神秘開放『浮カブモノ』!」
彼女の指輪にこめられた神秘が発動する
彼女の体が重力に逆らって、宙に浮く。
直後、振り下ろされた大剣は数秒前まで彼女がいた場所にクレータを作る。
だが、大振りすぎてスキが生じていた。
彼女はすぐさま腰に装着していた銃を取り出しすかさず発砲する。
弾丸は狙い通りに隙だらけの背中をあたる。
――はずだった
「ん~、今何かしましたかな?」
「な!?」
渾身の弾丸は大男がかざした手によって受け止められていた。瞠目もつかの間、少女はすぐさま次弾を放つべく、銃を構える
「っ、だったらもう一度……」
大男はそれを確認し、ひざを屈伸させると――少女の視界から消えた。
「!?」
直後、神秘『浮カブモノ』で宙を漂っていた少女は背後からの打撃で鈍い痛みと共に地に叩きつけられる。
「がぁ……」
背中に激痛が走るさなか、宙に飛んだ大男が自分を打ち落としたということが分かった。
顔を上げるとそこには肩に大剣を引っ提げたまま、こちらを見下ろしているだろう大男がいる。
すぐに逃げねばと思うも先ほどの攻撃の影響で体がまだ自由に動かない。
「なぜ……なぜ私を狙うのですか?」
時間稼ぎとばかりに大男に問いかける。とにかく体を回復させなければ。
「ん~、知れたことを。未来から来たということは当然この先起こりうる出来事を知っているということ。それを知るだけで我らが『組織』は相当なアドバンテージを得ることができる。っま、理由はそれ以外にもあるらしいですがね」
月が辺りを照らす。大男はゆらりと構えながら続ける。
「心配しなくてもあなたは殺しませんよ、今みたいにあなたが銃を構えなおそうとしてもねえ!」
少女が銃を構える前に大男に銃が弾き飛ばされる。少女の得物が手元になくなり、心臓が締め付けられる。
「っく」
乱暴に蹴飛ばされ、少女は地を転がっていく。
「生け捕りとは言われましたが、先ほどのように暴れられても面倒だ。腕の一本切り落としておいても差し支えないでしょう」
大剣を空にかざし、嗜虐的な笑みを浮かべる大男に少女の顔が引きつる。
「っ!」
恐怖で目をつぶる少女に容赦なく振り下ろされる大剣。
「?」
が、いつまで経っても痛みがなく目を開けてみると自分の体が抱えられていたことに気づく。
「悪い、遅くなったな」
その声は先ほどの少年のモノだった。
いつの間にかいなくなっていた先ほどの少女を追っていると、あたりに響く破砕音のおかげで案外簡単に見つかった。
が、今にも少女が大剣で切られそうになっていたので俺がすぐさま少女を回収し回避したというわけだ。しかし、俺の腕に抱えられた少女は感謝というよりもむしろ困惑の表情を浮かべていた。
「どうして……どうして来たんですか⁉」
少女は見えてないはずの眼で必死に叫ぶ。
「逃げてください! じゃないとあなたまで――」
少女が言うよりも先に剣が横から迫り、回避を強いられる。なんとか屈んで避けるも、見上げた先には血走った眼でこちらに見下ろす大男がいた。まるで、獲物を狩らんとする獣のごとく。
「フハハハハハ! 先ほどは取るに足らぬ虫けらだと思い見逃したが、いいでしょう! お望みとあらば、肉塊にしてあげましょう!」
そこから繰り出されるは数多の剣戟。自身の身長に及ぼうかというほどの巨大な大剣にも関わらず、小枝のように軽々と振り回していることからこの男の力を嫌でも思い知らされる。
目の前の敵と対照的な俺の小柄の体を活かし何とか隙間を縫うように回避していくが、それも時間の問題だ。とにかく今抱えている少女をどこかに退避させなければまともな戦闘にすら持ち込めない。
幾度かの攻撃をすると、男は不意に口角をニッと上げる。先ほどまでと同様の振り下ろし。
だが―――
「ッ!」
剣の軌道上に俺の抱えている少女がいる。俺はとっさに少女を横に放り投げるも、回避が間に合わない。それを待っていたかのように大男は大剣の振り下ろし、勢い殺さず連撃を繋げていく。
「フハハハハハ! さあ! 私にいい声を聞かせてください!」
醜悪な笑みを浮かべながら、男は大剣を振るう。斬られているというよりもむしろ鉄の塊に殴りつけられていると言った方が正しいかもしれない。鈍い剣先によって何度も体中を叩きつけられる。
俺の鼻から、口から鉄の味が脳に染みわたる。耐えきれず、俺は地面に吹き飛ばされる。
大男はとどめとばかりに俺に馬乗りになりそのまま巌のような拳で俺の顔面を殴りつける。
何度も
何度も
「ふう、やはり人をいたぶるのは心地いい。さてと、今度こそ終わりです。時の旅行者よ」
地に伏せる少年をいまだおぼろな視界の端で捉えながら、少女はおびえるような目つきで大男を見つめた