45話 判明
話はアステラがキトノグリウスのアギトから脱出する前にさかのぼる
すでに太陽は地平線の下に落ちており、あたりは暗闇で覆われていた。かなり遅い時間帯で電車の本数もかなり少なかったので走っていった。
「さてと、指定された場所はこのあたりなんだが…………………ん?」
現在俺がいる場所は都市部から大きく離れた山の中。町が放つ夜の光もここには届いておらず先が見えにくい。
先ほど、黒フードからの連絡で伝えられた場所の付近にたどり着くとある一本の木に注意が向く。
みると、その木の枝に袋が引っ掛かっている。罠かもしれないことを考慮に入れ恐る恐る近づいて袋の中身を物色する。
中身は少しだけ文字がつづってある紙切れと周りに保冷剤がついているタッパだった。タッパを開いてみるとそこには人の指が入っていた。
ここだけ見ればまるでホラー小説の一節のように聞こえるかもしれないが、そうではない。これは俺の指だ。黄広との戦闘で切り落とされてどっかにいってたやつだ。時間がなかったので探す暇がなかったが、どうやら黒フードの人物が持っていたらしい。
「疑似神秘開放『繭絲龍脈』」
指先のない左腕の先から疑似的な神経が切り落とされた指に伸びていき、そのまま切断面同士を引っ付けて元に戻す。
時間は立っていたものの保冷剤で冷やしていたため、違和感なく元通りになった。これなら戦闘でも苦労しないだろう。
完治した左手で袋に入っていたもう一つの置き土産を顔の前に運ぶ。
紙には単調に短い文が記されていた。
『そこから少し進んだ先にキトノグリウスのアジトがある。合図があったら突入しろ』
書かれた通り進んだ先にアジトはあった。
そこだけクレーターでもできたかのように地面がへこんでおり、そのへこみの中心に工場跡のようなものがあった。外から見ても壁の塗装なども剥がれ落ちていてかなり古びているのがわかるが、いかんせん大きい。
高さもそれなりにあり、大体四階ぐらいはあるのではないだろうか。端から端まで探すのは時間的に厳しいだろう。
だが、もっと問題なのは…………………
「合図ってなんだよ……………………」
記されていたのは突入のタイミングだけ。具体的な合図の方法については何一つ電話でも知らされていない。
腕を組み、その場でアジトを見下ろしながら疑問を抱いていると次の瞬間、答えが示される。
爆発。
どこからか爆音が響いたかと思うとそれに続くように次々と爆発がアギトへと広がっていく。あまりの衝撃に地震かと思ったほどだ。
アジトは崩れてこそいないものの徐々に崩れているのが傍目から見てもわかる。
「合図ってこれのことかよ!?」
ここにはいない黒フードに叫ぶのと同時に、俺はアジトに向かって突っ込んでいった。
出口がどこかもわからず、というか探すのも手間なので勢いよく壁を破って内部へと突入した。粉砕音とともに気づいたのは外部からもわかるように中がかなり広いということだ。
天井からは石粒がパラパラと零れ落ちてきており、先ほどの爆発の影響で少し不安定になっている。
できる限り迅速でアステラを見つけるべきだが、肝心のアステラの位置は知らされていない。最悪、端から端まで調べるしかないがこの広い立地でやるのは効率が悪すぎる。誰かに聞くのが手っ取り早いのだが……………………………
「な、なんなんですかこの爆発は!?まさかアジトの場所がばれて奇襲を受けたのですか⁉」
「……………………………………あ」
目の前の扉から現れたのは顔が青白く染まり今すぐに倒れてしまうそうな長身痩躯の男。鋼づくりのあごが特徴でその足取りはおぼつかない。
その男は先日さんざん俺を苦しめてくれた……………………
「アギトオオオオオオオオオオオオオ!」
「な!?翔進羅-――ブハ!」
いうや否や、俺はその細身の体にドロップキックをかます。いきなりのことで瞬間移動することもなくアギトは横合いに飛び壁に激突する。
反撃に備えて構えてはいたが、アギトはそのまま立ち上がることなく壁にうなだれる。以前はもう少しタフだったが、なぜか今は病人のように弱弱しい。少し、拍子抜けだったが時間のない今は都合がいい。
「なぜ……………………………あなたがここに?」
俺はアギトが逃げられないように退路を断ちながら返答する。
「いろいろとあったんだよ。それより俺がここに来た理由はお前もわかってんだろ。アステラはどこだ?」
「ふん。わざわざ私が答えるとでも?言っておきますがどんなに痛めつけられても私は口を割りませんよ」
追い詰められているにも関わらずアギトは閉じかけている意識を必死に起こし、こちらに向ける。どうやら本人の言う通り簡単には口を割らなさそうだ。
だが、悲しいことに視線までは隠せていない。アステラのことを言及した時アギトの視線が明らかに俺から見て右手側に向いていた。
「…………………………お前、マジで考えが視線に出るよな」
右手側には細長く続く一本道の先に扉が一つだけ設置されている。おそらくアステラはそこにいるのだろう。
迷いなく俺はその扉を目指す。
「え?そっちじゃない!違います!止まって下さいいいいいいいいいいいいいいいい!」
アギトの必至の叫びが聞こえるも関係なく進む。
扉を開くとそこは手術室のような場所だった。手術用のベットがあり、床には爆発の影響か医薬品が散らばっている。
小さな机には既に食べ終えたプリンの容器などが散らかっており、椅子の近くには人を縛り付けれるほど太い縄が無造作に置かれていた。
が
「いない…………………………?」
肝心のアステラの姿はそこにはなかった。
「おい、ここにアステラはいたのか?」
「何を言って?その部屋で椅子に座っているでしょう」
遠くにいるからかアギトは部屋の内部まで見えていないらしい。
実際、アステラはこの部屋で床に落ちている縄で縛られていたのだろう。が、この状況を見るにどうやら脱出したようだ。
自力か黒フードの人物に助けられたかはわからないが
脱出していたとしても追われている可能性もある。だったらやはりアステラを探し出すのが得策だ。
すぐさま部屋を出て、脱出したアステラを見つけ出すべく奔走していると―――
「あっ、羅黒さん!」
曲がり角の先にはアステラが笑顔で手を振ってこちらに歩んできた。
「……………………………アステラ」
「羅黒さん…………………よかった。私このまま死んじゃうかと思いました……………」
瞳を濡らしながら、こちらにトタトタと歩み寄るアステラに対し俺は―――
「フンッ!」
一蹴した
振りぬいた右足はアステラの顔面を直撃する。いくつか壁をバウンドするとそのまま地面に倒れこむ。
「二回も同じ手を食らうかよ」
アステラのようなものはそのまま体が黒く塗りつぶされるのと同時に、影のように地面へ溶けて跡形もなく消える。
以前と同じく多薔薇の神秘だろう。アステラの偽物を作って俺を油断させるという魂胆だったのだろうが、さすがの俺もそこまではバカではない。
砂埃が肌をなでる。上を見ると天井に小さいが亀裂が走っている。
アステラはすでに脱出したのか?
確証を得られぬまま進む。だが、時間はまだある。
すでに脱出できているならそれでいい。俺の鳥越苦労になるだけだ。だがそうでない場合はこのまま俺がここから離れたらアステラは無事では済まないはずだ。
いつまでも続く道をひたすら爆進し、索敵範囲をひたすら広めていく。そして、石礫が降り注いでいく中、曲がり角を曲がった先で―――
足場が消えた。
「え?」
俺が床を踏みしめた瞬間、足場が崩れたのだ。体は浮遊感に包まれながら自由落下。なすすべもなく下に落ちていく。
「落とし穴!?」
どう考えても爆発の影響でできたものではなく人為的に作られたモノ。
そのままの勢いで地面へ激突するも体を回転させうまい具合に衝撃をそらしながら、勢いのまま立ち上がりすぐさまあたりを見渡すとそこにいたのは―――
「ここは表向きはただの工場だったらしいが、実は反社ともつながっていたらしくてな。人に見られてはまずいモノを秘密裏に地下で作っていたんだとよ」
暗がりから一人の人物が現れる。その人物が言った通り俺の周りは最近まで人の手が届いていたのか整備されているベルトコンベアーが設置されており、天井はもうすでに電源が切れているのか作業灯が光を発さずに吊り下げられていた。
「黒フード…………………………………」
現れたのは黒フードで全身を覆われた人物。俺の家に侵入し、その後電話をかけて俺をここまで連れてきた者。声質からして男だろう。
状況から見て俺をここに落としたのはこいつで間違いないらしい。
「…………………………アステラは無事なのか?」
「心配するな。お前が約束を守ったならこっちも義理を通す。アステラはもう脱出したさ。だから俺がやり残したことは……………………………お前を殺すだけだ」
以前監視カメラ越しで見たときと同じようなセリフをこぼす。
フードで見えてはいないが、今頃はそのの下で俺を睨めつけているだろう。黒フードはゆっくりと右手を前に構え、臨戦態勢に入る。
俺も後に続くように構えるが、一つだけこいつに聞いておかなければならない。
「……………………お前、何者だ?なんで俺を狙う?」
謎の人物に問いかける。
俺は年がら年中誰かしらに恨まれる覚えはあるが殺意を抱かれるほどやらかしたことはないはずだ。
それにこいつはなぜかアステラを知っている。それどころか俺たちの状況を逐一把握しているようだった。そのことが余計に謎だった。
「……………………………そうだな、これを見ればさすがのお前もわかるだろう」
謎の人物はゆっくりと頭を覆っていたフードを脱いでいく。その下に隠されていた顔は………………………………
「あにーじゃどこ行ったんだろう」
琴音はホテルのベットで横になりながら、家から持ってきたパソコンをいじりながらつぶやく。
時計の針はすでに12時を回っている。久しぶりに外に出たため疲れていて少し仮眠を取っていた琴音だったが、起きたときには羅黒がいなくなっていたのだ。
おそらくアステラを探しに行ったのだろう。
「………………………よし」
琴音はまどろみに落ちかけた意識を叩き起こし、パソコンに眼をやる。
今すぐに横にはなりたいが、兄が頑張っているのだ。緊急事態に自分だけ休むわけにもいかない。
「ふふん、あにーじゃ後でほめてくれるかな」
ご機嫌そうに鼻歌でも歌いながら琴音が見ていたのは、昼に見た監視カメラの映像。そこに移っているのは家に侵入してきた黒フードの人物。
琴音にはこの謎の人物が事態の中心にいる気がするのだ。
琴音は昼と同じ映像を何度も何度も、それこそ目が擦り切れるほど繰り返し見る。眠気と戦いながら計14回映像を繰り返し終えたとき琴音はあることに気づく。
「……………………なんか見たことある気がするんだよな~~~~」
顔は黒フードで覆われているも一瞬だけその眼が見えたのだ。その情報だけで琴音は既視感を覚えた。
虹彩認証というものがある。人の眼で人物を特定する最新技術である。
琴音はわずかほんの一瞬だけ移った黒フードの眼を虹彩認証し、人物を特定しようとするも…………………………
「やっぱり画像の精度が悪くてできないな~」
黒フードの人物の眼が映ったのは本当に一瞬だけ、それも画像がぶれているのでうまく虹彩認証が機能していないのだ。
琴音は不貞腐れながらもそのまま羅黒の役に立つべく黒フードの正体がつかめないか右往左往する。
考え着いた方法がどれも失敗に終わる中ふと琴音は思う。
「やっぱり……………………………………似てる?」
思い起こしたのは彼女が愛してやまない人物。不器用な人であるがいつだって自分のことを考え、守ってくれる優しい人。
「………………………………っま、そんなわけないけど」
琴音は偶然湧き出た真理への答え投げ、再びパソコンへと熱を戻していった。
「………………………………………………は?」
黒フードの下に隠れていた姿に俺は瞠目する。
白髪の頭に俺と同じ背丈。体躯も顔つきも全て俺に似て、いやまったく同じである。他人の空似なんて言う次元じゃない。
「…………………………………これで答えは出たか?」
俺が驚きでその場に立ち尽くす中、目の前の男は取り乱すこともなく淡々とこちらを見据えていた。
光届かぬ地下の中、俺の目の前には俺が………………… 翔進羅黒がそこにはいた




