42話 捕らわれのアステラ②
よくわからないが、頭を切り開かれることは回避できたらしいアステラはローズという謎の少女とともに部屋に取り残されていた。
こんな年端のいかない少女がキトノグリウスにいることに戸惑いを隠せず、ローズの顔を伺うもその表情はヌボーとしていて感情の起伏が少なく何を考えているのかわからなかった。
「…………………………食べる?プリン」
無口の少女がわずかばかり口を開く。手に持っているのは先ほどアギトが持ってきたプリンだ。プッチンプリンのような安物ではなくラベルなどからして明らかに高そうだ。
「………………………………はい」
毒が入ってないなど懸念点はあるが、目の前の食欲には逆らえなかった。室内にいるため時間はあまりわからないが、おなかが減っているので夜ぐらいなのだろう。
「じゃあ、口開けて」
ローズはプリンの蓋を開ける。そこから漂うなめらかな匂いにアステラの鼻孔がくすぐられる。もう一秒でも早く食べてしまいたいが、腕が後ろで縛られているので誰かに食べさせてもらわないと無理だ。
ローズは備え付けてあったプラスチックのスプーンで弾力豊かなプリンをアステラの口元まで運び……………………………………
直前で止まる
「あ、あの…………?」
ローズという少女はプリンののったスプーンをアステラの目の前で停止させ、スプーンをまじまじと見つめている。
「………………………………………おいしそうだね」
「え?」
ローズはそのまま抵抗なく自身の口の中にスプーンを入れ、おいしそうにほおばっていた。そのまま容器に残っているプリンも当然のようにむしゃむしゃとその無表情な顔で平らげていった。
「私のプリン~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~!?」
残ったのはキャラメルがわずかばかり底に残ったからの容器だけだった。
「私の分だって言ってたじゃないですか⁉」
「うん、おいしかった」
「そういうことじゃなくて!?」
その後もアステラ用に渡されたゼリーなども全てローズの胃の中へと納まった。
「うぅ、私のモノだったのに~~~~~~~~~~~~~~」
「ごめん、もう何も残ってない…………………………………」
「あなたが全部食べるからでしょうが!」
腕を拘束されたアステラはただ目の前の惨劇を眺めることしかできなかったのだ。こんなことならプリンなど最初から持ってきてくれなかった方がよかった。
アステラの腹は鳴るももう一切胃に入れられるものはない。アステラは観念してうなだれるのだった。
それからどれだけ時間がたったのだろうか。部屋の中には時計がないため時間の経過もわからない。先ほどから眠くて起きているか寝ているかもわからない状態だ。
ふと視線を感じる。
先ほど自分の食料を全部食べた憎き少女、ローズだ。
なにかしてくるわけでもなくただただアステラを見つめている。監視だろうか?それにしてもこんな少女までいるとは思ってなかった。表情が乏しくて何を考えているのかわかりづらい。
「……………………………アステラ、機嫌悪い?」
ローズはその小さな口を少しだけ開く。うとうとしていたアステラは意外な声によって呼び起こされる。先ほどから無口だったためローズが話しかけるとは思ってなかったのだ
「…………………………悪いに決まってます。どっかの誰かさんが私のご飯食べてしまいましたし」
「かわいそう」
「~~~~~~~~~~~~~~~~~~っ!」
ここまでくるともはやただのあおりである。空腹を脳の隅に追いやり、心を落ち着かせるもやはり先ほどのプリンは消えない。
「…………………………それにいつ体をいじくられるかわからないのにそんな落ち着いてられません」
アギトは先ほどこそ体調不良で(それ以外の理由もありそうだが)アステラの解剖をやめはしたが、いつ気分が変わるかなどわかりはしない。
救助の望みも薄いとなると自力での脱出しかない。
「ここから出たい?」
「………………………それは出たいですけど」
「出さしてあげようか?」
「え?」
するとローズはアステラの背後に回り、腕を拘束している縄をほどいていく。同じように足の縄も外していく。
気づけばアステラの体は自由の身となっていた。
「あ、あとこれ」
ローズが差し出した手の中には回収されたはずの指輪など自身の装備品が全て収まっていた。
アステラは突然の事態に困惑して頭が追い付かない。
「?どうしたの?これ、アステラのでしょ?」
「そ、そうですけど………………あなた、キトノグリウスの仲間なのにこんなことしていいんですか?」
「うん、だって私あの人達の完全な味方っていうわけでもないし……………スパイみたいな?」
「スパイ!?」
目の前の少女がそんなことをしているなんて………………………
いや、ひょっとして自分を罠にはめるために?だが、わざわざ捕まっていた人間にそんなことするだろうか?そんなことするくらいならアギトがやろうとしたように拷問したほうが手っ取り早い
「じゃ、じゃあ私を助けるためのスパイってことですか?」
「…………………そうとも言えるしそうじゃないとも言える」
「……………………………………………どっちですか?」
「私達はあの人たちに力は貸してはいるけど、完全に協力してるってわけじゃない。いろいろと事情がある」
どうやらキトノグリウスも完全に一致団結しているようではないようだ。先ほどのアギトの言葉から考えてもあまり仲は良くないのかもしれない。
「黒フードの人が外で待ってるはずだからそこに行けばいいはず」
「黒フードのひ―――」
ローズの口から飛び出た黒フードという単語に言及する直前、近くで爆発音が耳を塗り潰すほど轟く。アステラが監禁されたこの部屋からそう遠くない場所だ。
「始まった」
「は、始まったって何がですか⁉さっきから何一つ状況についていけないんですけど!?」
爆音はとどまることを知らず、立て続けに響いていく。見るまでもなく建物までも崩壊していることがわかる。尋常じゃない爆撃だ。
「この爆発はあの人があらかじめ用意したモノ。このスキに逃げて」
ローズはアステラの返答を聞くまでもなく手を引く。この部屋も天井から瓦礫のかけらが落ちてきており、いつ崩壊するかもわからない。
だが、脱出のチャンスなのは事実だろう。差し迫る状況に追いつくべくアステラは意を決して扉の取っ手を持つ
「えっと、よくわかりませんが、助けてくれてありがとうございました。で、では」
「まって」
勢いよく扉を引こうとするところをローズの手によって止められる。
「ん、なんですか?」
「ちょっとだけ話がある」
「い、今ですか?すごい危険な状況下なんですけど」
「うん、今聞けなかったらたぶんもう聞けない気がする」
ただいま絶賛建物が崩壊中だ。部屋に置いてある棚も爆発の揺れで倒れており、いつ天井が崩壊してもおかしくはない。
今すぐここから逃げ出したいアステラだが、自分を助けたローズを無碍にするのは気が引けた。
「わ、わかりました。でもできるだけ早くしてください」
「アステラ………………………………えっと……………………………………
……………………………………………………………………………その」
「はやく~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~!」
ローズはあごに手をあて、質問内容を考えているようだが今は本当に時間がない。このままでは本当に二人まとめて生き埋めになってしまう。
もうこのまま無視して、すぐさま出ようとしたときローズの口がゆっくりと開く。
「アステラはどうしてわざわざつらい道を選ぶの?」
「え?」
「わざわざ過去に戻ってこなければ、こんな危険な目に合わなかったのに?それなのにどうして?」
その時初めてアステラには先ほどまで感情の機微のない少女が人間であることが感覚として理解できた。その少女の眼は真剣そのものでアステラの答えを待っている。何かを抱えている人間の眼だ。
その空間だけ隔離されているかのように時間が止まっていた。先ほどまでけたたましく聞こえていた爆音はもう耳に入っておらず、その空間は二人が支配していた。
数分、もしかしたら数秒だけかもしれないが、アステラには悠久の時が流れていた気がする。
アステラはゆっくりと答えを目の前の少女に示す
「羅黒さんはこの後、過酷な運命に巻き込まれてしまいます。そして、最後には…………………」
思い浮かぶのは力尽きて体温がなくなった羅黒。誰よりも他者を思った末に残酷な結末へとたどり着いてしまう。そんな悲しい運命の人だった。
「だから………………だから私はあの人を助けたい。そのためだったら自分の危険なんてへっちゃらです」
「……………………………………そっか」
ローズはこの時、静かにほほ笑んだ。初めて見せた人間らしい少女の表情にアステラもつられて笑う。
「はい。まあ、今のところ私が助けれてばかりですガッ!」
頭上から拳サイズの岩石がアステラの頭を直撃する。激痛に苦しみながら、あたりを見渡すともう部屋の床にはかなりの量のがれきが転がっている。
「アステラ、早くしないと死んじゃうよ」
「あなたが止めたんでしょうが~~~~~~~~~~!」
すぐさま扉の外に出る。幸い、まだ通路はがれきでふさがってないようだ。
「よかった、すぐに脱出しましょ……う?」
アステラが後方を振り向くとそこには既にローズの姿がなかった。慌てて辺りを見回してもその姿は確認できない。
(き、消えた?)
必死になって探そうとすると、眼の前の天井が崩落する。何とか後ろに逃れるも、もう反対側の道はふさがっていた。
「ローズ………………………」
誰に気づかれることなく霧のように消えてしまった少女の名をつぶやくとアステラは出口へと向かっていった。




