41話 捕らわれのアステラ①
最初に感じたのは軽い倦怠感。
体もどことなくだるく、自分が横になっているのか動かもわからない。しばらくすると自分が座っているだろう椅子の座り心地に不満を覚え始め、ゆっくりと意識が浮き上がっていく。
霧が晴れていくように、視界が開く。
廃屋のようにボロボロの天井。自分はどこかの部屋にいるようだ。
体を動かそうするが、立ち上がるどころか身動き一つとれない。腕が後ろで拘束されていて、足も縄で縛られている。
「……………………………捕まったんですね、私」
アステラは自分が置かれている状況を理解する。
羅黒と琴音の偽物。灰賀久。自身に起こったことをすべて思い出す。
「目が覚めましたか?アステラ」
無機質な扉が開く。そこから現れたのは小枝のように細い体躯にもかかわらず、見上げるほど長身、あごが鋼のような機械でできている男。
「アギト………………………………!」
「覚えてもらって光栄です。もうわかっていると思いますが、あなたは我々にとらえられたということです」
「………………………………!」
アギトの言葉は嘘ではないだろう。気絶する直前に、最後の力を振り絞って閃光弾を投げたが、今自分がここにいるということは羅黒は間に合わなかったかそもそも気づいてすらなかったのだろう。そもそも自分がほいほい偽物についていったことが原因だから彼のことは責められない。
「…………………何が目的ですか?指輪の一つはすでに持っていたはずでしょう」
「わかり切っていることを言わないでいただきたい。指輪にはセーフティーロックがかけられています。そのせいで私も痛い目に遭いましたし………………………」
アギトが思い出すかのように自身の肌をなでる。
あれには未来の琴音が許可された人間以外が使用すると電気が流れる仕組みだ。さらに簡単には外せないのでかなりの苦痛が伴う。アギトもさぞ苦しんだことだろう。
「それと前にも言ったデータベースです。こちらはすでに見させてもらったので結構です。いくつか不自然な部分もありましたが、それは後の話。今は指輪が先決だ。解除コードを教えていただきたいのですが」
アステラは恐怖を押し殺し、精いっぱいアギトをにらみつける。
「まあ、そう簡単に教えていくれるわけはありませんよね。そこでです」
アギトは懐からメスを取り出す。同時にアステラは周囲の設備に気づく。
意識を回復させたばかりで目に入ってなかったが、その部屋には手術用のベットらしきものが置いてあり、壁際にある棚にはずらりと医療用器具が備わっていた。
「あなたがどれだけ口をふさごうとも関係ありません。頭を開いて直接脳から情報を引き出せばいいだけの話ですから」
アステラの顔が恐怖で染まる。
頭の中をいじくりまわされるなど正気の沙汰ではない。
目の前の恐怖から逃れるべく死に物狂いで拘束を解こうとするもびくともしない。
笑うでも悲しむでもなく無表情のアギトがメスを手にこちらに歩み寄る。
靴がコンクリート造りの床をコツコツ鳴らす音だけがする。
アギトはただ自身に課せられた仕事に取り掛かるようにメスを振り上げ…………………
血を吐いた
「…………………………………え?」
突然の出来事に思考が追い付かない中、目の前のアギトは青白い顔を下に向け床を血で汚していった。
「……………………………………………っく、やはり体がまったく回復していない」
洪水でも起こったかのように口から血の雨を流していく。よく見れば前会ったときよりも格段に顔色が悪い。どう考えても無理をしている。
「だ、大丈夫ですか?」
自分を狙う敵にも関わらずとっさにアステラの口から心配の声が飛び出る。
「大丈夫だと思いますかこれが。はっきり言って今すぐにでも横になりたいですよ」
「え、えっと何があったんですかいったい?」
状況を整理すべくアギトに質問する。
すると、アギトは部屋の隅で乱暴に置かれていた椅子を引っ張り出し、アステラの前におきそこに座って語り出す。
「私はあの時、灰賀さんたちを回収するために彼らと一緒にいたのです。翔進羅黒との戦闘でまだ傷が残っているのにも関わらず。さらにあなたを取り戻しに来た翔進羅黒から逃げ切るために死に物狂いで長距離移動をして何とかアジトまで戻ってきたのです。そこで私は力尽きて気絶した」
アギトは細長い上半身を前倒しして膝の上に肘を置く。
「ただでさえ重症なところを私が命がけで灰賀さんたちをアギトまで連れてきたのです。実際その時も無理をしたので大量に血を流しましたし。その後意識を取り戻した時、近くにいた灰賀さんに開口一番なんて言われたと思いますか⁉」
「さ、さあ?」
あまりにも力強い言葉に自分の置かれている状況を忘れ、アステラは身じろぎしてしまう。
「灰賀さんはね、こういったんですよ。『さぼってないで、さっさと仕事しろ』とね!?普通言いますか⁉死にかけの超重症人に対してそんな言葉!?私も今まで必死に組織に貢献したというのに!?」
「……………………………大変なんですね、いろいろと」
あまりにも必死の叫びだったのでアステラは敵にも関わらず同情してしまった。なんか見ていてリアルにつらい。社畜という言葉が当てはまりそうだ。
要するに、ただでさえ死にかけのところを灰賀にいわれてさっさとアステラから情報を引き出せと言われたのだろう。なかなかキトノグリウスもブラックである。
アステラの慰めの言葉にアギトは目を丸くし、疲れ切った顔でッフと笑う。
「まさか拘束されている人間に慰められているとは……………今あなたが言った通り、大変なんですよ。医療に多少精通してて、おまけに神秘も若干便利というだけで今じゃもうすっかり便利屋扱い。最後に休んだのなんかいつのことやら………………」
「おじさんの苦労話なんか誰も興味ない」
声が響く。
アギトの横にいつの間にか一人の少女がいた。
「ローズ……………」
先ほどアギトの苦労話を遮ったのはこの少女であろう。ローズと呼ばれた少女はアステラと同じくらいの背丈でけだるげな顔を浮かべており、少しめんどくさがりな印象を受けた。
「私の邪魔をしないでいただきたいのですが………………………それと私はおじさんと呼ばれるような年でもない」
「おじいちゃん?」
「そういう意味じゃない!!!」
年のことに触れられたから疲れ切った体で懸命にローズという少女に抗議するも聞く耳を持ってくれないようだった。
「まさかあなたも同じようなことを言うんじゃないでしょうね、アステラ。あなたは私が何歳に見えますか?」
いきなり自分に振られてドキリッ、とする。他人の年齢など少女のアステラにはわからない。アギトの年齢など見た目からはまったく予想がつかなかったので特に考えなく答える。
「………………………二十台前半ぐらい?」
そう言うとアギトの眉がピクリと動く。先ほどまでのアギトの怒りは静まり、アステラから顔をそむけると、おもむろに立ち上がる。
相変わらず顔は真っ青ではあるが、なぜか先ほどよりかは生気に満ちているように思える。
「……………………まあいいでしょう。疲れている状態では精密な動作もできはしないでしょうし今日のところは許してあげましょう。別にあなたに心を許したわけではないので勘違いしないように」
先ほどまで座っていた椅子をかたずけ、アギトはそのまま扉に向かった。と思ったらすぐにアステラの近くに戻ってくる。
「あと、死なれたら困るのでこれでも食べててください。ローズ、アステラは手を使えないでしょうしあなたが食べさせてあげなさい。では今度こそさようなら」
近くの机にプリンやゼリー飲料を置くと、今度こそアギトは部屋から出ていった。
急に機嫌がよくなったようだが、いったい何だったんだろうか
部屋にはひもで縛られてたアステラとローズと呼ばれている少女だけが残される。
アギトがくれたプリンはよく見るとちょっとばかりお高そうだった。
 




